profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others

京都の茶事ー茶室の広さは/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

茶室には様々な形や大きさがあります。

 

今回はお客様が四人。

 

懐石がありますので、四畳半の茶室にしました。

 

三畳台目という茶室は、古い名席も
京都には数多く、映りも良いのですが

 

風炉の時期


初夏の京都は気温が30℃にも
なるような日もありますから、

なるべくゆったりと、そして涼しくお客様に
過ごして頂けるように、四畳半に致しました。

 

 

沼尻真一

 

・碧巌録 第四十則 南泉一株花

 「無なんてどこにもない」/沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー花を入れる/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

「小間の茶席の花は、必ず一種類を

 一枝か二枝軽く入れるのがよし、

 しかし四畳半ともなれば、

 花により二種入れるのもよかろう」
             

             利休居士

 

 

椿、槿がまだ無い季節に、
訪れた茶席の床には様々な花が
楽しめるものです。

 

そんな時の花の入れ方こそ
様々な個性が見られるのも
茶花の楽しみの一つと思っています。


まだ槿の無い季節、

花はこれ!と決め打ちをせず、
勢いのある花を入れてみようと思いました。

 

沼尻真一

 

●現代の茶会開催/沼尻宗真・沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都・夏越の祓えと和菓子水無月 /沼尻真一


 


風そよぐならの小川の夕暮は
    

みそぎぞ夏のしるしなりける

 

     従二位家隆 九八
 

 

 

藤原定家と並び称された藤原家隆73歳の和歌です。


 
ならの小川こそ、上賀茂神社境内を流れる御手洗川です。
 
「ならの小川」と聞いて、奈良の川と勘違いしそうですが
このならは、楢の葉をそよがせている様子を表して
います。
 
旧暦で行われた夏越の祓えは、すでに秋の気配が
感じられていたようです。

 


 

 
 
6月末日に行われる
 
半年に一度の厄落としの「夏越の祓え」
 
12月末日に行われる「年越しの祓え」
 
対の祓えですが、特に梅雨の時期に
古に疫病が流行した事もあり
特に「夏越の祓え」は広く
京都を中心に行われています。

 


 
厄落としには

 

 


 
・カヤで編まれた「茅の輪くぐり」をします。
 
「水無月の夏越の祓する人は 千歳の命延ぶといふなり」と
 
唱えながら8の字を描くように三度くぐりぬけます。

 

 


 
・「人形を流して厄落とし」
 
人の形をした形代かたしろに、罪や穢れを移し、
身代わりとして神社に納め、水や火の神事で清め
厄を落とします。
 
 
ちなみに茅の輪くぐりは、
 
日本神話が基になっており
 
二人の兄弟の所に
一人の旅人が宿を求めた際、
 
・裕福な兄は冷たく断り
 
・貧しい弟の蘇民将来は温かくもてなしたそうです。
 
実はこの旅人はスサノオノミコトであり
数年後その恩返しにと、蘇民の家を訪れ
その教えに従って、茅の輪を腰に付けたところ
疫病から逃れられ、子々孫々まで繁栄したと
いうことです。
 
この故事に基づき、京都の家々の玄関には
「蘇民将来札」という厄除けの札を
良く見受けられます。

 


 
祇園祭の各山や鉾で配られる粽札が
よく知られています。
 
京都の家々の玄関に飾ってある、
あの粽はよく腐らないな〜なんて疑問を
持っている人もいますね。
 
そしてもう一つ忘れてならないのが、
 
和菓子「水無月」を食べる事です!

 


 

 

お茶をしている人は、お稽古などで水無月を
すでに食した人も多いと思います。
 
京都市内では和菓子組合の宣伝カーが出動し
 
「皆さん、京は夏越の祓え 水無月を食べる日です!」と
 
宣伝していました。
 
それこそ、あちこちにある和菓子屋さんの軒先には
様々な水無月が並びました。
 
この和菓子水無月なんですが、
 
三角形の葛やウイロウの上に、
小豆が散りばめられた和菓子です。
 
 
旧暦6月1日は「氷の朔日」とも「氷の節句」
というものが宮中では行われておりました。
 
冬にできた氷を山間部の氷室で保存し
真夏に氷を口にし
夏の健康を祈願したというものです。

 

御所の北を囲むように6箇所あったそうです。
 
1、仁和寺裏手の御室氷室
2、金閣寺西、衣笠氷室
3、西賀茂氷室神社、本氷室
4、北区氷室神社、西氷室
5、左京区花園橋、高野氷室
 
 
しかし氷は庶民にとっては高嶺の花。
 
そこで氷をかたどった、三角形の生地に
厄除けの小豆を散らした御菓子
水無月が作られたそうです。

 

