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建築家 山本理顕先生×難波和彦先生×社会学 山本哲士先生 二期倶楽部クロスセッション & 小林崇さん ツリーハウス作家/ 沼尻真一 



■二期倶楽部クロスセッション 

建築家 山本理顕先生×難波和彦先生×社会学 山本哲士先生




東北自動車道から那須ICを降りる際に
急な雨が降りだし、視界不良な状態で
高原を抜け久しぶりに二期倶楽部に走った。

いつも変わることのないこの森は、
代表の北山ひとみ氏が
まだ日本がバブル絶頂で足元が見えなかった時代
1986年に国内初のオーベルジュホテルとしてスタートし、
はや26年が経ち48000坪の森が保護されている。



北山さんとの出会いはもちろん自分の中には、
二期での多くの出会いによって、
自分の意識や暮らし方
生き方まで変わったのではないかと思う。

それは今は故人となられた無境の塚田さんや、
作家の井上ひさし先生が静かに語られた
言の葉の数々が思い出としてあるからだ。

人は人によって磨かれるという言葉の通り、
その人なりの世界を作った先人と出会いには
学びが必ずあり、また自分自身の中で研鑽と育みが
無くては話す事さえも恐縮してしまう難しさがつきまとう。


年齢がいくつになってもあるという事は、
つまり60になろうが70になろうが
終わりがないという事なのだと思う。

一生勉強だって!鵬雲斎大宗匠も話されてた。








3.11以降 その体験から多くの人が何らの価値観が
変わっただろうし、また探しているように思う。

傍から見ればわかりきっているのに、まだ
規模や金満さを誇張して見栄をはるカッペの企業や
人種もいれば、まったく変わった日本の価値観や
環境の変化にあわせ自分自身の心技体を研鑽している者もいる。

今回の北山さんが開催したクロスセッションは同時代に生きる人間が
セッションを通して、新しい種をまく前の土づくりであろう。






■二期倶楽部クロスセッション 

建築家 山本理顕先生R×建築家 難波和彦先生N×社会学 山本哲士先生Y




建築家 池辺陽先生に学んだ難波先生は
箱の家プロジェクトとして広く知られている。

例えば、無印の家は、難波先生が設計したものを
パッケージとして無印が取り扱っている。

後で、難波先生から教えてもらったのだが、
箱の家プロジェクトは、アノニマス性を大事にしていて
海外では良くシェーカーの家に間違われるとの事。

難波先生と話してみると、建築だけでなく
歴史や文化、映画まで幅広く知識があり、
時代を読み解いている
その中から生み出された究極のシンプルな家が
先生の箱の家プロジェクトだと分かる。




山本理顕先生R

山本先生は、建築家 原弘先生に学んでいる。

その著「地域社会圏主義」を紹介してくれた。

R:住宅と街は関係していない。

一住宅一家族という暮らし方は、実はまだ歴史が浅い

N:一軒屋に住んでいるのは、アメリカと日本だけで
アメリカは国土も広いし、日本のような用途地域制限も
ないから、それでいいが、狭い日本がさらに
用途地域で規制されて住んでるから
魅力的な街ができていないのはそのためだ。

R実は一家族一住居というシステム自体は
労働者を管理するための住宅方式なのです。
それが世界に広がった。

しかし、1960年代日本は
一住居に4人高齢者率10%が暮らしていたが、
2012年1.99高齢者率23%人で、
2015年には1.9人になる。
被災地では約30%が高齢者である。

もはや日本ではこの一住居一家族という
形態自体が破綻して、住居内での孤独死や
老老介護などさまざまな弊害が起こっている。

そこで地域社会圏システムでは
老若男女500人が一緒に住むという考え方です。

2.4×2.4×2.6の箱2つに
一つは完全なプライバシーのある寝間
もうひとつは、外に開かれた見世 店でもいいし
とにかく社会 外との接点です。
キッチンやバスは共用する。

