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常総学院甲子園出場!茗渓学園花園出場!おめでとう/沼尻真一


・第85回選抜高校野球 常総学院甲子園出場!

・第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会 茗渓学園花園出場!

準決勝 2013年1月5日 14:25御所実業48-17茗溪学園

縁とゆかりある故郷の高校生が活躍している勇姿には、
勇気をもらうことができます。
ともに全国制覇の経験を持つ名門校
今後益々の活躍をご祈念しています。

沼尻真一




























バブルからのフェードアウト『It's a SONY』/沼尻真一

 

中学校の柔道場や剣道場でさえも
神聖な張り詰めた空気感が漂っていたりするのに

大の大人が揃いも揃って、
自分を高める空間をしつらえる事ができないというのは
本当に情けない。

武道館は大怪我をするとか、
もっといえば死ぬこともあるから真剣になれるのか?

学校でも体育会系の部活でも
暴力が否定される世の中だが、

では大人になったからと言って、男性も女性も

本当に痛い思いをしないで、真剣になれるのだろうか?

大の大人が揃いも揃って、
教室や稽古場、修行の場という
自分たちが学び高める場所を
中学校の武道館よりも
神聖な空気や場所、真剣になれる場所を
つくれていなということは、

自分の心や体が本当に痛い思いをしなくては
わからない、
なまぬるに浸かっている状態になっている
のではないだろうか?
すぐに婆さん、爺さんになってしまい
人生のいい時期なんてほんの短いんだから、
大事な時間と金を使って
やってることなんか、悠長な遊びや趣味でなく
切実だったり、切羽詰まった状態に決まってんだろう。
 
どんなにくだらないことでも
趣味だよなんて中途半端に言い訳して遊んでるんだったら
最初からやらない方がいい、時間と金の無駄だ
というのが、沼尻家の教えだった。

どんな素晴らしい芸術品を飾り立てても
まったくの虚空間。
だったらもっともらしい、装飾品なんてない方が
よっぽど正直な空間だ。

自分を見つめ直し、哲学し、高めなくてはいけない時代が
30代〜50代だったのにバブルの甘い汁に
浸かった時代の大人の後遺症が
現在の中学生に負けていても気づかないという事だろう。

体罰を受けないと真剣になれないのは
犬畜生であり動物と同じである。
それこそ空間や芸術品がなくても、
頭の中だけで、切羽詰った状態、切実に取り組まないと
やべぇー状態ってのはできるのが、大人だろう。

口で言って分かり合える。
中学生と比べて大人が情けなかったら、
それを直ちに修正することができるのが、
大の大人だろう。

年を取っていれば大人だなんて、
まったくの嘘で
ただ何となく時間を過ごして来ただけで、
中学生に申し訳なくて言えたものではない。

人格や品格は、何ができるかではなく、
その人の内面性と行動、人間関係を円滑にする
対人対処法バランス感覚にすべてかかっている。

井の中の蛙の人間はバランス感覚が駄目で、
やはり社会性というか社会人として、
しっかり経験を積んでいない人間はハチャメチャだ。

今や風前の灯となっているソニーだが、大賀さんを
社長にできたソニーはやっぱり昔はすごかった。

社会人として社会の中で尊敬できる同性の師と出会い、
男性も女性も、このぐらいの器とバランス感覚を磨いて
年を重ねることが、年を取るということだろう。



大賀 典雄氏(おおが のりお、1930年1月29日 - 2011年4月23日)
1930年、静岡県沼津市の材木商を営む家に生まれる。
1949年、旧制静岡県立沼津中学校を卒業後、
東京藝術大学音楽学部声楽科に進学。
同大学在学中に東京通信工業(のちのソニー)の
テープレコーダーの音質にクレームをつけたのがきっかけで同社嘱託となる。
東京芸術大学の音楽学部を卒業後、同大学の専攻科を修了し、
ドイツに留学した。ミュンヘン国立高等音楽大学にて学んだのち
ベルリン国立芸術大学に移り、同大学の音楽学部を卒業した。
ベルリンから帰国後はバリトン歌手として活動。
1959年9月に盛田昭夫・井深大に誘われソニーに入社する。
入社1年目にして、第二製造部の部長に抜擢された。
また、入社してしばらくの間はバリトン歌手としても活動していた。
1982年にソニーの社長就任。







 
 

「ハレとケ」遠野物語:日本民族学の祖 柳田國男 / 沼尻真一

ハレとケ

ハレは儀礼や祝祭、年中行事など非日常の時空間、節目折目である。

ケは日常の時空間、普段の生活、日々繰り返される暮らしである。

ケの連続の中にまれにハレが現れることにより、人に昂奮がもたらされ、

生活に区切りがつき、暮らしにリズムが生まれる。

柳田は、ハレとケの循環の暮らしの中に稲作を基盤とする
生活があったと言っている。

人々は米の生産サイクルが順調に進むことを祈り、
それに感謝を表すために、

お盆、正月、祭礼など節目となるハレの日に赤飯、おせち、餅など

作り方まで特別なものを用意した。

手間をかけて神霊にささげる特別な食べ物を作り、これを共に
食すことで神霊と交わる。
そして酒を飲み、とっておきの晴れ着をまとう。


この柳田がハレとケに日本の精神文化を見出したが、
その後は、西洋にも似たような文化があると示している。

宗教学者ミルチャ・エリアーが「聖と俗」のなかで
「日常的な生活が営まれている俗なる時間は、聖なる時間によって中断される」
と説いている。


柳田の関心事は、近代がもたらした社会の歪みにあったようで、
明治以降庶民の生活が変容し、かつてはハレのものだったが日常化し、
まれに出現するからこそ意義のある昂奮というものが軽くみられるように
なったと強調している。

食事でいえば、温かいもの、やわらかいもの、甘いものが多くなった。
酒も日常化する、衣服は興奮を誘う天然の色彩を日常的にまとう
ようになる。

つまり、ハレの日常化、陳腐化。

資本主義の世の中が到来し、大量生産される商品が世の中にあふれ出し、
人々の消費の欲を刺激するようになり、酒で興奮をうながす必要のない
「毎日が晴れ」の状態となった。

平成の世は、明治の比ではない。
農耕に起因する年中行事はなくなり、人生の通過儀礼もなくなった。

柳田國男「遠野物語」より

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郷里茨城県の布川(現:利根町)に柳田國男は
 13歳から3年間の思春期を過ごしている。


明治維新の時代に入ると、市長村合併「神仏分離令」が出され
寺院、仏具、経文などが破壊され、明治38年には
「神社合祀令」で神社が一村一社に統合され
多くの神社が破壊されてしまいました。

神様がいなくなり、ふるさとが消えていった時代。

同じ事が平成の大合併でも繰り返され
1999年(平成11年)3月末に3,232あった市町村の数は、
2010年3月末の時点で、市町村の数は1,727にまで減少しました。

その辺りで、作家の大崎さんと自由が丘の喫茶店で
お会いした時にまったく同じお話をしました。

つまり平成の大合併をすることにより、それまでの
街の中心が変わるんですよ。
街の中心が変われば、住む人は皆そっちを向きます。

だから今まで、村で大切にしてきた神社も
振り向かなくなってしまい、荒れ放題なんですよ。

そして、誰も合併した大きな町に愛着が湧かないんですよ。
つまり「ふるさと」と思えない人がたくさん出てきてしまうんです。

平成の大合併なんて、ひどいもんですよ。
日本がこれからおかしくなる。

こう見てくると別に明治維新が特別なわけではなく、
平成の政府もまったく、庶民を管理監督しやすくしたいというのは同じである。

あれからもう10年以上が過ぎるけど、
「ふるさと」どころか
どこの町にいってもまったく同じ町並みだから、
日本という国にいるという感覚まで麻痺してきているようだから、
ちゃんと日本はおかしくなりました。

離婚と同じように、やっぱり
やってみたけど合併解消して、
元の市町村に戻そうなんて運動が
起こらないのが、
従順な日本人の感覚なのでしょう。


法律的には合併解消は相当困難なようですが、解消した町が日本にはあるようです。


そんな思想や信念のある
政治家や議員がいないのも問題なんだろう。

平成の大合併をしなかった街は
日本には意外に多くあって、

そんな
交付金や補助金よりも街の文化を守ろう!

あるいはこんな文化の違う
争ってきた街と合併できるか
なんて気概も、素晴らしいと思う!

未来の子供達に何とかしようと思うなら、
元の市町村に戻す方がよっぽど、
未来の子供達の為ではないだろうか。


結局、合併した新しい町では

合併する前のそれぞれの古い町の歴史や

文化を継承することはできないんです。

それが残念です。



明治維新後、
欧米の価値観のものまねから始まった「毎日が晴れ」

「毎日が晴れ」この韻を聞くだけで、自分は
「毎日お笑い」「毎日エロカワ」のように
聞こえてきて虫唾が走るし、
馬鹿っぽいなと思います。

自分の家の中でエロカワなんて言ってたら
大事件です。

それにそんなキャッチコピーの芸能人ほど
何もなかったように、しおらしいママタレに
なっていたりします。

いつも騙され踊らされてるのは視聴者だけなんです。


どんなに金があっても毎日満腹だったら、
より強い刺激を求める結果になります。

結局は日常の暮らしの中に十分にハレを作ることが
本来はできるはずなのに、
今や「毎日が晴れ」だから、どこへ向かうかといえば、外に出て不特定多数の男女相手に
より強い刺激がどこかにないか
彷徨う人間が大勢出てくるという状況になります。

米の収穫もまったく関係ない、
金で心と体を売る
第三次産業全盛で生きている時代に
暮らしの中にハレを作れるわけがないだろう。と
言われるのは眼に見えていますが、
つくれると自分は思います。

明治:ハレとケ

平成, 毎日がハレ→ハレと欠け

つまり

「ハレと欠け」だと自分は思います。

「欠け」を自らあえて作り出さなければ、
半日のスタバやテレビで誰もが
心が満タン、毎日がハレという
「他人の人生を80年歩む」ことになります。

その欠けを、それぞれが何とするかが
3.11以降の日本人の価値観
日本人の精神文化として重要なのだと自分は思います。

 
沼尻真一

 


沼尻真一INDEX



 ・沼尻真一の茶道や茶の湯に関する記事

https://profile.ameba.jp/ameba/chazenichimi



◆311以後の暮らし方! 建築家 山本理顕先生 難波和彦先生 社会学 山本哲士先生/沼尻真一


◆第19回 美濃陶芸 庄六賞茶碗展 最高賞 「庄六賞」 受賞・沼尻真一


◆Legend of 311 − 「真理」 沼尻真一


◆つくばハーブ農園/沼尻真一


◆スイカ栽培のコツ/沼尻真一


◆京都祇園祭 沼尻真一


◆前略、瀬戸内から/沼尻真一


◆三ツ星シェフと畑に行こう!/沼尻真一

 

 

◆織田有楽斎の茶の湯・国宝茶室「如庵」・京都正伝永源院での茶事/沼尻真一