これも皇室行事への、庶民のあやかり文化ですね。
 
鬼も赤、赤ちゃんも赤、還暦も赤、神社も赤
小豆も赤で、赤いものは古来より邪気を
祓う色とみなされていました。
 
京都の恩師に言わせると
 
今の水無月の菓子は、小豆がビッシリで
 
「アレはあかんから!」
 
節分のように
 
「ぱらっぱらっと撒いてなんぼ」だそうです。
 
確かにビッシリ小豆の方が、美味しそうですが。
 
頑なに「ぱらっぱらっ小豆」の水無月の
和菓子屋さんを見つけるのも

意味があります。

 

 

沼尻真一

 

◆SHINICHI NUMAJIRI INDEX


 ・沼尻真一の茶道や茶の湯に関する記事

https://profile.ameba.jp/ameba/chazenichimi

 

・利休忌と菜の花/沼尻真一

 

・炉開きと亥の子餅、口切の茶事の意味/沼尻真一

 

・京都・大覚寺 広沢の池 観月の夕べ /沼尻真一

 

・寂連と光悦の村雨 /沼尻真一

 

・多治見めしは、ひつまぶし/沼尻真一

 

・京都 五山の送り火/からけし けし炭 − 沼尻真一

 

・ライフスタイルショップのはかなさ 2012年/沼尻真一

 

・しら露と穏逸花/文屋朝康と千利休居士 − 沼尻真一

 

・茶の湯のカネ割りー「易経」「南方録」/沼尻真一

 

・100年後のつくばを世界遺産に登録する2014年 − 沼尻真一

 

・白洲正子の京都、平野屋鮎と茶の湯/沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


京都の茶事ー軸について/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

「古は上下、中廻し、一文字の色をはっきりと

 替えたものを好んだが、それは広座敷ではよいが、

 小間の茶室にはふさわしくない。

 似ている色合いで、くすんだ色合いにするよう

 心得て取り合わせることが数奇の命である」

 

                 利休居士

 

 

茶事は軸から決める。


と言われるほど大切なものです。

 

今回はお呼びするお客様とのご縁から、
以前賜った大切な軸がありましたので、
それを用いようと決めておりました。

 

 

そして待合の軸は、

軸を賜ったその際に、お客様の自筆で
解説をしたためた、

添え状を一緒に頂いておりましたので
それを表装し、待合掛けにしようと試みました。

 

さっそく京都静好堂中島さんに表装の
相談をさせていただきました。

 

縁ある本席の軸も一緒にお預けし、
そのバランスをみて頂きながら
約1ヶ月後に完成しました。

 

 

押風帯で素朴な感じに仕上げて頂き、
本席の軸とのバランスを考慮し、
表装されるとはこういう事かと、
実践して初めて分かることがあります。

 

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー茶事の懐石・京都辻留/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

 

 

「茶の湯には善茶善酒

一ツさい飯やはらかにあい口の友」
                       

           利休狂歌


侘び茶にはよい茶と酒、一菜の料理とご飯、
気の知れた客があれば良いという。

 

 

 

茶懐石と構えても、特に料理屋さんに
お願いする必要はなく、一汁三菜
家庭の味、家庭料理の延長線上に
あるのが望ましいという様々な

恩師の方々の
教えに共感しています。

 

現代は地産地消と言われますが、
やはりその地域地元、家庭でしか
味わえない味というものが
表現できる事と、酒宴が目的ではない
という事から、豪勢な料理でなく
心を込めた手作りの家庭料理で

良いのだと私も思います。

 

 

 

 

しかし、相反するようですが、
今回は手作り懐石ではなく
私の祝いにと、恩師が三月に茶事を
して頂いたお返しも含めて

という意味合いもあり、


懐石は 恩師と同じように

京都 辻留 平さん
お願い致しました。

 

 

拙作の美濃の鎬手の黄瀬戸鉢に、すずきの塩焼き花山椒

 

 

 

まだお茶を学んで間もない頃、恩師の茶事を手伝った際に、
平さんから丸前角向こうだよ、なんて言われながら
懐石運びの手伝いをしたのを、思い出しました。

 

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー茶事の日取と決め方/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

御世話になった恩師の方々を
京都にお迎えし、御礼の茶事を
催す事といたしました。

 

まずは
御正客様の都合を伺います。

 

次に御連客の皆様に
日程のご都合を伺うのですが、
皆さんお忙しい方ばかりなので、
日取りの調整が必要です。

 

 

これは茶事をやろうとすれば
日取りと、お客様の都合というのが
実は茶事で一番難しいのではないかと
という気さえします。

 

また五月、六月ともなれば初夏の暑さや
梅雨入りなども考慮する必要がありますので、
天候や吉日なども含めてみれば、

なかなか希望通りの日程に
いかないことも、常の一つなのかもしれません。

 

日取りが決まれば、そこから

巻紙でのご案内、ご挨拶、道具組、

懐石、その他必要な物

そして趣向など次々と

考えられるようになります。

 

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


西島暁美先生・端午の節句の茶事・朝来市和田山茶道教室/沼尻真一




京都で一緒に茶の湯を学んだ西島さんに
2年ぶりに会いました。

神戸大学の教授だった 御主人と共に
長年住んでいた神戸から、
現在は故郷 兵庫県 和田山に
茶室と自宅を新築し移住されています。




西島暁美(宗暁)さん




玄関




屋根庇はゆうに20m以上飛ばしてあり
垂木など全て太さが均一


知り合いの建築家と作り上げた茶室は、
材料選びや施工技術など粋を尽くした
素晴らしい茶室でした。

その人柄に似合う建物が
必ずできるもんだな〜と感心すると共に、
こんな環境で稽古できるお弟子さんは
本当に幸せだなと思う。



広間は明るく、小間構えもできるようになっています。

この日の軸は元首相 犬養毅氏が
西島さんのご主人のお父様へ寄贈された七言絶句。







四畳半は「又隠」写し





水屋も広い



歳時記を好きになったきっかけは
西島さんからで、あの頃から熱心に
歳時記を教えてくれました。



今日は
五月端午の節句に因み
西島さんは、菖蒲を屋根の上に
玄関には兜をしつらえ迎えてくれました。

 

ちょうど良い機会なので

 

「端午の節句」について記してみたいと思います!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「端午の節句」について


なぜ 

 

「端午たんご」なのか?

中国漢の時代以降の暦として
月を十二支で表記し

11月ー子(冬至を含む月を子とする)
12月ー丑
  1月ー寅
  ↓
 5月ー午

つまり午うま

 

五月は午の月であり


その午月の端の日

 

つまり端とは(はじまり)を
意味して最初の午の日を

 

端午としました。

その後、

 

やはり 3月3日、7月7日、9月9日と

同じように

 

午の重なる
5月5日が端午の節句となりました。

 


夏至前の時期、疾病予防や邪気を祓う
ために蓬や菖蒲などの薬草を摘む
習慣が中国から日本へ渡り、

鎌倉時代以降は菖蒲が尚武と
同じ読みから、男の子の成長を
願う節句へと発展しました。




お茶の点前の稽古ができる茶道教室はたくさんありますが
茶の湯や日本文化、歳時記、茶事、懐石など
一連の事が学べる茶道教室?西島塾かな。

・水屋の働き
・初級から奥伝まで
・花月
・茶事
・懐石の作り方

 

こんな、そんなお茶の稽古も大切ですが、

それよりなにより、

 

西島さんという人柄から

学ぶ事の方がよほど多いと自分は思います!

 




⚫かすみ会茶道教室 朝来市和田山町和田山237
裏千家茶道教授 西島宗暁 先生
TEL079-666-8740

※5月から、長年 お住まいだった 神戸でも
  西島ファンクラブが中心となって
 神戸茶道教室を再スタートするそうです!
 

 

 

SHINICHI NUMAJIRI INDEX


 ・沼尻真一の茶道や茶の湯に関する記事

https://profile.ameba.jp/ameba/chazenichimi

 

・炉開き、亥の子餅、口切の茶事ー沼尻真一

 

・武家の茶の湯に寄せてもらい/沼尻真一

 

・茶の湯 風炉 二文字押切灰形 − 沼尻真一

 

・利休忌と菜の花/沼尻真一

 

・京都「桐蔭席」茶事、土本宗丘先生からの教え/沼尻真一

 

・大覚寺・広沢の池「観月の夕べ」/沼尻真一

しら露と穏逸花/文屋朝康と千利休居士 − 沼尻真一

 

・茶の湯のカネ割りー「易経」「南方録」/沼尻真一

 

・碧巌録 第四十則 南泉一株花

 「無なんてどこにもない」/沼尻真一

 

