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がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ

6年ぶりに

アメリカから中村祐輔さんという

凄いお医者さんが帰国するらしい。


一昨年も昨年も今年もずっと

お葬式が続いてます。


大往生は別としても

高校の親友が若くして

急逝した原因は

やっぱり この病です。


きっと、周りにもそんな

病が原因で悲しい経験をした方や

今もしている方は

沢山いると思います。


日本の医療は凄いから〜


今に全ての病が治るから〜


なんて話を、

カレコレもう20年〜30年聞いてますが

あんまりですね。


当社の生命保険では

最先端医療も受けれます。


宝くじに当たった人を

見たことがないように

こんな言葉が

どうも怪しく感じてしまいますな。


今回の中村先生の記事からは

そんな疑問が良く分かりました。





ここ

↓↓


「お腹の塊をどうにかして」と泣き叫ぶ患者を看取ることしかできない。この「悪魔」をどうすれば打ち負かすことができるのか。苦悩のなかで、がん患者には「個人差」があることに気づき、これは「遺伝子の差」が関係しているに違いないと考えた。



                                    #


中村は久しぶりの「日本」に対してぬぐいきれぬ不安があるようだ。

「後ろからたくさん矢が飛んでくるかもしれないし、周囲の人間からは、『中村先生がいなかった6年の間も、日本の医療はなにも変わっていない』と言われますから、まだなにができるかはわからない」


                                     .#


「日本の医師は研究費をもらうのに四苦八苦して論文を書くことがゴールとなっている。研究を患者に還元しようという人が少ない。それは国立がん研究センターも同じで、標準治療のガイドラインに固執するせいで、それらの治療法が合わず選ぶ道がない“がん難民”をつくり出していることに気づいていない」(中村)


                                 #


「司令塔のはずなのに、実際にできることは、各省庁に政策の助言をすることぐらいだった。予算などの権限が与えられていないためだ。気がつくと、各省庁が財務省と個別に予算交渉をして、政策を進めていた。自分は、室長という名の単なるお飾りなのだと思い知らされた」(12年1月28日付読売新聞)


                                  #


「日本を愛しているからこそ、あえて米国へ行くということです。現在の日本の医療体制では、患者さんに新しい薬を届けるのは難しい。ならば、環境が整っている米国で、もうひと勝負したいと考えたのです」

 勝負。これこそが今夏、中村が日本へ戻る目的だ。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

マジで6年間も日本の医療が

変わってないの?


コワ〜


研究費もらえないと、発見もないしね。

しかし、

助成金の論文書くだけで

死ぬほど大変なんでしょうが

そこがゴールでなく


やっぱり、国から予算出たなら

困ってる民に還元する所まで

何とかしてほしいです。


政治と最先端医療がこんなに

密接に関わっていて

うまく連携しないと

こんな世界を代表する

スゲーお医者さんまで

路線から外されるんかい。


事務次官やった凄い人まで

省庁辞めたら

ハブかれんだもんな〜


人間や組織は残酷だな。


肩書きなけりゃ、

みんなタダの人なのに。


タダの人として魅力的に

見えるかどうかですわな。


もったいない話だよ。


しかし、


中村先生の問題意識、


病への怒、怒、怒


行動力、素晴らしい大人を見ました。


国民栄誉賞って、

なんかTVで見りゃ

わかるよーな人にあげんじゃなくて、


この中村先生なんか

とっくのとうにあげていて

いいだろ。

本人が貰うかどうか別として。


ノーベル賞は本当に素晴らしいけど、

芥川賞や直木賞のように、

国内独自に

もっともっと

こんな方々を顕彰し、

ただ歳をとってる大人でなく、

尊敬に値する大人を知らせてほしいです。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



戻ってきた“ノーベル賞に最も近い日本人” がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ

2018/06/30 08:00

デイリー新潮

戻ってきた“ノーベル賞に最も近い日本人” がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ


「ノーベル賞に最も近い異端児」が切り拓く「がんゲノム医療」――窪田順生(上)

 かつて祖国に絶望した男が再び戻ってくる――。「ノーベル賞に最も近い日本人」と称されたがん医学の権威が今夏、国内に復帰。彼が日本に舞い戻り目指すのは、「リキッドバイオプシー」と「ネオアンチゲン」というがん医療の普及だ。最新技術の現状を紹介する。

