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柳宗悦の茶 「茶と美」 / 沼尻真一

 
 柳宗悦の基本理念





    それは「茶が美の世界のことである限りは、


          美しき器物のみが


             茶器たるの資格を受ける」(「『禅茶録』を読んで」)
















          「美を修することと、『茶』を修することとは別事ではない」


                                    (『茶道を想ふ』)という思想










晩年となった 1955 年12月、
柳は日本民藝館で第一回民藝館茶会をした。
その後病に臥し、61年に歿した柳。


この茶会は柳の志向した茶の貴重な記録である。


茶祖が取り上げた茶器の美。


柳はそれを「無ぶ じ事の美」


「只しも麼の美」と呼び、賞讃しました。


その美は自身が『美の法門』で説いた「美醜なき美」と
確かな重なりを見せます。


「美」と「醜」の相対を超えた美しさは、
柳が日本民藝館に蒐めた多くの工芸品にも宿り、
「美の標準」として提示されました。


無上の法門は今も開かれているのです。

長年にわたって蒐集した館蔵品から、
既成の「茶」に囚われずに選んだ茶器と自身考案の
道具を用い、半座礼という椅子式でおこなった。


柳は茶会について「道具とか室飾りの方は、
凡て私が背負った。




(中略)私が一番気を配ったのは室の飾りつけであるが、どれだけ
気附いてくれた人があるのか」(『民藝』39 号)と書いている。



家元制度を批判し、形式化された茶道を嫌った柳が
開催した茶会は、著書の中にも紹介されている。


茶を知らない誰もがそれはたいへんとっつき難く、
茶道をわかりづらいものに感じるだろう。


まして、自由な遊びのある時代の茶に比べれば
あらゆる点で、定型化されていると思う。


その点だけをみれば、やはり桃山の茶は自由であり、
〇〇〇流など関係なく、道具も茶を点てるのも、自己流
で十分のはずである。
だから家元なんてものの必要性を感じないという
考え方もよくわかる。


しかし近年の研究から、例えば茶と禅の関係性よりも、
むしろ、法華宗や神道の影響の大きさであったり、
柳の時代とは比べものにならないほど
新たな研究結果を見れば、各家元の役割や、
流儀の個性の面白さなど型があればこそ、
研ぎ澄まされる部分が自分の中に養われるのだと思う。


外野から評論する事だけは何事においても、
バカな安易な行動であるからして、
とことんやってテメェでものが初めて言えるのだと思う。

唯一つ思うことは、思量と身体を使うことにより、
誰もが思う何者かへの信仰が、やがて神妙になれる
という事がもしその中に生まれれば、それは茶はあくまで
媒体であっていいのではないかと自分は思う。

自分とは何か?命をどこへ使うかなどもそんな
思量と身体の動きのシンクロの中にしか
生まれないのではないかと思う。


茶道とは何か?民芸とは何か?考えるとき、
柳宗悦と流派茶道の疑問にあたることになるが
唯一この二つを融合する、熊倉功夫先生の一節を紹介する。


民芸は形あるもののデザインで終わりません。
さらに進んで人間としての生き方を求めます。

柳は美醜、善悪を超えた「無有好醜」の世界を
理想としています。

それは茶の湯の求めるところと
一致するように私には思えます。






沼尻真一















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