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陶棲8−伝統芸能としての日本の陶芸 −沼尻真一



 陶芸の経歴には、よく師が誰々と書いてある。
伝統工芸の世界では、よく見かける。

特に陶芸の面白さは、もちろん造形バランスだと
言っていいと思う。
それは芸術の面だろう。

しかし、もうひとつ陶芸の面白さがあると思う。
それは芸能の面だと思う。

流派一門、系譜、産地焼きなど明らかに
脈々とシンジケートが息づいている面白さが
オブジェも伝統も、クラフトすべての陶芸にはある。

例えばそれは、瑞浪市の近藤精宏先生の工房を
行かせてもらった際に、蛇窯を見れば、
種子島焼きの小山冨士夫先生を連想した。
そしてやはり小山先生の下で修行されていた
とのことだった。

また別の日には以前からお会いしてみたかった、
唐津の中里隆先生が今年は小山先生の
五斗蒔の花之木窯に来て作陶に来ていらしているというので、
行ってみるとやっぱり、花之木窯には
かの名高い蛇窯があった。

それは、小山先生と一緒に中里先生が作られたもので、窯下にちゃんと
配管が通っていたのだ。

中里先生からは、先生が確か5台か10台作ったという蹴ロクロを譲ってもらった。
もちろん最初はできなかったが、先生と一緒に作陶に来ていた
信楽の古谷さんから、教えてもらってなんとなく、土殺しらしきようになっていった。


次の日は、足腰がひどい筋肉痛になり
電動ロクロのありがたさをあらためて痛感した。

南蛮焼き締めで作られた作品は
窯詰めは、その重ね方で緋色の変化を狙い
どのように重ねるのかが、とても重要そうに感じた。
籾殻を間に敷き詰め作品同士が着くのを防いで
いて、その籾殻の後もやはり景色になっていた。

1900℃ぐらいの低温で焼かれる作品が
窯だしされると、燻し焼きのように柔らかく粘土が
焼き締められていた。

その夜の宴に参加させてもらいながら、
中里先生が、小山先生との出会いから蛇窯を
つくられた話や種子島での話を聞かせてもらうことが出来たのは
陶芸史をリアルに感じる事ができて嬉しかった。

またもうひとつ付け加えるならば、古谷さんのお父さんは
古谷道生さんで、信楽焼き(しがらきやき)の名工で、
30基もの穴窯を作った陶芸家であり、
穴窯の作り方を書いた本を出されている。

話は大きくやきものの系譜からそれてしまったが、
このように、人と人との出会いからやきものが進化し、
その方がすでに故人となられていても、作品はもちろん
その系譜や流儀、流派、哲学が今の人たちへも
脈々と受け継がれて息づいている所が、
単に形がどうとか、コンペの賞歴がどうとかではなく、
DNAやIZMとして流れ、受け継がれて行っている所が、
日本の陶芸会のすばらしさであり、先人を敬いながら
進化させることのできる、日本人の文化なのだと思う。

だからロクロの挽き方、高台の削り方、釉薬、土、焼き、
窯なんかを見て、その流れをどこかに感じる事が
できる、または見立てられるというのは、
やはり日本の陶芸のおもしろさであり、醍醐味である。
こんな面白さを一部の人の間にしまっておくのはもったいない。

では誰かの弟子ならばいいとか、そういうわかり易い事ではないが
土着性、産地焼性なんかも含めて、流れがあるから
そういう曖昧で混沌としたものではあるが、そこを見立てて
それを骨董や、ギャラリー、作家の間のディープな世界だけに
しまっておくのではなく、器を使う一般の人々にも、
共有してもらえることが大切なように感じる。

久々利の瀧口先生が言っていたように、どこで陶芸を学んだかは
生涯のやきもののふるさとになる。と言われた事も
器の見立てに役に立つと思う。

落語や歌舞伎お茶、お華、能と同じように伝統芸能的側面が
芸術としての陶芸の反対側に、ドーンとあるのだと思う。
だから、秋の柿の頃になると、器に引かれるのではないだろうか。

伝統芸能、落語なら林家一門、桂一門、歌舞伎なら、
中村一門、市川一門、お茶なら三千家というように、
芸名からして、一般の人にもわかりやすいが
陶芸にはそれにあたるような数は少ない。

家族であれば、苗字が一緒でも、門下生なら名前が
違うからわかりにくい部分があるのは確かだ。


わかり易い所であれば美濃なら、加藤幸兵衛先生の
父上であり人間国宝である故加藤卓男先生の
(以下お弟子さんを含む)加藤流派、や
人間国宝加藤孝造先生の孝造先生の流派、
備前ならば金重流派、唐津なら中里流派という
ように、もちろん人間国宝を起点としたわかり易い紹介
しかできないが、(実際には、グループという括りは正式には
ありません)が、このように陶芸の世界にも
存在しているし、もっともっと各地各場所に人間国宝でなくとも
同等にすばらしい流儀や流派をもった流れが
人にも、場所にも、学んだ学校個々にも哲学とIZM、
技術が存在しているので、
その点と点を紡ぐ作業も器の見立てとして面白いと思う。

つまり器の見立ては、その作家そのものがどのような
人生の生きざまをしているのかという事が、
器の見立ての面白さに繋がってきているように感じる。

自分は農業のやり方を家の隣のおじさんに教わったし、
そこにちゃんとしたノウハウがあった。
そして、日本が最高潮だった1980年代だった頃から
考えれば、日本の農業就労の平均年齢が65歳ぐらいと
すれば、あと10年ぐらいのうちに、多くのノウハウが
ポロポロ静かに消えていくのだと思う。
センチメンタルになる必要はないが、もったいないと思う。

それは陶芸も同じで、何でも自由になれば、簡単便利に安く早くが
あたり前になってしまう危険性がある。
大西政太郎先生が書き残した陶芸の伝統技法書ではないが、
それはいつか、原始技法になって、今が伝統技法になるのは
時間の問題なのだろう。
全盛期に育まれたものが、風前の灯となるのは、
柳宗悦の民芸運動からあまり変わっていないのだ。

全国各地の作家が先人より何かを受け継ぎ、ゆるやかに
水平に展開し、形として何かを紡ぎだせれば
そこには境をかるがると超えた、まだ誰も見たことの無い
別のゾーンが広がっていくと思える。


沼尻真一









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