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数寄屋は隙屋? 愛媛県大洲市 臥龍山荘(がりゅうさんそう) − 沼尻真一 

JUGEMテーマ:建築

愛媛県大洲市の臥龍山荘を梶田さんに連れて行ってもらった。

第三代大洲藩主 加藤泰恒が、蓬莱山が龍の伏す姿に似ていることから

この辺り一体を臥龍と名づけたという。

明治の貿易商 河内寅次郎が当時の粋を集めて

構想10年工期4年をかけて建築した建物。


















このような名建築を見ると細部の仕上げがいかに大切かという事に気づかされる。

ただその細部の仕上げは大事であるが、神経質な仕上げではなく 

いかに粋(美しく確実な仕事ができてあたりまえ、さらにその上に

遊びの余裕を持っている)に潔く仕上げるか。

そんな部分が見ていてとても面白い。











竹で編まれた丸い天井。



生きた槙の木を使った「捨て柱」。この槙は今も生きている。




板と板とを完全に継がずに、わずかにほんの3mmぐらいを残して
継いでいる。

機能性からか、または技術の高さを見せる遊び心からなのだろうか。




廊下の釘のなかにわずかに数本刻印がある。

この刻印は千家十職(せんけじっそく)中川浄益(なかがわじょうえき)の証だ。

千家十職の一つ、金物師(かなものし)の中川家当主が代々襲名する名称。

元々は
越後国甲冑を作っていたが、茶道具を初めて手掛けた
初代・中川與十郎が紹益を名乗り、二代目浄益以降の当主は浄益という名を継いでいる。

・千家十職とは
茶道に関わり三千家に出入りする塗り師・指物師など十の職家を表す尊称である。
千家好みの茶道具を作れる職人。






この建築には数寄のすべての要素が入っているという意味で
とても参考になる建築だと思う。

明治期に貿易で財をなした主が、当時の粋を集めて
建物をつくるという意味は、何だろう?

屋根裏も、裏も表も庭もまったく隙の無い建物に
何百年たった今もこの建物は、
老体に鞭打って「俺を見てくれ、見てくれ」と
語っているように感じた。


数奇屋は隙屋の方が僕にはやっぱりいいと思う。










 

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