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見立て − 沼尻真一

JUGEMテーマ:小説/詩


見立てとは、単に何かに似ているというだけでななくて、
AのものとBのものとが、
あるいはAの一部とBの並びとが、
見方によって「近く」なるということ。

つまり「近さ」をつくってものを見る見方。

そうすることで、物事や出来事を互いに移し替えられるということ。

清少納言は「変化の小ささ」に関心を持っている。
微妙な変化の小ささ。
葉っぱの色づきのような季節の変化のちょっとした「うつろひ」に
感じる微妙な変化と似た小ささ。

これは芭蕉の背景にあらわれる「しをり」や
「ほそみ」の感覚にも
つながるもので、

「よく見ればなづな花さく垣根かな」

ひとつは色々日本では大事なものが「小さい」

日本には「海の民」や「草の民」がいる。

そしてどんなこともちょっと控えめに、ちょっと小さめにすること。

そうすれば、そこに大きな「見立て」が動く事だってある。
その成功例が北斎や広重の絵に見える。

「五月雨や大河の前に家二軒」でよい。
たった二軒で大河と拮抗できる。
それが「そのまま」のあり方である。

それを芭蕉は「松のことは松に習へ」「竹のことは竹に習へ」
われわれはもう一度、松や竹を見ること。

一茶は「これからは大日本と柳かな」と詠む。
藤沢周平は、「一茶」という小説で
「只の非凡」ととらえる。

「そのまま」であることを只の非凡にするべき。


・引用−松岡正剛「世界と日本のまちがい」より
















 

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