profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others
<< 宝塚歌劇団と茶道の源泉/沼尻宗真 | main | 知足の蹲踞から、龍安寺茶室「蔵六庵」へ/沼尻宗真 >>

知足の蹲踞「吾唯足知」/沼尻宗真



私の郷里茨城の偉人、水戸光圀公が

京都龍安寺に寄進した銭形の蹲踞・つくばい

(非公開)


観光客が見ているものは、レプリカです。


中心の口を共用し

「吾唯足知」となり

禅の格言を図案化した無言の悟道です。


鳩摩羅什 (くまらじゅう)の 訳した

遺教経(ゆいきょうぎょう)には


「若し諸の苦悩を脱せんと欲せば、

まさに知足を観ずべし。

知足の法は即ち富楽安穏の処なり。

知足の人は地上に臥すといえども、

安楽なりとなす。


不知足の者は富むといえども、しかも貧し。

不知足の者は常に五欲のために牽かれて、

知足の者のために憐憫せらる。

是を知足と名づく」とあります。


現代は物や情報が溢れかえっていますから、

お金さえあれば何でも買えて手に入ります。


しかし、知識や経験などは

お金では買えない、

素晴らしい価値のあるものです。


茶道は古の先人が残した経験や知識を、

現代に生きる私たちに古を引き継ぎ

教えてくれます。


あぁ日本人で良かったな!

と思う瞬間が必ず生まれます。


「足る」を知り、むさぼる事なかれ!


ご住職の言葉が身に染みます。


img_03123.JPG



「時ならぬ さくらが枝に ふる雪は 

    花を遅しと 誘ひきぬらん」


安土・桃山時代、

1588年豊臣秀吉は蒲生氏郷や

前田利家らを連れ龍安寺で

和歌の会を催しました。



大雲山龍安寺


徳大寺家の別荘を、

宝徳2年(1450年)官領 細川勝元が

譲り受けて寺地とし、妙心寺の義天玄承を開山として創建されたものである。


方丈の前庭は枯山水の石庭として著名で、

臨済宗妙心寺派に属します。



沼尻宗真








コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック