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徒然草32段 吉田兼好作/ 空薫 沼尻真一

[古文] 32段

九月廿日(ながつきはつか)の比(ころ)、ある人に誘はれたてまつりて、
明くるまで月見ありく事侍りしに、思し出づる所ありて、案内せさせて、
入り給ひぬ。
荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、しめやかにうち薫りて、
忍びたるけはひ、いとものあはれなり。

よきほどにて出で給ひぬれど、なほ、事ざまの優に覚えて、
物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、
月見るけしきなり。やがてかけこもらしまかば、口をしからまし。
跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。
かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。

その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。

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日本で良いものとは、その「素材の上質さ」にあるように思われる。

例えば、パリで築何百年という石造りの建物でさえも、

この石はどこどこ産で、この苔の生え具合がいいんですという

話は聞いたことがない。

単に石造りなのである。

しかし、以前八幡浜の鳥津さんと伺った小豆島の井上さんが

案内してくれたように、豊臣秀吉の大阪城の石垣は

小豆島から切り出し運び出されたものというように、

その場所が重要となる。

工芸でものづくりをするものにとって、

その素材は、木、粘土、鉄、ガラス、繊維と

様々であるが、素材とは単に原料であって、

感じの良い自然物を選べば、それが直接「素材」で

あることではないだろう。

それは単に「原料」であってまだ「素材」ではない。

つまり原料を人為的に弄くって

意図したものがやっと「素材」になると言うことに気づく。

ここでやっと、作ることがスタートできる。

作品が完成したあかつきには

この素材はもはや空薫のようなものである。



沼尻真一










































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