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【無事是貴人】の「無事」とは?男の茶道★沼尻宗真

年末になり



そんな年末の茶席の床には

「無事是貴人」

「無 事」

という軸を良く拝見致します。

また裏千家では、貴人清次の稽古の際などに
あやかり、この軸を見かけます。

今年一年、無事で良かったな〜

貴人様が無事でありますように〜

こんなイメージもあるかと思いますが

しかし私はこれらの禅語こそ
深いな〜と感じていて、
今まで一度も用いた事がありません。

読んで字の如しほど、
未だにそんな場合が多いです。


©NASA

「無事是貴人」を聖、仏様と置き換えては
どうかということであります。

そうすれば「無事是貴人」は
無事そのものが仏」であるという意に
なります。

無事とは世間でいう、無事安全という
意味ではないのであります。

無事とは、宇宙の全体、隅から隅まで
まったく区別も境界もなくなった時点に
至って初めて、無事と言いえるのであります。

あらゆる物体の間にある境界や区別を
なくして共通のある物を見出だす中に
禅の無事と相通ずる理念があるのであります。

 これすなわち仏であるということが、
「無事是貴人」ということになります。

表千家  堀内宗心宗匠

     


禅語としての「無事是貴人」の意は
無事とは、平穏無事の無事でもなく、
無事とは、仏や悟り、
道の完成を他に求めない心をいいます。

貴人とは「貴族」の貴ではなく、貴ぶべき人、すなわち仏であり、悟りであり、安心であり、道の完成を意味します。

いかなる境界きょうがいに置かれようとも、
見るがまま、聞くがまま、あるがままに、
すべてを造作なく処置して行くことが
できる人が、「無事是貴人」というべきです。



安全無事も
もちろん素晴らしい意味ですが

さらに先の境地がありました。

どなたかの参考になれば幸いです。













ぶんぶく【茶釜の湯】はなぜ旨い?錆びは大丈夫?男の茶道/沼尻宗真

先日、東京都庭園美術館にて

外国人の方に向けて
茶道講座を実施致しました。






その中で質問に

・茶釜は錆びていても中のお湯は
    飲んでも大丈夫ですか?

という質問をいただきました。

またこの質問にもブログにお問い合わせを
いただきましたので、
私なりに考えてみました。



皆さんはこの疑問?

茶道教室の先生から
どのように教わりましたか?

私は、


「茶釜の湯に鉄分が溶け出して、
味がまろやかになり鉄分が吸収できるのよ」

と、

80歳を過ぎた先生から聞いたのですが、

「まじ?」と思いました。

でも確かに味は違いますね。

これにも諸説ありますが、
この疑問に近い科学的な論文を
ご紹介致します。


茶釜に関係する内容としては
南部鉄瓶や茶の湯釜の溶出鉄は、
吸収されやすい二価鉄が多いことが
あきらかになり、鉄分の供給効果に
一定の効果があると解釈できるようです。

まったく同条件ではありませんが、
先生が言われた、
鉄分が吸収できるという話は、
本当なんだな〜と思いました。

体内の鉄は、
その約70%が血液中の赤血球を
つくっているヘモグロビンの成分に
なっていて、約25%は肝臓などに
貯蔵されています。
ヘモグロビンは、呼吸でとり込んだ酸素と
結びつき、酸素を肺から体のすみずみまで
運ぶという重要な働きをしています


鉄分はそんなありがたい成分です。

では茶釜や鉄瓶のお手入れ方法は?
普段同じようにしているので、


私も実際に久しぶりに使う釜などは
湯に錆び色が出なくなるまで
沸かしては、捨てを繰り返してから
使用しています。


しかし、そうならないためにも
使用後の乾燥と、通気性を良くして
保管する事で、錆びの発生具合は
まったく違います。

大事に箱に戻して保管なんて危険です。





先日の光悦会でも、素晴らしい伝来の釜にも
補修されている部分がありますから、

釜は消耗するもの!
補修しながら大切に
永く付き合うものだと思います。


錆びがあまりに酷いようなら
道具商の方、または釜師の方に
補修をお願いすると良いと思います。

最後に
お茶をしてる人は元気で長生きだな〜と

茶室で100歳を越えた先生と、
80歳を越えた先生とご一緒した
経験があります。

本当に元気で、正座ももちろんです。

きっと皆さんの周りにも
80,90,100歳の元気な先生いますよね?

抹茶って凄いな〜と思ってましたが

最近は、

⚫茶釜や鉄瓶 + 抹茶 = 頭を使う、
    茶道スクワット、つまり長生き!

なんじゃないかな〜と
今では真剣に思っています。

誰か理系の方に
科学的に証明してほしいです。

人生100歳時代に、茶道はぴったりです!














中村昌生先生から学んだ【茶室】とは何か?男の茶道/沼尻宗真

こうした今日の住宅が新しい町はもちろん、
古い町にも農村にも広がった。

確かに国土の景観は変貌し、
さらに拡大しつつある。

外国人がこうした
「日本の住宅はバラックだ」と評したと
聞いた。列車の中から家並みを眺めると
確かにそう見える。

これが戦後の復興の道を走り続けてきた
現況なのである。これだけ便利で
快適な住居がバラックに見えるのは
なぜであろう。

久々利休の茶室待庵を訪れ、ふと考えた。
簡素な素材で組み立てられた
木と土と紙の小空間、これも外国人は
バラックと言うのであろうか。

恐らく言わないだろう。
岡倉天心をしてギリシャの
パルテノンに並ぶ高い芸術性をもつ、
と言わしめた小建築である。

便利で快適な住居がバラックに
見えるのは、そこに日本の伝統の
背骨が貫かれていないからである。

日本人は昔から自然との共生を通じて、
あらゆる生活の知恵を生みだしてきた。
大気と共に呼吸し続ける家造りなのである。

戦後の住宅復興は、そうした大工技術を
放棄する道をたどってきた。

世界に比類のない大工技術を活用すること
こそ、住居に日本の伝統が蘇生し、
各地に日本の町並みや
家並みをよみがえらせる道であると
考えている。

京都工芸繊維大名誉教授 中村昌生
(出典 一部抜粋:京都新聞社 京都新聞文化会議)


私は裏千家学園時代に茶室を
中村昌生先生に学びました。

裏千家学園ではもちろん御家元や大宗匠の
授業をはじめ
座学は茶室の中村昌生先生、
伝統芸術の倉澤行洋先生、
陶磁器は学園の大先輩 赤沼多佳先生、
禅は大徳寺第530世住持 泉田老師、
熊倉功先生、末富の山口先生、能の種田先生、
瓢亭の高橋先生、庭園の尼崎博正先生、
野村美術館の谷晃先生、谷端昭夫先生
和歌の八木先生、書道の綾村先生、
茶室 飯島先生などなど(順不同)

