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穴窯焼成 − 美濃の陶棲 沼尻真一



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JUGEMテーマ:アート・デザイン

抹茶茶碗 2 − 沼尻真一の陶棲

JUGEMテーマ:アート・デザイン


 
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黄瀬戸の茶碗を見よう見まねで水引きすれば、
切立の湯飲みの大きいものを、構造的にも作ることになる。
それは結局、
軽くしようとして、薄っぺらに引いて終わりということではなく
ある部分には肉を残し、またある部分は
ごく薄く引く、という断面図あるいは、
削りを意識した重心バランスから逆算したロクロ引きが
必要となるということがわかる。
だから、古典をそのまま寸法どおり写したとしても
同じものは、水引きの過程から違うわけで、
エックス線解析でもしなければ、結局は
外見だけでなく、もっと重要な断面図つまりは
重心バランスや削りによる完成形を考えながら、
水引しておくという事まで気づくようになるだろう。
陶芸が良くなる順番は、外→中→断面
外側、中側 断面図
なのです。
つまり、中身、肉を意識して轆轤がひけるということです
-------------------------------------------
今や、桃山の茶碗を削りも焼きも含めて
完璧に写したものができても、誰も関心しない
しかし、写さなければ掴めないものが
あるのも事実だと思います。
瀬戸の林邦佳先生が話していた言葉を
聞いたのですが、

修行は、単なる模倣ではなく、古いものを真似するということでもある。
彼はこれを模古と言っている。あのモーツァルトも、
「模倣は創造の唯一の母である」と言っているらしいが、
感性を養う訓練として有効な手立てなのだ。例えば東洋医学の世界でも、
人間の形を写すことによって、
形の乱れから病状を知るという訓練があるが、それと合い通じるものがある。
林先生の言葉を借りれば、
模古をするとなぜそうなのか?そうすることで何が生まれているのか
わかる。



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結局面倒でも、写しには、桃山の陶工たちが、
何も考えずに
作ったのではなく、いかに効率よくそして
いかに美しく実用的にも作れるかという
作り方の手順や手際のDNAがそこに詰まっているという
意味も兼ねていると感じる。
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□桃山時代の黄瀬戸の陶片(左側:碁笥底高台まわり、右が玉縁)
  古窯出土品:大島先生蔵品(先生は常に古典を手本にさせてくれる)


現に、外見は切立湯のみを引くように
軽量化するためにもペラペラに胴を引き上げた
所で、そこには 薄くて持てば熱い茶碗で
しかも、もち手の部分が薄いというだけで
重厚感、高級感がまったくなくなってしまうのだ。
模古は遠回りである。
しかし、この違いを理解して進めるかどうかは、
明らかに自分の眼を自分の手、つまり持った感覚や触覚を
どう養うことができるのではないだろうか。


 
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伝統に限らず、どんな何をつくろうとしても、
自分の眼と手の触覚に、どこか何かの拠り所があれば
自分が自分で読み取り理解し、納得できるという部分で、
何も躊躇することがなくなるのだと思う。

自分の規格化というのが、答えだろう。









 

抹茶茶碗 1 − 沼尻真一の陶棲

JUGEMテーマ:アート・デザイン
 
 
 
器をつくる者にとって、抹茶茶碗というのは
様々な意味で特別な感覚が溢れるものの一つだと思う。


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それは、禅宗の茶礼からはじまったお茶が
村田珠光、武野紹鴎、千利休の茶の湯の歴史からある茶道という観念。
 
あるいは、そんな型にはまらずに自由に器を楽しむ数奇者の観念。
 
元々は薬として飲まれていた茶だけに、煎茶となんら変わらないものと
思うのが良いようだが、なかなか地域によって差がある
 
抹茶茶碗と聞いて、まずイメージするのは千利休が作らせたと伝えられる
京都 楽家の始祖 長次郎の黒楽茶碗ではないだろうか。
 
あの一見平凡な形だが、実際に作ってみれば
なかなか思うような形で終わることができない独特な形だと思う。
 
抹茶茶碗を作るうえで
 
一番大切なことは、
 
作為と無作為のバランスではなかろうか。
 
作為は鼻につく、逆に何もしなければ
人は何も感じることはない。
 
だから切ったり張ったり何らかの
作為を盛り込む、しかしこの作為は
 
浜田庄司先生が言っていたように
 
作ったのではなく、生まれたになるべきで
 
いかに必然にそこにあるのか
 
それは、激しい風雨に削がれた岩も
 
あるいは、
 
垂直の断崖に生え出る松も
 
自然のなかにすでにそこに必然のようにある
 
参加している感覚なのではないか
 
だから自分を無にしたいそれは、
 
自分を超える 意識の向こうに行ける工夫をするべきなのでは思う。
 
それは絵を描いても同じことで、
 
イラストの線でも、生きてる線と、死んでる線がある。
 
それは何かと言えば、呼吸みたいなもので、リズム感
 
流れだったりする。



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ではそれをどう現実なものにしていくのか
 
そこのアクションがいきなり捻挫してしまうように
 
自分を超えるべきなのだと思う。
 
 
 
それはスピードであったり、逆であったり
 
一瞬 間 一瞬であったりするのではないだろうか
 
 
生きているのに、死んでいるという意味の
「生殺し」作為と無作為の間、
 
形にしても、表情として独特の世界観を持つ
抹茶茶碗は、現代では茶道という域を超え
オブジェでもあり、曼荼羅でもあり
生物であり、静物であり 宇宙でもあるといわれる
 
人間国宝の鈴木蔵先生の工房を訪ねた際に
話しておられた、抹茶茶碗が一番学びが多いという言葉の
意味が、かすかに感じることができたら
より深くしがらみの多いこの楽しい造形が見えてくるのだと思う。

どこからどのようにアプローチするかも
楽しみの一つである。




























 
 

六本木アノニマス

JUGEMテーマ:アート・デザイン



六本木で活動されている尊敬する方(R)と
自分(J)のおおよその流れ


(R)
最近作家性だけという選択肢ではなく、
集団的な生産体制
いわば大量生産ではなく
質の高い半量産的な生産というものが
できないものなのだろうかと考えます。
 
それは、
しっかりとした軸というか、ディレクションを
もって、作家になりたいだけではない志の
ある人々が集団となるような姿が
望ましいと考えます。

(J)
それはある種民芸的な発想でしょうか

(R)
ある面、民芸的ではあるけれど、新しい民芸のような

(J)
たとえばシェーカーやアーミッシュのような
ある集団的生産による
誠実さというか高尚さというものを感じて
それは一体なんなんだろうと考えます。
 
やっぱり今感じるのはリーマンショック、911、311と
世界の価値観も日本の価値観も
大きく変わったきているのではないでしょうか

(R)
このお店は1984年からやっているけど
僕が感じるのは、もう1985年バブルの時から
それは明らかに価値が変貌したと
感じていますよ
 
西欧に追いつけ追い越せで日本の
モチベーションがあって、それがあるとき
頂点を極めたところに来た感があったのだと思う
 
ところが、そこへ来てみたら、
それは日本人の価値ではなく
西洋の価値であって、
西洋の価値に日本が合わせて見たって
そこには何も無かったんだよね
 
そこへ来て初めてわかったんだと思う。
 
でも今まで目指して来たから、
 
だからもうあの頃から日本の価値は大きく変化
していって、
ああやっぱり西洋の物まねではなく
日本人としての価値を見つけなくちゃという
所から今まで来ているんだと思う。

(R)
シェーカーやアーミッシュのような活動は
やっぱりアノニマスがいいんだよね
 
言うは易しだけど、そんな集団的な
制作が流通を含めて考えるときに
まだ誰もやったことのない世界観が
生まれるような気がします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

美濃焼の陶祖 十四代 加藤康景先生

UGEMテーマ:アート・デザイン

 


美濃焼の陶祖 十四代 加藤康景先生を伺った。


左から 加藤康景先生、八巻元子さん、加藤三英先生



志野、織部、黄瀬戸。

美濃焼の歴史に燦然と輝く
元屋敷窯跡はこの地の名所であり、かつて白州正子さんが
荒川豊蔵先生の下へ通った道。

そして世界一の陶磁学者であり陶芸家である小山富士夫先生が
花の木窯を築いた場所。
その五斗蒔街道のほとりに康景先生の窯はある。

静かに土岐の街をながめ、棚田から吹き上がる風が心地良い。

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床の間に座り、先生自らたてて頂いた、抹茶を頂きながら、
安土桃山のほんのわずかな時代に
天下一の武将、織田信長より任命され、加藤康景先生の先祖を中心とした
陶工たちが、日本のやきものの歴史を変えた。

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代々伝わる織田信長からの朱印状



先生から

自分に厳しく、そして作品に厳しくなるべき。

傲慢になり胡坐をかいてはいけない。
真摯に作品づくりに向かい、人が休んでいる時に
少しでも多く作品づくりに取り組むこと。

誰にでも目の前にチャンスは流れている、しかし
捕まえられるかどうかはその人間の運や魅力にかかっている。





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また作品が良いのはもちろんだが、気に入って買ってくれる
お客様は、その作家の人間性を判断しているので、
人間としての魅力を高める努力を制作とともにしなければ
長い付き合いのできる真のファンになってはくれない。

そのためには、陶芸はもちろん、書画などあらゆる
分野の一流のものを見ること。


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そしてライバルを早く作ること。切磋琢磨することで
人は成長できるものである。

世の作家がなかなか個展ができないという
景気のなか、今年も8回という驚異的な個展を全国で開催される。


静かに、そして気高く抹茶茶碗を制作されている
加藤康景先生の姿は利他の心にあふれていた。

沼尻真一




縦と横の線 − 沼尻真一

JUGEMテーマ:アート・デザイン
 

技術とはセンスである

技術とは 技ではない 洗練された感性であり 

感性とは 世界観である つまり絵である

世界観とは 何をみたいのか どんな世界にしたいのか

心の枠である

心の枠がなければ 収まりきれない世界である


3畳の茶室のように 結界のように

鳥居のように 門のように 額縁のように

ドッヂボールの線のように

ファウルラインのように

その小さな世界に 

人は共感し自分を写し取る作業を心の中でする

それが感動である

見渡すことのできない大海原にも 縦と横の線を引くように
   















陶棲10−オリジナルの美意識や審美眼をつくる

高級な空間に美術品をおけば美しさが生まれるわけではないのは
なぜだろうか。

高級な美術館でも、高級な家でも、車でも、服でも、モノでも
美しいとは感じないのが人間である。

金はかかっていても、まったく美しくはない。
精神論ではなく、美しいと単純に目に見えてこない。

むしろもったいない。無くてもいい。必要ない。
それぐらいに感じてしまう事の方が世の中には多い。

しかし、あの有名人が、あるいはテレビが良いというからこれは
良いものだと思うのは、結局はだれも同じものを持っているという
つまらなさに繋がり、まるで赤い羽根募金のように
富豪のブランドオーナーに一般庶民が募金しているように、
モノを買うのはもったいない。

金はかかっていなくても、美しいものが、
そこら中に山ほどある。

これはどういう事かと考えれば、
それは結局は磨きかかったもの、愛着のあるもの、
心の宿っているもの、造形言語を持つもの
そんなものたちにのみ美しさが生まれるようだ。

以前くるみの木の石村さんが言っていたように、
古くてもいいから、きちんと掃除をしている事の方が
よっぽど美しいとはこの事だろう。












 

陶棲9 − ホンモノは感じたモノ。

感じたモノをつくる。

そのものに向き合う姿勢、思い考える姿勢を見て、人が感じ動いて、
感じたモノがあるのだろう。

興味があるのは、その先にやはり自分のプライドやこだわり、
我欲を超えたゾーン、作為の先のゾーンに何があるのか、
元にもどるのか、少し元にもどるだろうか。

























 

陶棲8−伝統芸能としての日本の陶芸 −沼尻真一



 陶芸の経歴には、よく師が誰々と書いてある。
伝統工芸の世界では、よく見かける。

特に陶芸の面白さは、もちろん造形バランスだと
言っていいと思う。
それは芸術の面だろう。

しかし、もうひとつ陶芸の面白さがあると思う。
それは芸能の面だと思う。

流派一門、系譜、産地焼きなど明らかに
脈々とシンジケートが息づいている面白さが
オブジェも伝統も、クラフトすべての陶芸にはある。

例えばそれは、瑞浪市の近藤精宏先生の工房を
行かせてもらった際に、蛇窯を見れば、
種子島焼きの小山冨士夫先生を連想した。
そしてやはり小山先生の下で修行されていた
とのことだった。

また別の日には以前からお会いしてみたかった、
唐津の中里隆先生が今年は小山先生の
五斗蒔の花之木窯に来て作陶に来ていらしているというので、
行ってみるとやっぱり、花之木窯には
かの名高い蛇窯があった。

それは、小山先生と一緒に中里先生が作られたもので、窯下にちゃんと
配管が通っていたのだ。

中里先生からは、先生が確か5台か10台作ったという蹴ロクロを譲ってもらった。
もちろん最初はできなかったが、先生と一緒に作陶に来ていた
信楽の古谷さんから、教えてもらってなんとなく、土殺しらしきようになっていった。


次の日は、足腰がひどい筋肉痛になり
電動ロクロのありがたさをあらためて痛感した。

南蛮焼き締めで作られた作品は
窯詰めは、その重ね方で緋色の変化を狙い
どのように重ねるのかが、とても重要そうに感じた。
籾殻を間に敷き詰め作品同士が着くのを防いで
いて、その籾殻の後もやはり景色になっていた。

1900℃ぐらいの低温で焼かれる作品が
窯だしされると、燻し焼きのように柔らかく粘土が
焼き締められていた。

その夜の宴に参加させてもらいながら、
中里先生が、小山先生との出会いから蛇窯を
つくられた話や種子島での話を聞かせてもらうことが出来たのは
陶芸史をリアルに感じる事ができて嬉しかった。

