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しら露と穏逸花/文屋朝康と千利休居士 − 沼尻真一




 しら露に 風の吹きしく 秋の野は

    つらぬきとめぬ 玉ぞ 散りける

                    
                  文屋朝康/三七


三種の神器の一つになっている玉。

玉は、白玉であり、真珠の古名でもある。

日本人が玉を重くみている。

つまり玉とは王のこと。
玉という字は、固くて質の充実した宝石のこと。
玉という字の成り立ちは、三つの宝石をつないだ姿。



 秋の野に おく白露は玉なれや

   つらぬきかくる 蜘蛛の糸すぢ  

                文屋朝康/古今225


 
9月になると一気に京都は秋の気配になった。

関西は梅雨の6月よりも9月の秋雨の方が

降水量が多いと聞いて、連日の雨模様に納得できる。

あんなに夏の日差しが強かったのに、

日差しが弱まり水を吸い込んだ瞬間に、

草木や夜の月まで冴えてくる。

重陽の節句、中秋の名月、萩の美しい季節になる。


『風露新香穏逸花』
ふうろあらたにかおるいんいつのはな

菊は、しとやかで高貴な風情から
「穏逸花」(いんいつのはな)とも云われます。

千宗易が、「利休」という居士号を勅賜されたとき、

参禅の師である古渓和尚から贈られた偈頌(げじゅ)、

『龐老(ほうろう)は神通の老作家、飢え来たれば飯を喫し、
 茶に遇えば茶、心空及第して等閑に看れば
 風露新たに香る穏逸の花』の結句。

※龐老(ほうろう)は唐代の高僧

古渓和尚は利休の徳を
孤高穏逸なる「菊」に比定し、
気高いその徳を讃えた句。

隠逸とは、世俗の生活から身をひいて隠れ住むこと,またはその人。
中国では,自己の理想や生き方を固く守って公職につかない人を逸民と呼んだ。
『論語』微子編で,孔子が論評を加えている伯夷,叔斉ら7名がその例である。
竹林の七賢に見、隠逸の世界を陶淵明の世界に見出す。

沼尻真一

















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