すみません全員の先生を書ききれませんが
時代を代表する各分野の一流の先生方に
座学の指導をいただきました。

点前指導はもちろん毎日、業躰先生や
ベテラン講師の先生方です。

なので、点前だけ習う学校では無く、
茶道・日本文化・衣食住全てを学びます。

もちろん各種試験もあります。
それを毎日、早番は朝5時前には起床し
毎日着物、冬コート不可
完全寮生活で三年間過ごします。

茶懐石料理や和菓子作りの実習を含めた
日本文化全体の座学と、毎日が研究会の
ようなシビアな点前指導をいただける
日本唯一の学校です。

私が思っている
茶道観学園の各先生方に学んだ事を
自分なりにまとめたものです。

茶道の真髄を著しく難解にまとめるのも、
簡単にまとめるのも全ては
自らの茶道とは何か?次第。

分かんないからいつまでも
まとめないのが一番まずい

裏千家学園だから裏千家の事は
もちろんですが、茶道全体を学びます。

茶道とは何か?茶の湯とは何か?侘びとは何か?自ら掴まなければいけない場所
だと私は思います。



実地研修では大徳寺の茶室や、
織部好みの茶室そして最後は
国宝茶室「待庵」を見学し
中村先生の見解を伺う事ができました。

先生の授業は、
常に茶人の人となり
その美意識や、茶の湯観に焦点がありました。

その形を具現化したものが
茶室であるという事を私達に
熱心に教えてくれました。

つまり茶室は亭主そのものなんだと
今では見るようになりました。


また先生は愛知出身なので、多治見から来た
私に可児市の織部庵名古屋の
白鳥庭園の茶室などを教えてくれました。


織部庵



偶然そのいずれの茶室も私は茶席に
入った事があり話が弾みました。

名古屋も、そして岐阜県東濃地域も
中村先生が監修された茶室があるなんて
本当に素晴らしい街です。
首長が日本文化に精通してる街はいいですね。

中村先生から紹介されて
自分で見に行った茶室の中でも
特に思い出深いのは


庭もスタッフの方々も素晴らしい美術館です。

床には床框がなく全て「土床」なのです。

また茶室に内露地があり
中潜りが付いています。

それが後に、
今のように内露地、外露地などに分かれ
二重露地へと発展した事がよくわかります。

つまり先生があえて復元したこの茶室には
そんな歴史のヒントが沢山あります。
まさにそこも先生の信念である
伝統の蘇生なんだと思います。

「場」が生まれ〜そこに文化が育まれる


一畳台目の「今日庵」や
利休四畳半を再現した「又隠」を作った
宗旦居士の茶道観を考えながら
「梅隠」を見るのはとても参考になりました。


寒風吹きすさぶなか、中村昌生先生の
待庵と一体となった威厳ある姿は、
まさに利休居士そのものでした。

もうそれだけで、戦国の世の
利休居士の茶の湯がなんであったのかを
先生が私達に無言で教えてくれました。

先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

光悦会・第103回・京都鷹ヶ峯光悦寺★男の茶道/沼尻宗真




11月12日 光悦会に参加しました。

毎年一度、京都 鷹峯の光悦寺で開催される

最高峰の茶会です。














道具の価値だけでなく
菓子も 花も
茶席の中に展開される物語
つまり道具の取合せも究極です

 








薄茶 東京世話人

「嵯峨棗」
蒔絵がほどこされたものですが、

材料が粗末だったことが

時代を経て味わい深いものとなっていました。





濃茶 名古屋世話人

二羽鷹の青磁香合
桃の上に親子の様な鷹が二羽

というのは珍しいそうです
畳付にまで手を抜かない

桃の葉の彫りがありました

床には
藤原公任筆の石山切
伊勢の歌です

なにたちて ふしみのさとと いふことは
 もみぢをとこに しけばなりけり

京都 伏見の地と伏身をかけています
紅葉を敷いた寝床に横たわる姿が

想像できます


そして公任といば百人一首の

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど
 名こそ流れて なほ聞こえけれ

に詠まれた「名古曽の滝跡」は

月見で有名な大沢の池がある

大覚寺にあります

主茶碗は遠州伝来の青井戸 銘が「池」


まさに池に舟を浮かべ紅葉を楽しんだ

平安貴族の風雅が偲ばれます

花入は
紹鴎・信長・秀吉・家康が所有した
大名物 青磁「蕪無」


やはり点前の稽古だけでは

茶道の全体を掴みきれません








濃茶 京都世話人

今年は不昧公没後200年
ということで所縁の道具で

本席の床には
筋切 通切 二枚続
銀泥の境界線から筋切
また篩のような
布目のある裏面を通切といい
両面を並べて和歌が書かれています

増田鈍翁旧蔵の備前花入「會釈」

主茶碗は鴻池家伝来 古伊羅保


皆さん女性の方は美しい着物です。

女性が着物で参加することの労力は

髪のセットも含めですから、

男性の比ではありません。


しかし最近は男性もスーツが多くなりました。

着物だと着替えたり

畳んだりする場所もホテルには

用意がありせん〜 トイレでして下さい。

と言われます。


ホテル=欧米の物真似サービスは止めて、

日本のホテルのスタッフも着物は

いかがでしょう。


そんな日本の経営環境や経営姿勢が益々

日本文化を遠ざけます。誠に残念です。



濃茶 大阪世話人

青井戸茶碗は飛鳥井雅重の箱で
「四もと」という銘
飛鳥井家は蹴鞠の師範を家業として
いますが「四もと」とは
蹴鞠の時にコートの四隅に立てる

コーナーポストですな


松・柳・桜・楓のこと
青井戸の色を青柳に重ねたのでしょう

その子孫である飛鳥井先生は
裏千家学園時代の恩師です。





点心席は「瓢亭」さん

裏千家学園時代に出汁の取り方から

ご飯の炊き方等々

私の時代の懐石授業の恩師は

瓢亭の高橋先生です。








今年は京都も台風の被害がありましたが、
例年通り素晴らしい庭や茶席を作り上げる
光悦寺さんや光悦会の皆さんの気概を
感じました。
ありがとうございました。





10年1000話まで残り24話!








Tokyo Metropolitan Teien Art Museum At Tea Ceremony's Lecture for People from abroad・東京都庭園美術館茶道講座・沼尻宗真





Tokyo Metropolitan Teien Art Museum At Tea Ceremony's Lecture for People from abroad
We held the tea ceremony lecture for people from abroad at "光華", which is an Imperial family's tea room and also an important cultural property. Our lecture's tickets were sold out and we made it.


Thank you for coming and helping.

We had many participants from the U.S., the U.K, France, Italy, Spain, India and so on.

Participants who joined with their family, are exchange students, found this lecture from Alice's FB enjoyed this event.

I really wanna say thank you to Alice, who coordinated  our original workshop and worked as an interpreter.


Also, I want to say thank you to Chloe, who worked as an assistant. She is an exchange students to Hitotsubashi Univ. from Uni. of Oregon.







In the beginning of the lecture, I said that tea ceremony is a Japanese traditional culture. You guys may discover the culture or the way of thinking which are similar to that of your country's. Let's discover and share them.



1.立礼席 <Learning the basis of tea ceremony>

What's "Wabi"(侘び),which is Japanese sensitivity, often found from Waka(和歌). We learn it using a projector. Then, learn the history of "Wabi-cha"(侘び茶). Lastly, learn the cultivation and the way of production of Matcha, which is famous around the world.

Participants were really serious. I felt that Japanese culture is watched before the Tokyo Olympics.








2.Hiroma(広間).
<learned the way to make tea at home>

I decorated Toko(床) with Houunsai 
(鵬雲斎大宗匠)'s hanging scroll and put a tea jar.

We learned the way to make tea and drink them mutually.





Also, we learned Shitsurai(室礼).
A that day, it was Oct.10th and the day of the Ox in the old calendar. Next year's the Boar. Houunsai's also born in Boar year.

I got many questions. like
・Why are there many kind of charcoal?
・Why does Koma(小間)have only flowers?
・When do people hold a tea ceremony?





3.Koma(小間) <Experience of tea ceremony)

we could hear the sounds of water flowing. Based on that, they put a ship into here. Watching ships set sail in the fall (surrounded by the beautiful the autumn leaves), participants drank tea.

And, they felt the light, shadow, sounds of water, and wind.

I reflected their home countries, ancestors, friends and families to this tea ceremony.



The spirit of the tea ceremony is quite simple. Just preparing for the guests to welcome them.





I think this era is when we have to export our culture to other countries.

I also think we have to accept different culture, religion, sense of value and diversity. I believe this is the principle of the tea.

Soshin Numajiri   沼尻 宗真

Photo by・Shinichi Watanabe


contact address↓
Email : 
WAXWANE29.5@gmail.com

*Plz type WAXWANE as small letters.





東京都庭園美術館・外国人向け茶道講座☆大願成就☆男の茶道/沼尻宗真

茶道講座は、満員のお客様をお迎えし、
無事に終了することができました。

参加者の皆様、美術館の皆様
ご支援・ご協力
本当にありがとうございました。


当日は、アメリカ、イギリス、
フランス、イタリア、スペイン、インド等々
様々な国の方に参加いただきました。

ご家族での参加、留学生、旅の途中で
アリスさんのFacebookで知り参加した方など
など皆さんとお茶を楽しむ事ができました。

私達が作成したオリジナルの茶道ワークショップ・プログラムを全体のコーディネーター・
通訳としてアリスさんにサポートいただきました。アリスさん本当にありがとうございました。



またオレゴン大学から、一橋大学に留学しているクロイにも通訳アシスタントをして
いただきました。

留学中は先日オープンしたばかりの私達の



私から講座に先がけ、冒頭の挨拶で

茶道は日本の伝統文化です。
しかし、きっと皆さんの祖国と共通する文化や感性を沢山発見するはずです。
今日は沢山発見しシェアしましょうと挨拶。



1, 立礼席〜 〈茶道の基礎知識を学びます〉

和歌から始まる日本の感性「侘び」とは何か?プロジェクターを使いながら学びます。
次に侘び茶の歴史を学び
最後に世界中で人気の抹茶の栽培や
製造方法などを学んでいただきました。

皆さん、本当に真剣です。
2020東京オリンピックを控え、益々
実感いたしました。







2,広間 〈自宅での抹茶の点て方を学ぶ〉

鵬雲斎大宗匠の軸と
開炉に合わせ茶壺を荘りました。

ここでは抹茶の点て方やコツを学び、
互いに点てたお茶を服していただきました。



また、見立てを使いながら、自宅での室礼や
楽しみ方を学びました。
ちょうど当日は旧暦10月10日亥の子の日
来年の干支は亥年。大宗匠も亥年ですね。


・炭はなぜいくつもの種類があるのか?
・なぜ小間に漢字の軸でなく、花なのか?
・茶釜は錆びても、お湯は大丈夫なのか?
・茶の湯はどんな場合にするのか?
などなど沢山の質問をいただきました。

千代紙の亥の親子 ・講師の海老澤宗香さん作


3,小 間〈茶席体験〉


水のせせらぎの音がする、この小間には
舟を浮かべ、色づきはじめた紅葉を
静かに眺め一服していただきました。







そして

光や影、水の音や鳥のさえずり、
松風など静かに五感で感じていただきました。




皆さんの祖国や先祖、家族や友人
人生や自然のうつろいを茶席に映し
一座建立する事ができました。

諸国から日本に伝わり熟成進化した茶道の心は、お客様を迎えるための心がけや準備を
整えるというシンプルな行動です。

今まさに日本から海外へ
逆に輸出する時が来ていると感じました。

様々な国の価値観や文化、
宗教などの多様性を認めあい和合することが
茶道の原理だと実感いたしました。




このブログは  10年 1000話まで

あと 25話 です。




平成最後の新嘗祭と茶道・11月23日・つくばの神話「常陸風土記」★男の茶道/沼尻宗真

11月23日は「勤労感謝の日」ですか?

勤労感謝って?
抽象的な名前ですな〜

飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった
新嘗祭(にいなめさい)の日が

第二次世界大戦後のGHQの占領政策により
天皇行事・国事行為から切り離される形で
「新嘗祭の日」から改められたものが
「勤労感謝の日」です💧

1948年(昭和23年)に制定されました。



今ではアメリカの属国となっても
軌道修正する暇が無いアメリカ化一直線
教育の日本国も寂しい限りです。

だけど40〜50年の教育政策でも
英語は永遠に話せない教育って
日本最大のミステリーですな💧

そんなアメリカと欧州を比較した映画
「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」は
ぜひ茶道をしている方には見てほしいです。


学校教育に男女とも茶道を取り入れている
学校は本当に素晴らしいですね。
特に男性には年齢関係なく
もっと茶道をしていただきたいです。

こんな日本国の教育状況の中
日本にあるフランスの学校から
下は三歳からなんですが、
ぜひ茶道のワークショップをやってほしいと
申し込みがありました。

三つ子の魂百まで、大歓迎です。

せめて
11月23日は新嘗祭の日なんだよと
お母さん達が、ご飯の時に
子供達に教えてあげてほしいです。



11月23日は
【新嘗祭の日】に戻してほしいですね。

祖父や父の世代でも戻せませんでしたが、
私は大切な日は戻すべきだと発信します。

こんな些細な事ですが、
先達が継承してきた文化をちゃんと知って
次の世代が日本人としての
アイデンティティーを持ちやすくしたいです。



新嘗祭は、天皇が新穀を
天神地祇(てんじんちぎ)にすすめ、
感謝の祭りをし、また自らも新穀を
食せられる儀式です。

天神地祇とは、天津神、国津神のことで、
つまりは「天の神」「国の神」
あらゆる神々に新穀を捧げる祭儀、
ということです。

新嘗祭は数ある祭儀の中でも
特に重要なものとされており、
もとは天照大神が行ったと神話にあります。

現在では毎年11月23日に伊勢神宮をはじめ、
全国各地の神社で行われます。

以上  新嘗祭  遠州流茶道

そんな大切な日、
小学校で習いませんでした💧愕然


新米を口にしないのと同じように、
なんと新嘗祭まで同じように
口にしない風習もあるそうです。
素晴らしい節日ですね。



ちょうど新嘗には
私の故郷 筑波山にはこんな神話があります。
私も子供の頃に祖父母に昔話を
聞かされました。


奈良時代に書かれた
「常陸風土記」より

大昔、御祖神(みおやがみ)が
国々をお巡りなされて、
日の暮れに富士に行って
一夜の宿をお求めなされた時に、
今日は新嘗の祭りで
家中が物忌みをしていますから、
お宿は出来ませぬといって断りました。

