profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others
<< 青磁求道者の守破離 − 陶芸 若尾誠先生 粉青瓷 /陶棲 沼尻真一 | main | 1812 Overture - Tchaikovsky 序曲 >>

「ヴァージニア」 コッポラの終焉

 
 
キリスト教と牧師と子供と吸血鬼というお決まりの
マンネリ化されたアメリカ映画の素材で、
神秘性やオカルト性を描かれてもまったくつまらない最低な作品。
 
意味ありげで実は意味がない宗教宣伝なんて
キリスト教でなくとも、仏教でも、イスラムでも救える余地がないほど
日本はとっくのとうに突き抜けて、日本は歯止めのないロリコン地獄に
陥っている。1985年に今とまったく同じ世界を秋元康氏がつくりあげ、
夢中になった人々と渦中の人間の25年後の結果と人生模様と
容姿がどうなったかはまったく誰もが知っているので
この先25年後がどうなるかも結果は見えている。
 
ヒッチコックのシリアスさを出したい+キョンシーの方が肌きれいだし可愛い
+20年前のパリコレのビジュアル写真でも
見せられているようなビジュアルやメイクファッション、美術は
コッポラももうこんなロートルになったのかとつくづく感じた。
いっそエドガーランポーに阿部サダヲでも出してくれたほうがリアルでは。
 
スクリーンよりも日本や世界で起きている現実の出来事が勝っていて
脚本の非日常性はまったく感じられない。
アメリカ映画はヒーローか、ピクサーアニメしか上映する価値がないと思う。
 
コッポラがいくら巨匠でも、やっぱりアメリカ人がニュアンスを
出すことは難しい。
森の描き方はまだハリーポッターの森の方が綺麗だし、
メイクはキョンシーの方が良いし、女の子はケイト・モスの
若い時の方が綺麗。
 
 
しかし普段本音を言っているのに

コッポラというビッグネームが作れば、それは必ずいい作品で
必ずなにか 意味があるというビッグネーム礼賛という講評は信憑性が乏しい。
 
古き良き時代にスクリーンで何かを学んだり、感じたりした時代が
あったが、80年代に比べれば世紀末的に
リアルに映画以上の出来事が起きてしまった
今という時代になっては、もはや必然性はなく
逆に人々のノスタルジーという記憶と心の中に新しい今や未来を
加える脚本の方を映像として見たいと自分は感じる。








JUGEMテーマ:映画










 
 
 
 
 

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック