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第19回美濃陶芸庄六賞茶碗展 人間国宝 加藤孝造先生の書でデザインを創る −   沼尻真一


公益社団法人活動の一環として、本年から一般公募展となる
美濃陶芸協会主催の
第19回美濃陶芸庄六賞茶碗展のパンフレットデザインを、ロクロの師でもある
加藤三英先生、大物ロクロの師でもある酒井博司先生から依頼を頂いた。

 
「グラフィックデザインと陶磁器」

 
それは郷里茨城に縁のある白州正子氏の師匠でもある
美術評論家でもある青山二郎氏が陶磁器の本歌取りした
装丁家であったように
自分の中でもいつかは手がけてみたい仕事の一つでした。
一見関連性のないグラフィックと陶芸ですが、
実際陶磁器を作ってみれば
最後は僕のなかでは、2次元と3次元という隔たりではなく、
日本人の見立ての中では、あるアングル瞬間瞬間を切り取って
その美を見立てているように思います。

例えば抹茶茶碗の高台の削りにしても
見込みにしても、縁作りにしても、全体という絵と
あるアングルからの絵というように、結局それは「絵」なんだろうと
つまり村上隆さん流にいえば、スーパーフラットなんだろうと
感じています。
 
だから僕にとってこの2つは絵です。
つまり掛け軸の絵とも同じです。
 
その機会を、日本の焼き物の聖地であり
荒川豊蔵先生や加藤幸兵衛先生など
数々の人間国宝を生み出してきた
美濃陶芸協会という歴史と伝統ある組織から依頼を頂けた事は
人生の中のとても光栄な事です。
 
また今までの美濃陶芸協会の歴史の中で
初めてデザイナーに依頼するという事で
瀬戸黒の抹茶茶碗で人間国宝の加藤孝造先生に、
「美濃陶芸茶碗展」という書をしたためて頂くことができました。
感激です。




 
織田信長、豊臣秀吉という戦国茶人の
安土桃山時代からこの美濃で焼かれてきた瀬戸黒は
他の志野や織部、黄瀬戸などの陶磁器では食器も作っておりましたが、
瀬戸黒は抹茶茶碗しか作っていないという歴史があります。
瀬戸黒の黒はどんな釉薬を駆使しても
あの引き出し黒のような深みは出ないものです。
 
安土桃山時代に、千利休が当時瓦職人だった長次郎に
唐物主義ではなく、国ものとして黒楽茶碗を作らせたのは
有名な話ですが、
 

 
 
 
 
千利休が黄瀬戸の花入れや建水を持っていたとういう背景から
すれば、瀬戸黒を写して黒楽茶碗ができたとも考えられています。
 
素直に見れば、瀬戸黒を写して、瓦焼きの軟陶で焼けば、
黒楽ができると、やきものをやっている人は誰でも想像がつくでしょう。
 
それは当時の美濃で瓦をやくような低火度の技術は難しくありません。
しかし、美濃から楽焼きが作られたり、出土しないところを見ると、
瀬戸黒がやはり先に存在していたのだろうと思います。
 
やきものをやれば、より難しいほうに挑戦していくというのが
陶工の性ですね。


抹茶茶碗の聖地「美濃」と千家の茶道があいまみれないのも、
戦国武将と共に、瀬戸黒をつくり、織部黒そして
へうげものを生み出してきたという、美濃の陶工の
「茶碗は茶人がを見立てるもの」という
「草」の誇りがあるのだと僕は見立てています。

 
美濃の抹茶茶碗の歴史はこの現代まで、
美濃陶芸協会の様々なすばらしい陶芸家の先生方へと
連綿と続くのですが、
このようなルーツを踏まえ、
その「奥行き、不足の美、そして華」を
表現することをテーマにしました。
 
グラフィックデザインというと絵ばかりつくると思っている人が
圧倒的に多数だと思うのですが、実際は文字をどのように
美しくしていくかが一番重要です。
 
タイポグラフィ、フォント どのような文字を使うか作るか
あるいは手書きの書をどのように、美しくしていくのかに
一番時間と気をかけます。
 
特に英字は、子供がやっても勝手に入れれば
一般の人にはなんかお洒落に見えますが、
日本語や手書きの書は一番はずし易いというか、
凛とした和の文化の収まり所のイメージを
きちんと持っていないといけないと言う事と、
それだけ手書きの文字にエネルギーがあるので、
作り手もまたそのビジュアルも、強固に受けて立たないと
品の調和が生まれないものだと感じています。



・第19回美濃陶芸庄六賞茶碗展デザイン


ナチスドイツの歴史から生まれた、
グラフィックデザインの素であるプロパガンダ
それは先の茨城県知事選挙
プロパガンダとグラフィックが達成できたし、
 
今回このやきものの聖地美濃で
青山二郎氏の陶磁器とグラフィックが達成できたという事は
僕のグラフィックデザインという活動の中では、
かなり終盤なんだろうと感じています。

なぜ黒と黄色かって
その心は、本歌取りということで。


※「庄六賞」は、陶料のヤマカ株式会社(多治見市)の加藤智子社長が、
亡義父加藤庄六氏(多治見市名誉市民、多治見商工会議所名誉会頭)の遺志を継ぎ、
社団法人美濃陶芸協会に寄贈された育成基金によって設けられた賞です。
この庄六賞は、美濃陶芸協会会員の茶陶作品に与えられます。
厳正な審査の結果、「庄六賞」1点と、金賞、銀賞、銅賞の各賞が選定され、
「庄六賞」受賞作品は岐阜県陶磁資料館に永年保存されます。








グラフィックデザインの師
http://k-direction.jp/

































ヒゲじいは最後のマタギ

 
 

森の中で出会った

ヒゲじいは最後のマタギだ


今年どのくらい雪が降るかわかるか?って聞かれた

自然で起きることは、全部昆虫が教えてくれるんだって

カマキリの卵をさがすんだよ、

そしたら、その下が雪の深さだっって教えてくれた。


ヒゲじいは森と一体化している

このマタギから聞きたいことは他にもたくさんある




※ヒゲじいは本名で髯さん




























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ライフスタイルショップのはかなさ

 
もう30年も前からビームスがセレクトした商品を売っていたので

ライフスタイルショップという店が新しさを感じないのはそのためだろう。

今となっては、ホームセンターの方がよほど自分には役にたっている事もあり、

単に人の作ったものを、かき集めて編集して、

ライフスタイルショップを作るという時代はもう終わっているように感じる。


それは、ものをかき集めるというディレクションが入る事で、

つくり手と買い手の障害になる要素の方が多いと思うのと

集めて売るという簡単な素人ファッション的な職業感が

それがその人間の「一生の仕事」とという感じがしないからだ。

やはり明日からでも誰もがたやすくできる軽薄な事柄は

肩書きや名刺にどうあっても、

何年続けても価値が生まれないという事なのだろう。


大切にしたいものは、作っている人間から直接金を払って買う、

そしてものづくりの現場と背後を知り、互いを知り、

そしてリンクするまたはしないという選択をする。

やはりこれに勝る買い手つまり使い手としての活動は存在しない。


※祖父が亡くなった時に、まっさきに華をあげて頂いた
  ビームスの設楽社長、今井館長の温かさはいまでも忘れることはできない。
  日本のセレクトショップの元祖ビームスは今あんな大きな会社になっても
  実はそんな温かい家族です。
 













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初夏の景色

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img_00488.JPG
















テレビを見れないとどうなるか − 沼尻真一

 

仕事をしていて午前3時30分ともなれば、あたりはまったく静かだ。
今の場所はテレビが映らないので、
もうかれこれ何ヶ月もテレビを見ていない。

仕事場にはもっぱらラジオでそこのニュースぐらいしか
聞いていない。

だからたまに新聞紙を使わなくてはいけない時に
一週間前の古い新聞記事でも、思わず見入って
自分が想像していた世界とやたらに違うので
あまりの格差にびっくりすることが多々ある。

安西水丸先生が村上春樹さんの引越しを手伝った際に
押入れに敷いてある昔の新聞を隅から隅まで読んでて
まったく引越しが進まないって話をしてくれたことを思い出した。

いま何がおきてるか知らなくても
何不自由なく暮らせる日本がありがたいと思う。
先生の仕事場ではもっぱらAMだから、永六輔さんの
痛快な言葉を聴くことができる。

女性の立場を推進した市川房江さんの弟子である
菅直人首相が何を市川さんから学んできたか
甚だ疑問だなんて、ちゃんと言えるのは
この人ぐらいのもんだろう。

大島渚、野坂昭如、大橋巨泉、立川団誌、赤塚不二夫
テレビに出てるくせにモニターに映っていない世界が
実は本当の世界だってメディアを批判し
無責任にいってた爺さんたちが
ロリコンのいま世の中にいなくなっちまったのが残念。



















各々が係わる日本について − 沼尻真一

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各々が係わる日本について

刻々と移り行く日本に 柳田國男から宮本常一がごとく
日本民族の文化の陽炎のように、はかなく消え去るがごとし
この世の中で、各々が係わるいまそこにある
記憶と記録を願わくばジョバンニのように。
















無題




土に根をおろし 風と共に生きよう


種と共に冬を越え


鳥と共に春をうたおう



















時間

 
時間とタイミングは、まったく別のものだろう。


ただ だまってやり過ごし通り過ぎる時間と、

それに対してタイミングは意思のあるものだから

それは自分で作る一日だろう。

1時間を60分とカウントするのか、1日を6時間とカウントするのか

自分のタイミングはその意志と行動にかかっているのだろう。

タイミングを計るというが、まさにその瞬間があると思う。

時間と違い、タイミングの間口は隙間のように狭い。

慣れ染まりきった、楽な時間と環境から

真に大切なものは見えてはこないだろう。

行間を読むように、空間を読むように

気をよむように、そのタイミングを感じたいと思う。













陶芸と現代美術

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粘土は表現に限界がある。
彫刻家は何を表現したいかで、石、金属、木、粘土から
自由に選んで、最適だと思えば粘土を表現するだけだという。
では陶芸作家はどうだろう。
 
はじめから粘土ありきでものを考えてつくる。
制約の多い粘土だから、制約がでてきたら
理想を変える。妥協する。我慢する。
 
いや我慢するのではなく、受け入れていれば
我慢ではなくなるのかもしれない。
 
イマジネーションがあって本来つくりたいものがあるけど
制約が多くてつくれないから、それを受け入れ
少しUターンさせて作る。
そんな制約の多い抑制された世界が工芸で、
現代美術とは一線を置かれている。
 
アントニオ猪木VSモハメドアリのように
異種格闘技では同じリングに立ったら
方やなんでもありの現代美術に
圧倒的に不利というわけだ。
 
粘土で作らなくてもいいのにと思うような
作品まで粘土でつくるのか?とよく聞く。
どこまでが、その限界だろうか?
では逆に、
この作品こそは粘土でつくるべきだという話は
聞いたことがないというのはなぜだろうか?
時代が進化して、もはや
粘土にだけできることが無くなったせいだろう。
 
漆器でワイングラスをつくるような
違和感ありのたくましい世の中において。
複雑だけど軽くできる。
陶磁器からプラスチックに置き換わって
需要がなくなるのも、こんな所に答えが
あるのかも知れない。
 
では制約の多い陶芸界がそれでも
前衛だアバンギャルドだって、現代美術よりも
やんちゃに主張できたのは、
やっぱり人間国宝のおかげではなかろうか?
現代美術にも人間国宝がでれば
まったく違った世の中になるはずだ。
 
つまり伝統工芸というお父さんの足元で
やんちゃに遊びまわる子供たちが
陶芸のアバンギャルド、もっと言えばオブジェ
ではないだろうか?
伝統工芸という分野が日本で確立されていなかったら
どんなに人類はじめての創造が縄文土器だとしても
やっぱりその前に狩猟するための鏃、つまり
石工が先だとなってしまうのかもしれない。
 
美術や芸術という言葉も、まったく人間がいい加減に
カテゴリーに直訳しただけの話でなんの根拠もない。
神術だろうが、心術だろうがなんでも良かった。
 
陶芸という伝統工芸がなければ
ただの一表現素材として粘土というものがあるだけだろう。
 
グラフィックデザインや他のデザインから見ても
陶芸の表現が新しい表現に見えたり、
なにか精神的な意味を持っていたりするようには
全然見えないということも、
伝統工芸という垣根も取り去って
あっちこっち全部フラットにしてみれば
古臭く感じることが多い。
伝統だろうがクラフトだろうがそんな細かい
話は、テレビ業界の逆さ言葉のようでなんか違和感を感じる。
 
また現代美術の作品もなにかを感じてあげる
必要なんて、作家の個人的事情を
わざわざ金を払ってまで
分かってあげる必要もない。
見ておもしろければそれでいい
 
極論を言えば、何でもありの表現という世界の中で
現代美術や歴史的美術と闘えるのは
器に宇宙を見る茶碗ぐらいしかないだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あいだの間

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何かと何かの間に必ず間が生まれる。
 
都市と農村、男と女、個人と組織、森林保護と都市開発など
周りにはたくさんの混沌とした間が存在している。
 
その間には必ず何らかの葛藤がうまれていて、
それをどう都合をつけていくのかに興味がある。
 
あるものは形で、あるものは植物で、あるものは
光でその間に参加し、自分自身を発見する。
 
自分を知るということは、そういうことだろう。