この箱をすべて賃貸として集合させ
都心のワンルームよりも広くて安く、そして
その500人が一つの社会をつくるような場所。

一人ひとりが得意分野を持ち寄って、
野菜を売ったり、服を売ったり、何かを教えたり
とにかく一人ひとりがその中で、日銭を稼ぐ。

そしてまったくグローバル経済と対抗できるような
生き方をさがす。

車もエネルギーもコンビにも、500人という単位になる
ことで、できる新しいシステムによる住まい方が
経済的な数値化された根拠により、証明されている。

 
Yハウジングではなく、ドゥエリングするということではないだろうか

R日本では公営の賃貸は5%だがフランスでは15%ある

日本は一貫して住宅産業が国の産業になっているために
フラット35などの金融公庫により、借りるより買う方が
特であるという事になってしまっている。
これは高度経済成長を前提とした、住宅政策の誤りである。

J沼尻

500人がゆるやかに関係しながら一緒に住むというのは
日本の昔の農村の形態にも似ているような気がします。

それを可能にするためには、職業というか生業も
とても重要になると思う、つまりグローバル経済ではない生業。

R僕は商店街で育ったけど、みんな活気があって、
みんな関係していたんだよね。


_MG_4566.jpg
 
N僕も農家だったけど同じだった。

Jつまり今はそれが大店法の規制緩和によって
あっちこっちに必要以上に大規模ショッピングセンターができて
商店が成り立たなくなってしまったのも、原因のような気が

N日本全国の土地の用途地域を全部近隣商業施設にすれば
いいんだよ、そうすれば、日本は劇的に変わる

R僕も東雲キャナルコートを手がけたときに
マンション区内には、お店ができない
つまり規制があって、何平米以上の店舗を住居と一緒に
つくれないんだよね

だから、住むとこ、買うところ、働くところと
別々になって、結局はおもしろい街ができない

高度経済成長は終わったんだから
半量産でも、一人ひとりにあったものづくりの仕方が重要

僕らはとらえられないものを設計する

ネット化できないもの、証券化できないものを


人がどこで生まれて、 どこで死んだか?


誰かが記憶している事がとても大切なんだよね。

つまり、記憶と時間

野中育造先生の著「プロセスこそ実在だ」にもあった

Y古事記は社をつくるつまり場をつくる
日本書紀は場をつくらない

日本は2つの考え方がある


○エネルギーについて

R一住宅一家族でエネルギーを作り出すには
無駄が多すぎる
地域全体で取り組むのをサポートするのが
本来の電力会社の役割

しかし、自家発電しても結局は自分の家に直結できずに
一度、電力会社のルートに乗せてからそれから自宅へと
いうルートの規制がかかっているので、蓄電できない。

N19世紀の無政府主義、バランステール共同生活に似てきている

R日本の古民家は軒が深く、うまく自然エネルギーを活用できている

K北山さん
規制や既得権益の圧力にひるむのではなく
ゆるやかに一人ひとりが自立して
共食、共育によって参加者それぞれの地域から、
問題を共有して変えていかなければ
いけない時代だと思います。

_MG_4596.jpg


 
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自給や自立とは みずからと書いてある。

しかしすべて自分でするという自らではなく

食料をつくるのが得意な人

服をつくるのが得意な人

器をつくるのが得意な人

料理をつくるのが得意な人

というように、持ち寄る自立。

あなたは自己満足の趣味ではなく

人にお金をもらえるだけの生産として何が与えられますか?

と聞かれているようだった。

つまり流行や芸能人、大衆、マスコミの追いかけごっこ

肩書き、学歴、バービー人形ではない日本人の美、

つまりこの大衆見栄っ張りなラットレースからの離脱。

_MG_4686.jpg


つまりグローバル経済大衆経済

見栄の張り合い連中から逃避すること

それはタウンページの職業欄でもなく、

ハローワークの仕事欄でもなく

政府の監視下におかれ 資本主義国家

自分で法律がつくれない、抜け穴だらけの

法治国家という幻想のシステムが大前提になければ

それに乗ったり、そいつらに媚をうらなければ

自分の仕事が成り立たないし、肩書きもつかないという仕事や職種ではなく

世論操作の下の社会がこれからも永久にあるという

サービス業として給与をもらう仕事ではなく
 
人が生きていくために、何が提供できるのかという事!

無人島で何をどう生きていけるのかという人間の知恵と資質。

実理に従った暮らしが最も優雅であるという事。

農業をはじめとした第一次産業からの離放によって

失った人間の潜在能力。

だから回転ずしの上で回されつづけ、俺はトロだ

私はハマチよと肩書きをほざいた所で結局は

ベルトコンベアに乗った乾いたネタで皆一緒なんだから。

_MG_4700.jpg

そんな今の日本で生きていくにも

両輪として持たなくてはいけない精神の開放

個人独立国性の個人主権確保のための第一次個人生産業。

つまり、自らが立った人間同士がつながり成立することだと思う。

貨幣という紙切れではく、できれば物々交換なのだろう

山本理顕先生がずいぶん昔に設計した

コミュニティのできる集合住宅が

ひどくマスコミに叩かれた話をしてくれた。

今ではもうあたり前なのに。

500人が一緒に住む。

初めて聞くと抵抗を感じるが

いつかユーロ危機や日本国家、アメリカ属国の日本

官尊民卑の官僚国家のようなグローバル経済や政治と

うまく付き合える住まい方暮らし方ができる日も

来るのかもしれない。

今となっては食料も服も自給できるが実は

電気やエネルギーをどうするかに

一人ひとりの生活の自立の鍵がかかっているようだ。


沼尻真一


※後に、山本理顕先生から「地域社会主義圏」の本を
  丁寧な手紙付でプレゼントをいただいた。

  先生と一緒に風呂に入ったときに、靴の脱ぎ方そろえ方を見て
  ピラミッドフィルムの社長で写真家の繰上和美さんの事を
  思い出した。どこでも凛とした佇まいがあるのは同じだった。


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二期倶楽部のツリーハウスに向かう
 
CASA BRUTUS』(2011/11月号/マガジンハウス刊)にて紹介された。
二期倶楽部の、人間と庭の新しい形を10年にわたって提示する
 「庭プロジェクト」第一弾、ツリーハウスクリエーター小林崇さんの作品

http://magazineworld.jp/casabrutus/140/read/









二期倶楽部のツリーハウスに上る男の子の目の輝きが良かった
男の子はこうでなくっちゃ

小学校の頃、友達と樫の木に登ってて、上に基地をつくって
下を通りがかる、おばちゃんたちにそのドングリを
落としていたずらしたり、

集会所の前の木の上に先輩たちと一緒に
古タイヤをあげて、ターザンのようにぶら下がって
木からダイビングできるようにしたりした。

最後はロープが切れてその先輩が畑に落ちた。
あの先輩はまったく
トムソーヤだったな。

いまは水道設備の親方社長になってる。

その後、今度は送電線の鉄塔に登っていて
ちょうど下を通りかかったおまわりさんに
捕まったことも思い出した。
子供の頃は高いところが好きだったな。

あいつは今人気ラーメン屋の亭主社長だ。



いまの子は木登りがジャングルジムだったりするのかも。
ジャングルジムだと落ちても怪我しない高さだからな。

少しでも高い所に登ってあたりを
眺めてみたいと思ってたな。

地元の先輩の社長が、パラグライダーをしていて
高度2000mまで飛べるという。
オーストリアへ遠征してくる前にちょうど会った。

世界を転戦しているパラグライダーは
空から地球が温暖化していることが分かるとも
話してたな。

高い所に行くと目が輝くのは何か
人間の本能が鋭敏になるための必要性なのだろう。

この男の子の目もそうだったな。




















石舞台・テーブル 建築家 内藤廣先生の傑作


基本構想 松岡正剛 
設計 内藤廣 + 内藤廣建築設計事務所
石 和泉正敏+石のアトリエ





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ファルコン












原宿にあった伝説のBAR Radio復刻





 

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