筑波の方ではそれと反対に、
今夜は新嘗ですけれども構いません。

さあさあお泊り下さいと
たいそうな御馳走をしました。
神様は非常に御喜びで、
この山永く栄え人常に来きたり遊び、
飲食歌舞絶ゆる時もないようにと、
めでたい多くの祝い言を、
歌に詠んで下されました。


その行いによって筑波は小さい山だが、
夏冬を通して草木が栄え
お参りに来る人の数が多く、
富士はあの通り積雪深くて、
人の近づき寄る者の至って少ないのは、
天津神に敬を尽くさなかったためだと
説明せられている。

と言われています。

                               *

新嘗祭の日だったら
筑波市のどこか
賛同していただける神社があれば
子供達を集めてこんな茶会をしてみたいな〜



筑波嶺の 峰より落つる 男女川   
恋ぞつもりて 淵となりぬる
陽成院




陽成天皇の母親は、藤原高子であり
『伊勢物語』では在原業平との恋物語が有名です。



桜川棗
能の演目【桜川】
筑波嶺を流れる桜川で桜子という娘が、
離ればなれの母と再会する感動の物語です。


隅田川香合
名にし負はば  いざこと問はむ都鳥 
わが思ふ人は ありやなしやと
在原業平


お菓子はもちろん
言問団子で


どんどん繋がって切りがないので
この辺で


















厳島神社・上田宗箇流献茶祭★平将門公☆赤穂浪士・忠臣蔵/男の茶道・沼尻宗真



安芸の宮島・厳島神社で催された
旧広島藩主 浅野長晟公・上田宗箇公 
広島入城 四百年記念 
上田宗箇流 献茶祭 に参列しました

以下敬称略

浅野長政の次男 浅野長晟が
元和5年(1619年)に安芸国広島藩に
加増転封となり、幕末まで存続した 
安芸浅野家の記念茶会です。





今年もあっという間に年末です。

炉開きと思ったら、もう初釜の予定が
決まりました。

次は節分、上巳、端午と年末から春まで
一気に行事が入りますね。



浅野家と言えば
忠臣蔵・赤穂浪士が有名ですね。

この赤穂浅野家、実は
私の郷里茨城県笠間藩からの移封なのです。

浅野長政 の三男 浅野長重は常陸笠間藩主
1645年次代 浅野長直 が播磨赤穂藩 へと移封。

その孫が赤穂事件で有名な浅野長矩であり
事件後に赤穂藩は除封となりました。


赤穂四十七士 のうち
赤穂出身者は大石良雄を含めて半数程度
赤穂浅野氏の家臣団の中心は、
常陸国/茨城県の真壁や笠間の出身者なのです。

そのため笠間には現在も志士の出身家系の
旧家が残り、遺品も多く伝わっています。

歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の元となった
大石内蔵助ゆかりの 京都 万亭  一力では
大石内蔵助の命日3月20日に大石忌が
開かれています。

なので、せめて縁ある笠間でも
赤穂義士 の御命日2月4日(旧暦)
には遠忌茶会を開催したいものです。



平将門公像 築土神社


また厳島神社といえば平清盛公ですが

平氏と聞けばやっぱり関東
茨城県人なら平将門公が浮かびます。

今日、東京の守護神となった将門公ですが
将門公が成田不動の呪詛によって倒された
という縁で、今でも茨城県人は
成田山にお参りに行く人は少ないです。





平氏や浅野家という
私の郷里 茨城県に二つのご縁ある

上田宗箇流 献茶祭に参列できたことは
大変意義深いものとなりました。




祇園精舎の鐘の声  諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色  盛者必衰の理をあらはす

奢れる人も久からず  ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂にはほろびぬ  偏に風の前の塵に同じ






光悦会・第102回・京都鷹ヶ峯光悦寺★男の茶道/沼尻宗真






第102回の光悦会・京都に

伺う事ができました。


◼東京席

・呂宋茶壷 遠州蔵帳

耳が口覆の布で完全に隠されていました。

鉄釉が蹴上にかかっている点からも、

すでに釉薬がコントロールされています。




◼大阪席

・栄仁井戸 名物 徳川家康伝来

高台周りの梅花皮が上品な井戸でした。

激しい梅花皮ばかりが、話題になり

茶人のステレオタイプを鵜呑みにし、

デフォルメして現代陶芸と主張しても

危ういのは、このような井戸もあるからです。




◼京都席

・布団釜 利休所持 与次郎作


・土田丸壷茶入  大名物 雲州蔵帳

薄い軽い。

奥伝の稽古で良くこの名前を使ってました。

大名物に触れる事ができて感動です。


・石州井戸 別名:水落井戸

北野大茶の湯にて秀吉により命名された

と言われる井戸。

素焼き無し、生がけ、本焼きによる

しっとりとした肌あいです。軽い。




◼金沢席


・道入黒 獅子 ノンコウ七種


・堆黄龍文盆 萬暦年製在銘

世界に20点しか存在しない国宝級の盆。

ズシッと重く、しかし漆特有の柔らかさが

ありました。精緻な彫刻に圧倒されます。


金沢席は、卵食品で有名なイセ食品さんの

コレクションです。私もいつも多治見の

バローで森の卵を買い自炊してます。


大正時代に三井財閥の益田鈍翁さんが

日本の美術品の海外流出を防いだように、

実際に道具として、茶の湯に生かされてる

イセ食品さんに改めて感謝です。


茶室の大変重要な要素として

小間、広間があります。


実際に躙口を潜ると

そこに室礼が現れます。


君台観左右帳記の時代から踏襲される

系譜、流儀の系譜からどのような

抜けを作れるのか。

小間、広間に相応しい室礼。


例えば、ノンコウ七種 黒楽が

今回は薄茶席で用いられています。

本来なら最高に格の高い濃茶席で

用いられる茶碗です。


しかし、薄茶席が相応しい。


伊羅保なら薄、釘伊羅保なら濃のような感覚。

だから薄茶席作りは難しいと、


偶然同席した恩師の先生が教えてくれました。



稽古の習いの、その先にある

じゃ自分ならどうするかという意識。


それが美術館展示で見るのと、

このように茶席で取り合わせで

見ることの違いです。


茶なんか知らなくても、

回る土に指を突っ込みゃ

誰にでも


茶碗らしきものはできます。


しかし、こんな恵まれた時代に

作家が桃山時代の陶工と同じ立ち位置で

作り自称、茶碗というのは?です。


日本の伝統工芸・陶芸の教育機関では

茶の湯文化は必ず学問として通る場所です。


私も多治見工業の授業で学びました。


利休形やその他茶の湯から派生した形が

今の日本の家、庭、道具、工芸の

ありとあらゆる

美意識の礎になっているからです。



102年という日本最高峰の茶会の

伝統を守り続けている、美術商、

光悦会の方々に感謝いたします。


このような国宝級の作品に

触れる為にも稽古は大切です。


沼尻宗真



◼東京都庭園美術館にて    

    茶道講座を開催致します☆沼尻宗真



◼東京・九段に新しい茶道教室オープン


旧暦10月10日・田の神様が山に帰ります・十日夜☆男の茶道/沼尻宗真



茶道では10月亥の日は炉開きや、
これは茶道が育まれた京文化、
宮中文化に由来があります。


京都に住んで茶道を学ばないと
本当の茶道は分からないと言われるのは
定座の基本となる京畳 一つとっても


しかし10月亥の日といっても

東日本では、亥の子ではなく

10月の  十日夜/とおかんや という行事で、
藁の束を持って子ども達が
地面を叩きまわる遊びになっていました。
これは友達の地区ではやってました。

東日本にとって  旧暦 10月10日は

田の神様が春は山から降りて田を守り、
冬に入ってから再び山に登って
山の神様になる日と言われています。


新米は9月にはもう脱穀し
精米も済んでいるのに

わざわざ 田の神様が山に帰る
この折目の日まで食事に使うことを
控えていた作法があったそうです。

何と慎ましい心がけでしょうか。
茶の湯の心、感謝を捧げるのと同じですね。
田んぼで遊んだ事の無い子供達にも
教えてあげてください。

それが旧暦の10月10日

新暦なら今年は
11月17日  土曜日なのです。

民間の節句/節供として現代の私たちも
自然に感謝し佳日にしたいですね。

11月17日土曜日、
私は東京都庭園美術館にて
様々な文化の方とお茶を楽しみ 
交流する日になります。

旧暦10月10日
田の神様が山に帰る日なら

こんな茶会をしてみたいです。



秋の田の  かりほの庵の
    苫をあらみ   わが衣手は  露にぬれつつ〜

    天智天皇





田口釜
口の付根が深くえぐられ
口の廻りに溝ができている形の釜です。 
田口釜は、水を入れると田の面のように見えるところから。 



無事かえる/香合