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所の風儀 − 沼尻真一

JUGEMテーマ:アート・デザイン


「離見の見にて、見所同見と成て、不及目の見所まで見智して、
五体相応の悠姿をなすべし 」

「離見の見」とは目前心後、目を前につけ心を後におく。
本来の仏教用語であった離見という語を
世阿弥が自己流に用いたものです。

自分で自分を見る目は我見であって、
そこでは真の自分の姿をみることができず、
見所より見た所の己の風姿を離見と言い、
この離見という境地に至って始めて
自分の前後左右もわかるようになり
真の演技をすることができると世阿弥は伝えています。

見所に置くことにより己を高めるという、
この見所は映画などの見所とは少し違うイメージを持っています。

見所とは視点でもあり、見立てでもあるでしょうが
人や大衆からどう見られたいか?という受け事ではなく
自分が追い求める、その視点や境地から、
つまりはそのような「自点」という場所こそが、
離見なのではないかと僕は解釈しています。


沼尻真一




















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