またもうひとつ付け加えるならば、古谷さんのお父さんは
古谷道生さんで、信楽焼き(しがらきやき)の名工で、
30基もの穴窯を作った陶芸家であり、
穴窯の作り方を書いた本を出されている。

話は大きくやきものの系譜からそれてしまったが、
このように、人と人との出会いからやきものが進化し、
その方がすでに故人となられていても、作品はもちろん
その系譜や流儀、流派、哲学が今の人たちへも
脈々と受け継がれて息づいている所が、
単に形がどうとか、コンペの賞歴がどうとかではなく、
DNAやIZMとして流れ、受け継がれて行っている所が、
日本の陶芸会のすばらしさであり、先人を敬いながら
進化させることのできる、日本人の文化なのだと思う。

だからロクロの挽き方、高台の削り方、釉薬、土、焼き、
窯なんかを見て、その流れをどこかに感じる事が
できる、または見立てられるというのは、
やはり日本の陶芸のおもしろさであり、醍醐味である。
こんな面白さを一部の人の間にしまっておくのはもったいない。

では誰かの弟子ならばいいとか、そういうわかり易い事ではないが
土着性、産地焼性なんかも含めて、流れがあるから
そういう曖昧で混沌としたものではあるが、そこを見立てて
それを骨董や、ギャラリー、作家の間のディープな世界だけに
しまっておくのではなく、器を使う一般の人々にも、
共有してもらえることが大切なように感じる。

久々利の瀧口先生が言っていたように、どこで陶芸を学んだかは
生涯のやきもののふるさとになる。と言われた事も
器の見立てに役に立つと思う。

落語や歌舞伎お茶、お華、能と同じように伝統芸能的側面が
芸術としての陶芸の反対側に、ドーンとあるのだと思う。
だから、秋の柿の頃になると、器に引かれるのではないだろうか。

伝統芸能、落語なら林家一門、桂一門、歌舞伎なら、
中村一門、市川一門、お茶なら三千家というように、
芸名からして、一般の人にもわかりやすいが
陶芸にはそれにあたるような数は少ない。

家族であれば、苗字が一緒でも、門下生なら名前が
違うからわかりにくい部分があるのは確かだ。


わかり易い所であれば美濃なら、加藤幸兵衛先生の
父上であり人間国宝である故加藤卓男先生の
(以下お弟子さんを含む)加藤流派、や
人間国宝加藤孝造先生の孝造先生の流派、
備前ならば金重流派、唐津なら中里流派という
ように、もちろん人間国宝を起点としたわかり易い紹介
しかできないが、(実際には、グループという括りは正式には
ありません)が、このように陶芸の世界にも
存在しているし、もっともっと各地各場所に人間国宝でなくとも
同等にすばらしい流儀や流派をもった流れが
人にも、場所にも、学んだ学校個々にも哲学とIZM、
技術が存在しているので、
その点と点を紡ぐ作業も器の見立てとして面白いと思う。

つまり器の見立ては、その作家そのものがどのような
人生の生きざまをしているのかという事が、
器の見立ての面白さに繋がってきているように感じる。

自分は農業のやり方を家の隣のおじさんに教わったし、
そこにちゃんとしたノウハウがあった。
そして、日本が最高潮だった1980年代だった頃から
考えれば、日本の農業就労の平均年齢が65歳ぐらいと
すれば、あと10年ぐらいのうちに、多くのノウハウが
ポロポロ静かに消えていくのだと思う。
センチメンタルになる必要はないが、もったいないと思う。

それは陶芸も同じで、何でも自由になれば、簡単便利に安く早くが
あたり前になってしまう危険性がある。
大西政太郎先生が書き残した陶芸の伝統技法書ではないが、
それはいつか、原始技法になって、今が伝統技法になるのは
時間の問題なのだろう。
全盛期に育まれたものが、風前の灯となるのは、
柳宗悦の民芸運動からあまり変わっていないのだ。

全国各地の作家が先人より何かを受け継ぎ、ゆるやかに
水平に展開し、形として何かを紡ぎだせれば
そこには境をかるがると超えた、まだ誰も見たことの無い
別のゾーンが広がっていくと思える。


沼尻真一









陶棲7−温故知新に意味が無い



 では食器をつくりましょう。という事で
懐石の器をすべての食器を作ることは表現していることではない。

食べ物を料理を知らなければ、食器がつくれないわけではなく
加藤幸兵衛先生が言われたように、
茶道をしらなければ、茶碗が作れないわけではない。

知ることは重要だし、知るということはものづくりの
単なる指標にしかならないわけで、
迷ったときの物差し程度で、知ったうえで
頭からなくしてしまわなくてはいけないものなのではないだろうか。

知って捨てて、自分が良いと思うものを勝手に作ることこそが
一番に重要な事ではないだろうか。