・京都の茶事ー茶事の懐石・京都辻留/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 


織田有楽斎の茶の湯・国宝茶室「如庵」・京都正伝永源院での茶事/沼尻真一 




織田信長の実弟、織田有楽斎は
天文16年1574年に尾張で生まれ、
名を長益といい、出家し有楽斎如庵と号した。

国宝茶室「如庵」は、元和4年(1618年)に、
織田有楽斎によって、京都・建仁寺の塔頭・
正伝院が再興された際に建造された茶室である。



沼尻真一

一説によれば庵主織田有楽斎の
クリスチャンネーム「Joan」から付けられたという。

杮葺き入母屋風の妻を正面に向け
二畳半台目の向切の茶室。



正面左側に袖壁を持つ土間庇を設け、
右躙り口、正面控えの間へ続く。

篠竹を打ち詰めた「有楽窓」、
古暦を腰に貼った「暦張り」も有名な茶室です。
 





織田有楽が亡くなったのが、
元和7年75歳なので
如庵完成からわずか3年程しか経っていない事からも
最晩年の集大成の茶室だと思われる。

実際に如庵で茶事を体感した感想は


・有楽作の茶杓と茶碗

茶杓の削りや折り撓めも素直だったが、
追取に鬆が入り、両横の竹で支えているような
瀟洒な雰囲気。

茶碗は赤楽、碗なり端反り。
茶溜、練り返しもきつく付いていた。


・鱗板の存在感

空間や導線が想像以上に広がりを見せる。

茶道口と給仕口を兼ねるこの勝手口から
給仕の動線に沿って斜行する壁を立て
足元には三角形の板畳「鱗板(うろこいた)」を敷く。


・点前座の前の板壁+火灯窓

亭主座の風炉先に中柱を立て板壁で仕切っている。

中柱と板壁で風炉先にある相伴席の半畳を点前畳と
区切るとともに下部は丸く切り欠いて
吹き通しにして相伴者の視線への配慮もぬかりない。

板壁の向こうは相伴席になるという事で
あきらかに、あの半畳に座れば、
別格になると思えるスペースだった。

やはりこのような相伴席をどのように
作るかも、千家の茶の湯とは違い
武家の茶の湯・茶室づくりでは
考えられていることが、燕庵や待庵などと
共通するように感じられる。


沼尻真一

・沼尻真一の陶棲



























































 

長谷川宗佳さんの茶の湯/沼尻真一





茶友、長谷川さんの奥沢の稽古場。

月三回の社中の方の稽古以外は

長谷川さん自らも師匠の稽古を受けに行かれている。

たまたまこの日は荷物の引取りに伺ったにも

関わらず、いつものように

炭をいこして湯を沸かし、

手作りの主菓子とともに一服いただきました。

























































 

武家の茶の湯に寄せてもらい/沼尻真一



・鎖の間 茶事では数奇屋から動座し薄茶でもてなす間となる。




・美濃で陶芸をする者として鎖の間を見れた事が嬉しい



武家の茶の湯もまた、利休居士との関わりの中で

古田織部、小堀遠州。片桐石州と変遷し、

その中からその家その家、独自の風土や慣習、美意識などを

盛り込みながら、型を作り上げられてきているのだと思います。


あくまで それぞれの「家の流儀」であるという所が大事で

それは一つの規範を示しているという事でもありますし、

「型に入る」とは、まずその通りにやるんだ!という事でもありますが、


では 「あなたの家ではどのようにやられますか?」という

ことでもあるはずです。

もっと言えば一人暮らしであれば、あなたの部屋では?

あなたならどのようにやらはりますか?

という事です。



つまり自分の家の伝統や歴史に「置き換える」「創造する」という

ことも大切なのではないかと自分は思います。


よく守・破・離!なんて言われますが、

率直に言えば、その家の人にしか守ことはできないかもしれません。

ましてや血統の違う人間がいくらコピーしても

守レベルにも達しないとも考えられます。


つまり稽古した以外の事をする事、あるいは創造する事 = 破、離 =悪い事

だなんて思っているうちは、それこそまだ守の範疇レベル

あるいはそれ以下かも知れないという考え方もあります。


世俗に生きてる自分たちが守・破・離という言葉を軽々しく

使うものではないという事も理解しているのですが、あえて使いました。


いずれにしろ家や日常で使ってなんぼ、

茶室の中だけではできるけど、日常では

まったくできない、なんてのはもったいない事です。



茶を知るという事は、稽古を通じてそれぞれの流儀の家元の、

家の歴史や慣習を学ばせて頂き、

自分の家事や、自分の地域やその土着の文化へ置き換えて、

考えてみるという事が、茶を学び知るという事でもあるはずです。


だれも家元のような由緒や伝統がある家柄ではななくとも、

今生きている次点で、すでに何百年あるいは何千年という家の歴史や

流れはあの人にもこの人にも、全ての人々に平等にあるからです。






自分は未だ3つの流儀の家元や若宗匠方にしか

お会いした事はありませんが、それぞれに

なるほど〜こんな考え方があるんだとか、

あっこんな風にして昔の品や樹木、建物を

大切にしているんだな〜とか、

守り続ける事は大変だな、ナドナド本当に活かせる事があります。


先の写真の枝垂れ桜もすでに三代目の桜で

藩主の殿様より頂いたもので、老木の万が一に備え

次の世代もちゃんと育てているとの事でした。




※例えば、この高杯の持ち方でさえも大きく異なります。

このような機会を与えて頂けた全てに感謝です。


沼尻真一