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大阪法善寺横町「本湖月」料理人 杉浦君と人間国宝 加藤孝造先生弟子 加藤三英先生個展



 
 
福井出身の杉浦君はもう15年、この大阪の名店
ミシュラン2つ星を獲得している「本湖月」で修行をしている。
魯山人の器はもちろん漆器まで、貴重な骨董から現代作家までの
器を日本で一番多く蒐集し、使っている料理店としても有名だ。
 
指導のもと、包丁一本飲む打つ買うの料理人ではなく、
休日も煎茶道の稽古や英会話、そして直接やきものの産地を
めぐり、器の作り手の思いを受け
料理に活かす努力をしている若い料理人だ。
 
杉浦君の実家も料理屋を営み
加藤三英先生も代々の窯元の家である。
僕は、こうしたある生業の血を受け継いだ志あるもの同士の
出会いがコラボレーションすることで
今後の日本のささやかな変化になっていくのだろうと
思っていたので、実現できてよかった。

特に器が料理界に流通するしくみを見ると
陶器商や骨董店から→料理店という流れが多く
どうしても、やきもの=薪窯焼成最高級=高額
という流れや、
大正、昭和初期の潜在的なやきもの数奇趣味
青山二郎さんや、白州正子さん、魯山人
あるいは柳宗悦氏の民芸運動の健康的な美という
それだけの固定観念の呪縛から
買う側もそれを見るお客さんもなかなか
懐古趣味既視感から抜け出せず、ある価値や価格が定まったもの
だけが高価であるとか、どこかで見たことがあるような
あるいは完璧な古典の写しを求めてしまう傾向にあるのが、
そういう選択肢だけになるのは実にもったいないように感じるし
狭い領域と流通経路内の選択になると思う。

img_00708.JPG
・大阪 高島屋 加藤三英先生個展

img_00710.JPG

売るほうとしては、もちろん何らかの拠り所が必要なのだろうが
やきものは何処でいいものが突然焼けるか
わからないのものだから、その拠り所を紹介する
ギャラリーに頼るだけでなく実際に作家に足を運んで
自分で発掘してみるとまったく作品が違ってみえると思う。

その発掘する楽しみ、つまり醍醐味が唯一日本に残されているのが、
骨董めぐりだけでなく、日本の工芸もっと言えば
産地、産地のやきものや、漆器等なのだと思う。
そしてまた作り手の生き様も興味深いと思う。
価値を自分の眼で見出す、見立てる面白さの方が
人に決められた価値よりも面白い。
陶芸家というと火サスのイメージと思う人もいるかもしれないが
ちゃんと電話でアポをとれば快く作品を現場で見せてくれる。


唐津の中里隆先生と小山富士夫先生の
花ノ木窯で出会ったときに、
「先生唐津は歴史があっていいですね」と言うと
美濃の方が断然歴史があるよ。
唐津は途中途絶えちゃってそれを復興したんだから
と言われて、あらためて、太くなったり、細くなったりしながらも
脈々と続いてきた美濃のやきものづくりには関心した事を思い出したし、
一楽二萩三唐津も、一井戸二楽三唐津も
日本六古窯を命名した小山先生も自らその著書で
述べているように、ある便宜上まとめる必要があったと記してある。
このような価値感が流通する上での売る側の商品の付加価値と
それを鵜呑みに審美せずに買ってしまうという
歴史が日本の産地のやきものにあるのは歪めない事実だろう。

しかし時代はとうに進んで実際
国立近代美術館工芸課を頂点とした括りの
日本の伝統工芸は、もっと現代美術に近い現代工芸に
なってきているので、おそらく普通にやきものというイメージよりは
もっとアヴァンギャルドで現代美術に近い感じを受けるだろう。

しかし一般の人が求めるやきもののイメージは、
むしろ伝統工芸というよりも伝統芸能的な
側面が強く、歌舞伎の中村屋だったらこういう演目でこういう配役だろうとか、
同じように、師匠がだれで、志野なのか織部なのか黄瀬戸なのか
という具合で、どちらかといえばお茶道具の陶芸もこの家系、系譜に
価値を置く傾向があると思う。

しかし、この2つは一見違うように見えるけれども
両方にまたがっている作り手も数多くいるので、
魯山人の写しを作ってもらっても、恐らく写しきれないし、
それを有難いと思わないように、どのポジションにいても
その作り手にしかできない芸術的な自己表現が、作品に求められている
という背景を知っていることが価値を判断する上で
大切なのだと思う。

この辺りは明確な線引きができるわけではないので、
抽象的だが、それを知ろうとする料理人の杉浦君は、
白州正子著「器つれづれ」を持って来たが
帰りには現場を見て目から鱗が落ちていたと思う。

そのぐらい工芸は特に美濃はへうげものの織部魂ではないが
革新しているし5年後、10年後を見据え
現代の粋、現代の数寄の見立て、
骨董と現代工芸の取り合わせ
まだ価値の定まっていない新しい作家の発掘のように
もっともっとアグレッシブに清新な風が
器を見立てる料理人にも求めれてくるのだと思う。
 
日本料理は、イタリアンやフレンチよりも
長い板場の修行そして、店舗の数寄な室礼
最高の素材と美しい器という、食の総合芸術であり、
一番ハードルが高いが、一番利益が出し難いという
特徴を持っている。
 
杉浦君は「炊き立てのご飯か、そうでないご飯か判る。
世界でも一番繊細な食の感性を持っている
日本人の食を、自分たちの世代やこれからの若い世代の人に
伝えていきたい」という使命を持って日本料理に取り組んでいると言った。
ちょうど、9月5日(水)から加藤三英先生が、
本湖月のそばの大阪高島屋で個展を
されるタイミングともあい、橋本徹大阪市長ではないが、
くいだおれの町大阪から、
食も政治も日本が熱くなって行きそうだ。
 


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■加藤三英先生個展
 
人間国宝 加藤孝造先生に師事
 
・9月5日(水)〜9月11日(火)
・高島屋大阪店6Fギャラリー
 午前10時〜午後8時まで
・TEL06−6631−1101

 
 

 ・沼尻真一の茶道や茶の湯に関する記事

https://profile.ameba.jp/ameba/chazenichimi

 
 
 


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