 ***

 この夏、日本の「がん医療」の行く末に大きな影響をあたえる男が、アメリカから6年ぶりに戻ってくる。ゲノム(全遺伝情報)を解析し、がんの治療に活かす研究の世界的権威として知られるその男の名は、中村祐輔(65)――。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、国立がん研究センター研究所所長、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長などを歴任後、2012年からアメリカに研究拠点を移していた中村が、シカゴ大学医学部教授という恵まれた立場を捨て、7月1日に東京・有明にある公益財団法人がん研究会「がんプレシジョン医療研究センター」のセンター長に就任するのだ。

 過去、大腸がん患者のゲノム研究で世界を驚かせたその中村が、まずは「ゲノム」と「がん治療」の関係について説明する。

「大腸がんの場合、たとえばAという遺伝子に異常があるとポリープができて、次にBという遺伝子に異常があるとポリープが大きくなり、さらにCという遺伝子に異常があるとがん化する、と段階的に進んでいくことがわかっています」

 つまり、我々が「がん」と呼んでいるものは、実は遺伝子の異常が積み重なり、細胞増殖に歯止めがきかなくなった状態を指すのだ。では、がん症状の「個人差」はどこからくるのか。それは遺伝子である。各個人の遺伝子異常の微妙な差が細胞の増殖具合の違いを生み、がんの「個体差」につながる。同じステージの大腸がんと診断された患者でも、進行度が違っていたり、抗がん剤が効く、効かないという「個人差」が生じたりするのは、すべて「ゲノム」の違いに由来するものなのだ。

がんゲノム医療

 このような「がん」をひきおこす遺伝子――「がん遺伝子」については、1990年代より世界中で解析が進み、それに中村も大きく貢献。既に米国では2万数千例という膨大な数のデータベースが構築されている。この集積されたがん遺伝子情報と、患者個人のゲノム情報を、スーパーコンピューターやAI(人工知能)で照らし合わせ、個々に最適な治療を見つけ出すのが「がんゲノム医療」である。この着想は、オバマ政権以来、米国が国家プロジェクトとして進めている「プレシジョン・メディシン」(個別化医療)のベースにもなっている。

「輸血する際に必ず血液型を調べるように、がん治療をおこなう際にも、遺伝子検査をすれば個々のがんの個性がわかり、効果的な治療を選んで、副作用の危険が高い治療を避けることができる」

 そう語る中村はこの分野の第一人者だ。彼はこれまでゲノム情報を活用した新薬の開発に長く携わってきた。それらの実績から、「ノーベル賞に最も近い日本人」と評されてきた「世界のナカムラ」が日本へ戻ってくるのだ。がん患者でなくとも期待に胸が膨らむ。しかし、当の中村は久しぶりの「日本」に対してぬぐいきれぬ不安があるようだ。

「後ろからたくさん矢が飛んでくるかもしれないし、周囲の人間からは、『中村先生がいなかった6年の間も、日本の医療はなにも変わっていない』と言われますから、まだなにができるかはわからない」

 言葉の端々から、日本の医療界に戻る不安、医療制度に対する危機意識が伝わってくるが、同業者らに言わせると、それもいたしかたないという。

「民主党政権時にあれだけ派手にハシゴを外されるという挫折を経験したわけですから。日本の医療そのものに懐疑的なのでしょう」(国立大学で先端医療に関わる研究者)

 世界的権威の「挫折」。それを正しく理解するには、これまでの中村の歩みを振り返らなくてはいけない。

「一匹狼」の日本批判

 1952年、大阪に生まれた中村は、府立天王寺高校、大阪大学医学部というエリートコースを歩み外科医の道を選ぶ。大学病院、救急医療、小豆島の町立病院などさまざまな現場を渡り歩くなかで痛感したのは「がん」に対する己の無力さだった。切除してもすぐに再発。お腹を開いても手の施しようがないほど進行している。「お腹の塊をどうにかして」と泣き叫ぶ患者を看取ることしかできない。この「悪魔」をどうすれば打ち負かすことができるのか。苦悩のなかで、がん患者には「個人差」があることに気づき、これは「遺伝子の差」が関係しているに違いないと考えた。が、「ゲノム」という言葉を使う人は限られていた時代。いったいどうすればいいのか途方に暮れていたある日、海外の医学雑誌の記事に目が留まった。米・ユタ大学のレイ・ホワイト教授が遺伝性大腸がんの研究をおこなうというのだ。これしかない。迷うことなく参加を志願する手紙を送った。「ゲノム研究者・中村祐輔」が誕生した瞬間である。

 ホワイト教授から快く迎え入れられた中村は、DNAのなかでどれが父親由来か、母親由来かを判別するマーカーを多く発見。それらは後に世界中の研究者から「ホワイト・ナカムラマーカー」と呼ばれ、遺伝子研究の発展に大きく貢献した。

