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清貧の思想 − 沼尻真一

JUGEMテーマ:アート・デザイン

儲けたい、作品を売りたいという欲を持たない、
半農半工の職人の、清貧の思想の中でのみ
健康的な美しさのある品物が生まれるのだ
というように、柳宗悦さんが指摘していました。

しかし、現代には精神の持ち方としては、
清貧であったとしても、それを作る作り手においてこそ、
続けるために、残るために
経済的な豊かさが必要なのではないかと思うのです。

それは民藝運動が、クラボウのオーナーである
大原さんの支援を受け、蒐集活動や日本民藝館の建築、
出版活動を続けることができたのではないかと思うからです。

そのおかげで現代に生きる私たちも、日本民藝館を見学し
学ぶことができています。

しかし現実に目をうつせば、柳さんが光をあて蒐集したような
手仕事の品物は、わずかこの50年で日本から
影も形も無くなってしまったものが大多数です。

柳さんも言っているように、一度すたれた文化や手仕事は
元には戻らないだろうと思います。
それは一度耕作を放棄した畑や田んぼが元に戻らないのと
同じです。

つまり今から100年近く前から、柳さんのような方が
光をあてていても、それで飯が食っていけなければ、
それはやはり農業と同じように、衰退してしまうのだろうと思います。

蒐集した品物を見るときに、これで飯が食っていけなくなるような
品物は私にはありませんでした。
むしろ現代にも同じものがあれば、柳さんが紹介したしないに関わらず
こぞって購入されていくのではないかと思うものばかりです。

このような日本古来の手仕事の品物が失われていった背景には、

1、その品物に代わるもっと安価な外国製の品物が
  流通されるようになってしまったため。

2、欧米化されたライフスタイルになり、必要とされなくなったため。

3、後継者がなく、その技術が途絶えたため。

このような理由があると考えられます。

1、2は買い手側の意識、3は1、2に比例していると思います。

私は、柳さんが提唱したような日本の手仕事の現場が
全国のどこかにまだ残っているのだとすれば、
細く長くでも残っていってほしいと願います。

それは、日本民藝協会が調査したような、趣味の延長線上
でも大いに良いと思っています。
それは私の曾祖母や祖父が、農業の閑散期にわらでムシロや
わら草履を編んでおりましたがそれは、
どこで売られているものよりも
たいへん良いものだったと記憶しているからです。

故に、財閥もなく柳さんのような活動をする方もいない
現代にあてはめれば、いくら手仕事の良い品物があったとしても
作り手自身でもそれに光をあてなければ、残るための
経済的な豊かさにも繋がらないというのは現実ではないでしょうか。

だからといって、それがどのような場所で認知されても構わないという
事ではないのが確かです。
その品物にふさわしい場所で人に知ってもらう事も大切でしょうし、
自分自身で告知できるという場所という点でインターネットも
その一つであると考えます。

国内でも様々な場所にいき、話を聞かせて頂くたびに、
手仕事に関する状況は疲弊しているように感じています。

私は今という時代では、手仕事の良い品物をつくるだけでなくて、
事実として等身大の希少性を伝える事が、大切になってきていると思うのです。

そのためには作り手が自分の行為を良く理解するという事も
大切なことなのかもしれません。



















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