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東京【護国寺・重要文化財 月光殿 観月茶会】長谷川宗佳茶道教室/沼尻宗真


長谷川宗佳先生(左)と双龍風炉作者 
陶芸家 永見陶節先生/本席にて


仲秋の名月の本日、長谷川宗佳先生
東京・護国寺 月光殿 重要文化財にて
【観月茶会】釜を懸けてくれました。


待合



桃山期の書院風建築に床の間の壁画は、
狩野永徳の筆と伝えられ、
水墨で蘭亭曲水の図が画かれています。



琴生田流 大師範 田中先生の音色を聴きながら

ゆっくり一服頂く事ができました。



現在の月光殿は、昭和三年に
茶道本山の中心にふさわしい建物とし、
高橋箒庵さんの尽力で、移築されたものです。



高橋箒庵さんは私の故郷茨城県を
代表する偉人です。

水戸で生まれ育ち、福澤諭吉さんの
寵愛のもと、慶應義塾大学から
三井財閥の重役等を歴任
50歳のときに潔く実業界を引退し、
以後は茶道を中心に風雅の道を通じて
各界の名士と広く交流しました。 

『大正名器鑑』『東都茶会記』など、
茶道に関する著作が多数あります。

また高橋箒庵さんは
護国寺の檀徒総代を務めており、
護国寺を茶道の総本山にしようと
考えていました。

護国寺への松平不昧公の分墓、
園城寺日光院客殿の移築、茶室の整備などを
行い、茶道振興に尽力した日本の近代茶道を
代表する方です。

                               *


茶道が始まって以来、四百五十年のあいだに、茶人によって賞玩された名物茶器の数は、
ほとんど数え切れない。

利休時代までの茶書に載せられたものを大名物(注・おおめいぶつ)といい、
時代がくだって寛永時代(注・江戸時代初期1624〜45年)にいたり、小堀遠州らが、
その鑑識眼で選んだ名器を、中興名物と呼ぶ。それらが代々伝えられて、
貴重な宝とされているのである。

徳川時代においては、これらの名物が、
将軍家、諸大名、あるいは民間の諸名家の
宝蔵に秘蔵され、それらを簡単には見ることはできなかったので、数寄者の中には、
なるべく広くこれらについて調査し、
名物集を作ろうとするものも多かった。



なかでも、享保時代(注・1716〜36年、
徳川吉宗の時代)には、松平左近将監乗邑(注・のりむら、のりさと。老中)が非常な
努力(原文「丹精」)で「名物記」三冊(注・「乗邑名物記」)を編集し、続いて寛政年間(注・1789〜1801年)には、松平出羽守宗納【不昧公】が、九年を費やして、「古今名物類聚」十八冊を編集し、その後、本屋了雲が、「麟鳳亀龍」という名物記四冊を編集した。
これらの名物記が、従来は名物茶器の
記録として、茶人の金科玉条とする
ところであった。

封建時代には、諸大名が名器を各自の
藩地で保蔵しているだけでなく、
いろいろな意味で、極度に秘蔵する
習慣があったので、松平乗邑が当時の
幕府老中であったことが、その調査のうえで
非常に役立った。
松平不昧も、徳川の親藩であるうえに
十八万石の資力があり、それを背景にして
編集を行うことができた。

にもかかわらず、実物を見ることが 
できない場合もなきにしもあらずで、
伝聞によって記録を作成したので、
調査が正確を欠くだけでなく、
写真のような実物を写すことができる
便利なもののない時代だったので、
読者が実物を思い描くことが難しいという
うらみがあり、私はいつもそのことを
残念に思っていた。

ひとりの研究者の力
(原文「一学究力の独力」)では、
満足な名物記を完成することは、
いかに便利な世の中でも簡単な
ことではないと思いつつも、
なんとか奮闘して、この事業をやりとげて
みたいと私は思ったのである。
私が五十一歳で実業界を引退したのも、
半分はこれを実現させるためだった。




このように
それまで誰も成し得る事ができなかった
一級の茶道具の画像や詳細データを
集約する「大正名器鑑」を完遂する事に
成功しました。

その功績により、
現在は失われた茶道具の復刻や修復、
あるいは新たに作る茶道具の礎として、
現代まで一級の資料として活用されています。

水戸で漢学を学んだ高橋箒庵さんが
大正名器鑑」を成し得た背景には、
光圀死後も水戸藩の事業として
二百数十年継続し、明治に完成した
「大日本史」の存在があったように
私は勝手に男のロマンを想像しています。


水戸藩の水戸学は明治維新の原動力と
なったと伝えられています。

私は茨城県で小中高を過ごしましたが、
夢窓疎石国師と岡倉天心さん
水戸光國公と高橋箒庵さんなどの
郷土に縁ある方のお話や教育を受けた記憶は
残念ながらまったくありません。
おそらく日本中、同じなんだと思います。

世界基準、日本基準の学問も大切ですが
水戸学のような地域の学問や、
文化・伝承を伝える場所、
郷土に縁ある先達の功績を伝える場所は
もはや、各地域の茶道教室の役割に
なってきているように思います。


私も陶芸や茶道など自分にできる事で
表現していきたいと思います。





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