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農業と芸術という遠距離恋愛だから、・・・ 宮沢賢治・羅須地人協会/沼尻真一

農業と芸術という遠距離恋愛だから、・・・



若者が集い、私塾のようになった集まりを
賢治は「羅須地人協会」と命名し、ジョン・ラスキンの
聖ジョージ組合のように
 
・自ら耕し
・学習し
・芸術を楽しむ
 
という共同組織を目指した。
 
科学や農業技術、エスペラントを教え
農民芸術を説く。
 
また農民楽団の結成を考え、楽器を買って
合奏の練習を始め、自らオルガンとチェロを担当した。
 
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戦後は高校なんてまともに行けて学べるもんじゃないから、
どこの街にも私塾や若者が集い学べる場所があったという。
 
花嫁修業も、花婿修行もそこで行われ、
知識としての教育よりも、

芸術でも、知識でも
すべて即、日常の生活の中に取り入れられるような
学びの場だったという。
 
それは、親や他の誰かから
与えられたものではなく、

自分から
知識や社会、世の中、世界に飢えて、飢えて
学びに行こうとするのだから、何よりも身につく。
 
ハングリーとか一生懸命なんて
言葉が軽すぎるほど、一人ひとりが真剣で
深刻だったのだろう。
 
農業と芸術という、遠距離恋愛を
一つにまとめる賢治の創造性は、
実は
 
「食って生きて、そして楽しむ暮らし方」
 
という最もシンプルな生活ができるという事になる。
 
これは1926年大正15年昭和元年の話であって、

いまの
平成24年では
食うや食わずの農民はまわりに誰もいない。
 
学びたくなくても、親が勝手に大金を出して、
珍しい高校や大学に行かせてくれて、
何となく楽しく終わる。
 
何となく就職して、何となく辞めても生きれる。
 
そして誰も困っていない
 
という今にも

しかし賢治の「羅須地人協会」はあったらよい。

 
その学習とは、
数学や国語ではなく、
美しい生き様であり
 
その芸術とは
巨大なものではなく
美しく手で持てるものであり
 
自分が食べる分を
自ら鍬を持って耕し、
種をまくことができるという事だろう
 
もう10年近く前に賢治の話から
岩手に実際に足を運んでくれた友人を思い出した。


そこはパリから、ニューヨークから、ロンドンから
来てもらってちょうど良いようにするといい。




































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