profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others
<< 濱田庄司展 − 沼尻真一 | main | 軽薄草々 − 沼尻真一 >>

漬物の心 − 沼尻真一

JUGEMテーマ:アート・デザイン
 

個性的ということばの上に胡坐を書いて、
てんでんばらばら、ただ暴れているだけだろ。

それにならって、一般大衆までがさ、我われもと
直ぐに書きたがり作りたがり、まるで檻のない動物園の運動会だよ。
少しゃあ、我慢ってことの修練をしたらどうなんだ。

抑制をすることの苦しみというものを味わったら。

忍ぶことも、味わうこともろくすっぽう知らないで、
一寸見たり一寸聞いたりでもう描きたい作りたいだろう。

趣味というものなら、もっと品が良くて高尚でなきゃあ
ならないだろうし、職業ならもっと厳格でしっかりしてなきゃあ
ならないものだろう。

             *

蔵の中で収穫された白菜に塩を振り、木樽に
重ねて、塩を振り重石をのせる。
それは韓国のキムチも同じようにつくるのだろう。

瓜は竹べらで中の種をかっぱいて空洞にする。
収穫した青唐辛子をつんできた青紫蘇で巻いたものを
この空洞のなかに詰め込む。
白菜と同じように、木樽に詰め込む。

古漬けにしたかったら、土に埋める。

白菜だって、瓜だって、生は美味しくない。
熟成という抑制、
厳格な儀式だけが心を生むことがある。

漬物をつける先人の姿は、
金にまかせ、暇にまかせ、手っ取り早く
開けっぴろげに、わかりやすく
自分の欲求を満たして処理しようといものが
実は何も満たさず不満に繋がっていることを気づかせる。

我慢ってことの修練と
忍び味わう心からしか解放されることのない
厳冬からの芽吹きをいつでもどこでも
その気にさえなれば、楽しむことも味わうことも
できるという事を教えてくれていたようだ。

心の土の熟成からしか生まれない美しさを
残された重石たちは教えてくれているようだ。



沼尻真一

















コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック