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眼は眼に非ず − 沼尻真一

JUGEMテーマ:アート・デザイン


お茶を習って講釈を聞くから、
変てこな茶碗が茶碗に見えてくるのです。

思考を用立てるから美なら美が見えると思っている、

確かな眼というものはそこから新しい思考を逆に導き出し
従来の古い思考や言葉を左右する事ができます。
既に茶碗が見えているから ー 習わずして彼は茶人なのです。

眼は常に正しからんとして模倣を強要され、
我われの眼玉は信じられない程徐々に、こうして段々と
思考に征服されています。
形象のなかに観念を刻みつけるのが、文学技術の最終の
段階だとバルザックはいいました。


                        *

誰が書いた、誰が作ったということばかりに
頭が先に動いてしまい、あの人が作ったのだから
すべてがすばらしい作品だろうと思いがちです。
そして古いものにもすべて骨董的な価値があるだろうと。

ピカソやゴッホにだって駄作はあります。
ただ著名な作家だけに商取引の
商品としての価値は高いというだけです。

相当に私たちの頭が先に、すでにものを見ていて
眼はそれを、褒めどころや知ったかぶりを
補っているようにしか機能していないのでしょう。

山の上に登り雄大な自然を見たときに、
それが誰がつくったものかなど、
私たちは考えたことがありません。

ただ、ただその場所の風や温度や空気感を
すべての五感で感じているだけなのです。

自然を感じ見るときと同じように、
褒めどころなどわからずに、言葉を失うように、
モノをみれるようになれたら
もっと心地よいものが私たちの
身近なモノに際立ってくることもあるはずです。

何となくわからないけど、心地よく
無口にころがっている松ぼっくりだって
国宝級の価値はあるでしょう。


沼尻真一














コメント
伊織さんコメントありがとうございました。
遅くなってしまいすみませんでした。

大きな木の下で今まで見たことも無いような本当に綺麗な松ぼっくりを見つけました。

どこにも売られていないものが、自然の中にたくさんありますね。



  • 沼尻真一
  • 2010/04/02 2:32 AM
はじめまして。
興味深く、そして心地よく癒されるブログですね。
松ぼっくり、みつけてみたいと思いました。
またおじゃまします。
  • 伊織
  • 2010/02/21 6:10 AM
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