 5年間の研究生活を終えて帰国した中村は、ゲノム研究に理解を示した菅野晴夫・癌研究会癌研究所(現・がん研有明病院)所長(当時)に迎えられ、36歳という若さながら生化学部長に就任。ゲノム解析を新薬の開発に結びつける研究をスタートさせ、それが結実したのが、がん細胞を殺す「キラーT細胞」というリンパ球を増やす新薬「がんペプチドワクチン」の開発だった。こうして誰もが認めざるをえない実績を積み重ねていく一方で、「一匹狼」「異端児」という陰口も増えていった。理由は、中村と5分も話せばわかる。

「日本の医師は研究費をもらうのに四苦八苦して論文を書くことがゴールとなっている。研究を患者に還元しようという人が少ない。それは国立がん研究センターも同じで、標準治療のガイドラインに固執するせいで、それらの治療法が合わず選ぶ道がない“がん難民”をつくり出していることに気づいていない」(中村)

 日本のがん治療では、外科治療(手術)、放射線治療、そして化学療法(抗がん剤治療)という3つが「標準治療」とされ、それ以外の治療は「邪道」扱いされる傾向が強かった。海外のがん医療で主流となってきた「ゲノム」への無理解は、中村からすれば時代錯誤以外の何物でもないが、「歯に衣着せぬ日本批判」をおこなう彼の主張は、「医療ムラ」から煙たがられた。

 そんな「一匹狼」に大きな転機が訪れる。2011年1月、民主党政権が日本の医薬品、医療機器の国際競争力を高めることを目的として設立した「医療イノベーション推進室」の室長と内閣官房参与に中村を任命したのだ。「医療制度こそ元凶」と訴えてきた中村にとって、医療改革の「司令塔」はまさに望んでいたポスト。彼はその意気込みをこう語っていた。

「日本発の革新的医療を日本の患者さんたちにいち早く届けられるよう全力をあげています。患者さんに新規の医療を届けたくても、日本独特の壁があってできない面も強かったですから」(同年3月15日付産経新聞)

ネイチャーが報じた〈日本に見切りをつける〉

 だが、この発言をしたわずか9カ月後、中村は辞表を提出。「日本独特の壁」を壊すつもりが、逆に返り討ちにあってしまったのだ。

「中村氏の起用は、自民党政権時と異なる改革路線をアピールしたかった仙谷由人官房長官(当時)の仕掛け。ただ、他の民主党の政策と同じく、聞こえのいいスローガンのみで霞が関や業界への根回しなど一切やっていなかった。そこで、後ろ盾の仙谷氏が官房長官を辞めると、推進室の会議を各省庁の幹部がこぞってボイコットするなど露骨な“中村おろし”が始まった」(全国紙記者)

 当時の中村はマスコミにこう明かしている。

「司令塔のはずなのに、実際にできることは、各省庁に政策の助言をすることぐらいだった。予算などの権限が与えられていないためだ。気がつくと、各省庁が財務省と個別に予算交渉をして、政策を進めていた。自分は、室長という名の単なるお飾りなのだと思い知らされた」(12年1月28日付読売新聞)

 このまま日本で「お飾り」に甘んじていても、誰も救えない。中村が退任を申し出て、研究環境の整ったシカゴ大学の教授となったのは、当然といえば当然の選択だった。

 中村の「日本脱出」は世界の医学界でも驚きをもって伝えられ、英国の科学雑誌「ネイチャー」(同年2月号)は「Genomics ace quits Japan」(ゲノム研究のエース、日本に見切りをつける)と報じた。ただ、中村からすれば日本を諦めたつもりなど毛頭なかった。著書『これでいいのか、日本のがん医療』(新潮社)に当時の心境が綴られている。

「日本を愛しているからこそ、あえて米国へ行くということです。現在の日本の医療体制では、患者さんに新しい薬を届けるのは難しい。ならば、環境が整っている米国で、もうひと勝負したいと考えたのです」

 勝負。これこそが今夏、中村が日本へ戻る目的だ。

(下)へつづく

(文中敬称略)

 ***

窪田順生(くぼた・まさき) 1974年生まれ。雑誌記者、新聞記者を経てフリーランスに。事件をはじめ現代世相を幅広く取材。『「愛国」という名の亡国論』(さくら舎)等の著書がある。

「週刊新潮」2018年6月21日号 掲載


https://www.dailyshincho.jp/article/2018/06300800/




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・駄菓子屋の革命家 春枝さん/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=903
















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