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禅語【只管打坐】ただひたすらに座る!最終回★男の茶道★沼尻宗真


【只管打坐】ただひたすらに座る!

最終回は
永平寺の開祖 道元さんを
映像と言葉から学びましょう爆笑

まずは皆さんにぜひ観賞してほしい
映像テキストはこちらです虹



2009年1月10日公開の
 
道元さんの生涯を描いています。
大谷哲夫さんの小説『永平の風 道元の生涯』を
原作としています。

映画を見て私は
まずこの二つの歌が浮かびました笑い泣き

ニヤリ世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 
海人の小舟の 綱手かなしも
鎌倉右大臣


ニコニコ人もをし 人も恨めし あぢきなく
世を思ふ故に もの思ふ身は

そして私が映画から感じたことはニコニコ

先頭に立ち、人を導く人間とは
いかにあるべきか?

また入門するとはどのような志あるべきか?

また自ら学ぶ姿勢とはどういう事か?


今の茶道の世界や、
今の稽古と照らし合わせてみて
皆さんも、ぜひ考えてみてくださいね照れ

聖人君子になろう笑い泣きと言いたいわけでは
ありませんので、今のペースの中で考えて
いただけたら


きっと 自分のもとめる
茶の湯の姿が見えてくるはずですおねがい





【若き仏たちへ】


高祖道元禅師さまは
「行履とは仏祖の服を着て仏祖の道を行うこと」であるとお示し下さっています。

行履とは日々の行いです。
儒聖の言葉に「先王の服を着て
先王の政事を行えばこれ先王なり」とあります。

先王とは聖人のことです。
聖人の真似をしておれば
たとえ仮のものであっても
マネルということが続いて習慣になれば、
それはただ単に真似事ではなく、
そのままが聖人ということを
説きぬいている姿なのです。




映画の中で 道元さんが爆笑 

悟ることを目的に
座禅するのではない
そのものが悟り だと説いていましたニコニコ

今回私は 茶道に身近な
臨済禅ではなく
道元さんを通じて
曹洞禅をご紹介しましたニコ


「臨済将軍、曹洞土民」

臨済禅を学んだ利休居士は
天下人 秀吉さんの側近という
立場の中から「侘び茶」を大成しました。

もちろん永遠に利休居士は
天下人 秀吉さんのもとで
名物道具を用いながら
きらびやかで、華やかな茶の湯を
続ける事もできました口笛

でも違います笑い泣き



そこに 茶の湯の本質を知る
鍵があると思いますから
ぜひ皆さんなりの
ご意見をお聞きかせくださいね爆笑





道元さんの【只管打坐(しかんたざ)】

「ただ ひたすらに坐る」

「それに成りきること」であり、
坐禅は、坐ることに成りきることであります。

体と心が一つになるということです。

背筋を伸ばし体が真っ直ぐになれば、
心が真っ直ぐになる。

心が真っ直ぐになれば、
思うことが真っ直ぐになる。

「形は心をつくる」ということです。

茶道も同じようにお互いが座ります照れ

そして何度も繰り返し、繰り返し
点前の稽古をして、型を体で覚えます。

共通する部分が沢山あります。
 
しかし、それは全て

人に見栄をはるためでも
人を叱るためでも
着物や道具を競い合う為でも、
茶道を知っているから、あの先生は偉い為でも
なんでも無いと思いますニコニコ


茶道は和敬清寂の心をつくる為にし

私達の
嬉しい事や、悲しい事
何も無い事が繰り返される日常の中に、
少しでも心を呼応させていく事を
大切にしたいな〜チューと私は思いました。


道元さんの【只管打坐(しかんたざ)】
を拙いながら学んで

私は、結局はじめに戻ってきました爆笑


入寂されました。
御冥福をお祈りいたします。
和尚様から教えていただいた事を糧に
私は今後も精進いたします。


カメお詫びとお知らせ カメ
年末にPC操作を誤り、
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大変申し訳ございませんショボーン

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何卒宜しくお願い申し上げます虹

もちろん新規フォローも
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