profile
selected entry
categories
links
archives
recent comment
others
<< 前略、瀬戸内から 二日目/愛媛県八幡浜市 大本みかん一生園、鳥津蒲鉾店 − 沼尻真一 | main | 手鉤(てかぎ) − 沼尻真一 >>

前略、瀬戸内から 初日/愛媛県大洲市 梶田商店 巽醤油 − 沼尻真一

 



以前、赤坂のタキトースタジオでも紹介した、
巽醤油をつくる梶田さんを訪ねて、

今日は、つくばから羽田そして松山空港へと飛んだ。

去年直島に行った時以来だが、瀬戸内海の上空を飛ぶ松山線は、
国内線の中でも格別だなと思いながら、松山空港に到着した。

ここから目的地の愛媛県大洲市まで、バスに乗ること
約1時間ちょっとで梶田商店に到着した。

大洲市はその名のごとく、清流肱川(ひじかわ)が市の中心を走り、
その天空に大洲城がそびえる城下町。



司馬遼太郎が「街道をゆく」の中で、「水と山と城がつくりあげた
街である」と言ったのが良く分かる。
司馬遼太郎と言えば、鳥津さんと初めて飲みに行ったのも
新宿三丁目の「どん底」だったのも何か縁があるな。








巽醤油の屋根瓦と、左に大洲城が見える。

四方を山に囲まれた盆地という環境から、寒暖の差が激しい事、
四方の山から流れ込む良質な水が、
うまい醤油の素でもあるだろう。

創業何百年などと、醤油をつくる会社はメディアにも良く取り上げられるが、
僕は、菌を使うという性質上 蔵のある環境がどんな場所かが
とても重要だと思う。

だから有名だからなんて理由はあてにならない。
そして狭義な地産地消など、どうでも良くて、
本当の田舎じゃなければ、家の近くの醤油メーカーが旨い
なんて事はありえない。
要は醤油の生まれ育まれる環境が大切だと思う。

僕はサントリー宣伝部を退職した小林さんの下で仕事をしていた関係から
サントリーの山崎工場、白州l工場どちらも見学をしたことがある。
またニッカウヰスキーの余市工場も行ったことがある。

これらの工場を見てみれば、どれだけ生まれ育まれる環境が
大切か、わかるはずだ。 

また今までも色々な場所に旅してきたが、
その環境に相応しい商売や農業がちゃんと営まれていることが、
地形や、地質を見ることでわかるのはおもしろい。

ちなみに今回は、バスの車窓から何もない畑を見ていて、
赤土というより、白に近く砂状な土なので
ここで、育てたら「うまい芋」ができるだろうなと思っていた。

案の定、伊予大洲の駅に着くなり
「大洲いもたき会」の看板があったので嬉しくなった。



市内を一望した場所は、梶田さんの敷地にある、この辰巳神社からの眺め。





小さな街道沿いに梶田商店はある。




六代目の梶田さんは、自分の目と舌で確かめた、地元愛媛県産の丸大豆や
小麦、塩を用いて、代々伝わる古の醤油の製法を再現しながら
こだわりの濃い口醤油「巽醤油」を完成させた。

ちなみに梶田さんの曾祖母は有名なバレリーナであることを、
後に教えてもらった。









醤油蔵の杉桶樽は、代々受け継がれてきたもの。




世の中で市販されている醤油の多くは、熱を加えるなどして急速に
(約半年ほど)しかこのようなもろみの状態で醸造しない、

または

麹やもろみを一切作らずに、組合で生醤油の状態にまで仕上げてから、
組合員の各醤油会社の工場に配送されて、そこで
食塩水やアミノ酸などの化学調味料を加えられて、
その会社独自の「味」を表現している。

それに対して、梶田商店では、1.6年かけてもろみの発酵を促し、
昔ながらの製法にこだわり続けている。

写真を撮っている間も、想像もつかないような美しい音で発酵が促されていた。












巽醤油の研究室。
代々受け継がれている文献を参考にしながら、
商品開発をしたり、その日のもろみの状態を分析しながら、
絞るタイミングをはかる。





系譜とは、

何を受け継ぎ、何をそぎ落としていくのか?その決断にほかならない。

そして今、梶田商店六代目 梶田さんがその瞬間にいることは間違いないだろう。

「巽醤油」が伝えるものとは、この意思そのものだろう。


















































コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック