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気象台の記録は天候だけか?/沼尻真一


祖父母の代から、

気象台のある街で育ちました。

天候は誰にとっても身近で、

良く祖父母から気象台の

話を聞かされていました。


戦前にプールがあったとか、

観測者の木造の宿舎があって、

晴れた日はもちろん、嵐の日でも

大きな風船や凧を飛ばしてみたり、

戦前から物珍しい

器具を用いて観測されていたようです。


それを聞いてると

灯台守のイメージだったり、

あるいは

宮崎駿監督の「風立ちぬ」だったりを

イメージしました。



気象台って、天気だけでなく

その地域の歴史まで記録されてるようで、

今回のニュースはデジタル保存も

されていないようで

とても残念でした。


天候だけ記録するなら

人はいりませんな。

AIで十分です。

http://numajiri.jugem.jp/?eid=271










<富士山測候所>日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊

2018/08/10 07:00

毎日新聞

<富士山測候所>日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊

 気象庁富士山測候所の職員が68年間つづった40冊以上の「カンテラ日誌」が所在不明になっていた問題で、同測候所を管轄した東京管区気象台は毎日新聞の取材に、昨年11月以降に「文書整理の一環」で廃棄していたことを明らかにした。気象観測のほか、眼下の空襲など太平洋戦争も記録した貴重な資料が失われた。閲覧したことがある気象専門家らは「職員が見たまま感じたままを率直に記した第一級の歴史資料だった。機械的に捨てるなんて」と批判している。

 同気象台総務課によると、日誌は昨年11月までは倉庫にあったが、他の行政文書と一緒に溶解処分したという。取材に対し同課担当者は「毎日の出来事や感想を個人的に書き留めたもの。職務ではなく、行政文書に当たらない。庁舎内のスペースは有限で、必要ないものを無尽蔵に保管できない」と説明した。

 日誌は、測候所が山頂(3776メートル)に移転した1936年から無人化された2004年まで書き継がれ、その後の大半は東京都内の同気象台に保管されていた。毎日新聞は今年1月、情報公開法に基づく開示請求で「不存在」の通知を受け、取材で「庁舎内にない。これ以上分からない」と説明された。3月の報道後、廃棄が分かったという。

 日誌は一部が一般書籍や気象庁発行の冊子、研究論文などに引用されている。観測奮闘記のほか、戦時中は南から飛来する米爆撃機B29の編隊や、空襲に遭った街が赤々と燃える様子を描写。「中都市が攻撃を受け、毎晩一つ、二つと焼土となる。これが戦争の現実」などと記していた。

 NPO法人「富士山測候所を活用する会」理事の鴨川仁(まさし)・東京学芸大学准教授は「世界でも珍しい資料。なぜ廃棄したのか理解できない」と落胆。「戦争被害調査会法を実現する市民会議」(東京都)の川村一之事務局長は「戦争に翻弄(ほんろう)されながら気象観測をしたことが分かる唯一無二の記録。もう読めないのは残念だ」と批判する。【荒木涼子】


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