profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others
<< いばら ぎ じゃなく いばら き/沼尻真一 | main | 夏の甲子園、茨城準々決勝で常総学院惜敗/沼尻真一 >>

京都・祇園祭 八坂神社の茶会・祇園万亭、一力/沼尻真一

2017の祇園祭も晴れましたね。

ニュースで見ました。

 

 

※記事はリブログです。

 

毎年7月16日宵山には、京都八坂神社にて

表千家、裏千家の

御家元が交互に献茶式を奉仕されます。

 

今年は、表千家です。

 

 

数多くの茶席がありましたが、

万亭の席に入らせて頂きました。

 

 

沼尻真一

 

 

誰もが、花見小路で見かけた事がある

この紅殻壁ですが、「万亭」正式な屋号ですが、

皆さんよく一力と呼んでいます。

 

歌舞伎の赤穂四十七士をいろは仮名に例えた

「仮名手本忠臣蔵」にも登場する「一力」という

名前が有名になったことが由来のようです。

万という字を崩して、一力とも言われています。

 

つまり幕末には大石蔵之助が利用されていた
 ようで、今でも命日の三月二十日には

大石忌が一力にて催されています。

 

この一力、赤穂浅野家

意外にも郷里茨城県と

深い関わりがあるんですよ。

 

実は赤穂浪士のうち

赤穂(播磨国赤穂郡)出身者は

大石良雄を含めて半数程度で、

次いで多いのが

常陸国、茨城県の真壁(真壁郡)や

笠間(茨城郡)の出身者なんですよ。

 

赤穂浅野氏の家臣団の中心は、正保2年(1645年)に浅野長直(長矩の祖父)が

赤穂に転封される以前は

真壁藩・笠間藩時代に

形成されていたからです。




つまり赤穂浪士の

吉田兼亮・小野寺秀和・堀部金丸など

高齢者の浪士は茨城県生まれが多いそうです。

茨城県笠間には
大石内蔵助の祖父で、笠間藩家老だった

大石良欽(よしたか)の邸宅跡が残ります。

その後、赤穂へ移って57年後に

浪士の討ち入り事件が起こります。

 

そんな同郷の先達赤穂浪士を知り、

一力を訪れるのも感慨深いです。

 

※茨城県から来た修学旅行生達も

  一力必見ですね。

 

 

待合

 

 

 

あやかれや 長刀鉾の 鬮とらず   

        如心斎の句、即中斎筆

 

 

つねに山鉾巡行の一番手を担っている

長刀鉾の重責にあやかりたいという

御家元の句ではないでしょうか。

 

 

祇園祭には、ヒオウギという植物が必ず飾られます。

扇状の葉を持つことからヒオウギ(檜扇)。

古代、ヒオウギで悪霊退散したことから厄除けの花として

飾られるようになりました。

 

 

 

本席

而妙斎御家元筆

祇園守槿、七宝唐舟

 

 

水指の摘みは長刀鉾ですが、

この長刀の刃を御所に向けるのは

失礼という事で、取り外しが

可能になっています!

        当代永楽造

 

 

お運びは祇園の舞妓さん、引きは旦那衆が

していただける華やかさ。

 

舞妓さんの裾さばきの美しさに驚きます。

袴でさえ危ういのに。

 

やはり厳しい稽古あっての舞妓さんです。

 

建築は鴨居の上に長押がまわる典型的な

書院造で、木の部分を全て漆を塗り漆黒に

している点が、紅殻壁と合うなと感じました。

 

 

長刀鉾 宵山 2016

 

今年の祇園祭りは快晴でした。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック