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愛媛県八幡浜市・みかん園「一生園(いっせいえん)」から − 沼尻真一

JUGEMテーマ:ナチュラル*シンプルライフ





愛媛県八幡浜市の大本先輩のみかん園「一生園」から
収穫したての「みかん」そして
搾り立て「みかんジュース」が届きました。


                              2009.9月のみかん

今年9月にお邪魔したときには、まだ青かったみかんたちが
太陽色に熟しました。



「浜のなごり実」とは、太陽をいっぱいに浴びながら
海際で育った証のようなものですね。

関東だとみかんって、実の皮や渋皮が固いイメージがありますが、
このみかんは驚くほど、薄くて甘いのが特徴です。





一生園では、通常のみかんジュースとは違い、果汁の冷凍保存なしで
収穫したてのみかんをそのまま搾汁し瓶詰めしています。

減農薬で果実をつくることの大変さは
野菜をつくる大変さとは、また違う苦労があると思いますが、
一般的なみかんジュースは、皮ごと搾汁してしまいますので
この点で比較しても安心して飲むことができます。

一生園では、皮ごと搾汁したものと、皮を剥いて搾汁したものの
2種類を瓶詰めしています。




口に含んだ瞬間、絞りたてのみかんの香りが広がります。



今回制作させてもらった一生園のロゴデザインも使ってもらえて嬉しいです。




一生園のロゴは、見てくれる方それぞれに
何か面白いと感じてくれたらと思っています。
いつかこのロゴマークの入ったTシャツを着て、
収穫できる日を、楽しみにしています。

今年から本格的な減農薬みかんと
みかんジュースの販売がスタートしました。
ご興味のある方は下記へお願いします。

みかん農園「一生園」 愛媛県八幡浜市 



※発見したんですけど、愛媛県の方って総じて肌がきれいなんですね。
  興味本位に聞いてみると、みかんを摂取する量が圧倒的に
  関東に比べると多いんです。やっぱりみかんは肌にもいいと思っています。
  家の二番目の姉もみかんが大好きで、やっぱり肌はきれいでした。



















鳥津さんからもらった、愛媛県八幡浜市「日の丸みかん」と「車えび」 − 沼尻真一





鳥津さんから、みかんを頂いた。




愛媛県八幡浜市の日の丸みかんを食べたら、

他のみかんを食べる事ができなくなるほど、うまい。

また先日は、いつも鳥津さんがブログで紹介している

西日本一の漁獲高を誇る、八幡浜港に水揚げされた

車えびを鳥津さんに落札してもらった。





近代国家として生まれ変わった、激動の明治に活躍した

愛媛県出身の秋山兄弟、ベースボールを「野球」と訳した

正岡子規が主人公となる、司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」がNHKではじまる。

そんなドラマがはじまる事や、

来年、鳥津蒲鉾店が50周年を迎えるのも何かの縁なのだろう。


いや待てよ、

鳥津さんと初めて飲みにいったのも、司馬さんの通った

新宿「どん底」だから、それを縁というべきか。

























数寄屋は隙屋? 愛媛県大洲市 臥龍山荘(がりゅうさんそう) − 沼尻真一 

JUGEMテーマ:建築

愛媛県大洲市の臥龍山荘を梶田さんに連れて行ってもらった。

第三代大洲藩主 加藤泰恒が、蓬莱山が龍の伏す姿に似ていることから

この辺り一体を臥龍と名づけたという。

明治の貿易商 河内寅次郎が当時の粋を集めて

構想10年工期4年をかけて建築した建物。


















このような名建築を見ると細部の仕上げがいかに大切かという事に気づかされる。

ただその細部の仕上げは大事であるが、神経質な仕上げではなく 

いかに粋(美しく確実な仕事ができてあたりまえ、さらにその上に

遊びの余裕を持っている)に潔く仕上げるか。

そんな部分が見ていてとても面白い。











竹で編まれた丸い天井。



生きた槙の木を使った「捨て柱」。この槙は今も生きている。




板と板とを完全に継がずに、わずかにほんの3mmぐらいを残して
継いでいる。

機能性からか、または技術の高さを見せる遊び心からなのだろうか。




廊下の釘のなかにわずかに数本刻印がある。

この刻印は千家十職(せんけじっそく)中川浄益(なかがわじょうえき)の証だ。

千家十職の一つ、金物師(かなものし)の中川家当主が代々襲名する名称。

元々は
越後国甲冑を作っていたが、茶道具を初めて手掛けた
初代・中川與十郎が紹益を名乗り、二代目浄益以降の当主は浄益という名を継いでいる。

・千家十職とは
茶道に関わり三千家に出入りする塗り師・指物師など十の職家を表す尊称である。
千家好みの茶道具を作れる職人。






この建築には数寄のすべての要素が入っているという意味で
とても参考になる建築だと思う。

明治期に貿易で財をなした主が、当時の粋を集めて
建物をつくるという意味は、何だろう?

屋根裏も、裏も表も庭もまったく隙の無い建物に
何百年たった今もこの建物は、
老体に鞭打って「俺を見てくれ、見てくれ」と
語っているように感じた。


数奇屋は隙屋の方が僕にはやっぱりいいと思う。










 

手鉤(てかぎ) − 沼尻真一

JUGEMテーマ:ナチュラル*シンプルライフ








 
これは鳥津さんが魚市場に行く時に使っている

軽トラに乗せてもらった時に、見せてもらった道具。

魚市場で魚の入った木箱をこの道具で引っ掛けて使う。

農業、漁業、水産加工業それぞれどんな職業にも

その仕事で使う、専門の道具というものがある。

そんな道具には、長年使われてきた機能性から

徐々に形が変化して、最後に淘汰され残った形がある。

そこに用の美が生まれている。

そして使い込まれた道具には、

また違った美がそこに生まれている。














前略、瀬戸内から 初日/愛媛県大洲市 梶田商店 巽醤油 − 沼尻真一

 



以前、赤坂のタキトースタジオでも紹介した、
巽醤油をつくる梶田さんを訪ねて、

今日は、つくばから羽田そして松山空港へと飛んだ。

去年直島に行った時以来だが、瀬戸内海の上空を飛ぶ松山線は、
国内線の中でも格別だなと思いながら、松山空港に到着した。

ここから目的地の愛媛県大洲市まで、バスに乗ること
約1時間ちょっとで梶田商店に到着した。

大洲市はその名のごとく、清流肱川(ひじかわ)が市の中心を走り、
その天空に大洲城がそびえる城下町。



司馬遼太郎が「街道をゆく」の中で、「水と山と城がつくりあげた
街である」と言ったのが良く分かる。
司馬遼太郎と言えば、鳥津さんと初めて飲みに行ったのも
新宿三丁目の「どん底」だったのも何か縁があるな。








巽醤油の屋根瓦と、左に大洲城が見える。

四方を山に囲まれた盆地という環境から、寒暖の差が激しい事、
四方の山から流れ込む良質な水が、
うまい醤油の素でもあるだろう。

創業何百年などと、醤油をつくる会社はメディアにも良く取り上げられるが、
僕は、菌を使うという性質上 蔵のある環境がどんな場所かが
とても重要だと思う。

だから有名だからなんて理由はあてにならない。
そして狭義な地産地消など、どうでも良くて、
本当の田舎じゃなければ、家の近くの醤油メーカーが旨い
なんて事はありえない。
要は醤油の生まれ育まれる環境が大切だと思う。

僕はサントリー宣伝部を退職した小林さんの下で仕事をしていた関係から
サントリーの山崎工場、白州l工場どちらも見学をしたことがある。
またニッカウヰスキーの余市工場も行ったことがある。

これらの工場を見てみれば、どれだけ生まれ育まれる環境が
大切か、わかるはずだ。 

また今までも色々な場所に旅してきたが、
その環境に相応しい商売や農業がちゃんと営まれていることが、
地形や、地質を見ることでわかるのはおもしろい。

ちなみに今回は、バスの車窓から何もない畑を見ていて、
赤土というより、白に近く砂状な土なので
ここで、育てたら「うまい芋」ができるだろうなと思っていた。

案の定、伊予大洲の駅に着くなり
「大洲いもたき会」の看板があったので嬉しくなった。



市内を一望した場所は、梶田さんの敷地にある、この辰巳神社からの眺め。





小さな街道沿いに梶田商店はある。




六代目の梶田さんは、自分の目と舌で確かめた、地元愛媛県産の丸大豆や
小麦、塩を用いて、代々伝わる古の醤油の製法を再現しながら
こだわりの濃い口醤油「巽醤油」を完成させた。

ちなみに梶田さんの曾祖母は有名なバレリーナであることを、
後に教えてもらった。









醤油蔵の杉桶樽は、代々受け継がれてきたもの。




世の中で市販されている醤油の多くは、熱を加えるなどして急速に
(約半年ほど)しかこのようなもろみの状態で醸造しない、

または

麹やもろみを一切作らずに、組合で生醤油の状態にまで仕上げてから、
組合員の各醤油会社の工場に配送されて、そこで
食塩水やアミノ酸などの化学調味料を加えられて、
その会社独自の「味」を表現している。

それに対して、梶田商店では、1.6年かけてもろみの発酵を促し、
昔ながらの製法にこだわり続けている。

写真を撮っている間も、想像もつかないような美しい音で発酵が促されていた。












巽醤油の研究室。
代々受け継がれている文献を参考にしながら、
商品開発をしたり、その日のもろみの状態を分析しながら、
絞るタイミングをはかる。





系譜とは、

何を受け継ぎ、何をそぎ落としていくのか?その決断にほかならない。

そして今、梶田商店六代目 梶田さんがその瞬間にいることは間違いないだろう。

「巽醤油」が伝えるものとは、この意思そのものだろう。


















































前略、瀬戸内から 二日目/愛媛県八幡浜市 大本みかん一生園、鳥津蒲鉾店 − 沼尻真一



愛媛初日の夜のうちに、
愛媛県大洲市から八幡浜市に移動し、
大本さんと鳥津さんと合流させていただいた。

大本さんは(社)日本青年会議所研修室室長などを経て
1993年平成5年JCI国際青年会議所、
世界会議議長(神戸大会)を努められている時に
鞄持ちとして僕は仕えた。

今晩はその大本みかん一生園、鳥津蒲鉾店、梶田商店のコラボレーションによる
地元食材を使った、大本さんと、奥様のこだわりの手料理をいただいた。



地元の漁師の方でも知らないようなうまいレシピが次々に出され、
このレシピは居酒屋さんに販売した方がよいと本当に思った。
もし商品開発を検討している居酒屋さんがあれば、ぜひ連絡してください。

しかし、梶田さんが宴会の前に「ウコンの力」と「オロナミンC」を
駅で飲んでいる理由が分かった。
途中から、テヤテヤよろずマーケットメンバーの
マルヨシの井上さんも加わって、本当によっぱらった。



しかし翌朝は、朝早くから大本みかん一生園を訪ねた。


去年ブログでも紹介したが、
愛媛県のみかんと言えば、
日本を代表するブランドである。

皮が薄く、癖のない、それでいてしっかりと甘い。
みかんの概念が変わるみかんだ。

バレンシアオレンジなんかよりも断然おいしい。




大本みかん一生園。

三つの太陽 1、南斜面の太陽 2、海からの太陽 3、石垣からの太陽
の光を南斜面でたっぷりと浴びながら、一生園のみかんは育まれている。






摘果したみかんは、柚子湯ではないがホテルや旅館の浴用利用などに
活用されているが、まだまだ可能性があると感じた。





11月〜年内は本格的なみかんの収穫シーズン。

大本みかん一生園、鳥津蒲鉾店、梶田商店の活動がまた楽しみ。

第二のふるさと 愛媛県八幡浜市は、いましっかりと燃えている。



確かに 坂の上に雲はある。














































直島・地中美術館、小豆島・井上誠耕園、山六醤油、旅館真里 瀬戸内紀行/沼尻真一

JUGEMテーマ:日記・一般














小豆島・小学校跡。
こんな美しい学校も今は廃校になっている。
この学校に通っていたら、毎日海ばっかり眺めていると思う。

ブランコやバックネットもそのまま。

誰もいなくなっても、この浜には海亀が産卵にやってくる。














小豆島、井上誠耕園。
井上さんのおじいさんの時代から作ってきた、オリーブ農園。
ちょうど今年、小豆島のオリーブは100周年を迎えた。






井上さん(左)は今も畑を耕しオリーブの苗木を植えている。
そして今回一緒に瀬戸内を旅した鳥津さん。
この二人が瀬戸内の食を変えていくと思う。






小豆島は醤油の産地という事で、井上さんの友人の
山六醤油さんを訪ねた。
今まで酵母を身近に感じた事がなかったけど、この築200年の蔵は
酵母たちの家だ。





鳥津さんが大病から復帰されて、今回のように二人で愛媛、香川、直島、
小豆島を旅する事ができて本当によかった。
そして以前からお会いしたかった井上さんを訪ねる事ができた。
また井上さんから地元の山六醤油さん、旅館真里さんを紹介してもらった。

直島や小豆島に渡る途中、何度か地元の高校生や中学生たちと
フェリーで一緒になった。
みんなまるで電車やバスのように、海の上を往来し島に渡る。
僕には渡るというよりも、船が島につくたびに「上陸」するという感覚に近かった。
この上陸をいつもしている、日焼けした彼らがまぶしく
逞しいのは当然だと思った。

今回出会ったみんながこんな青春をすごして来たんだなと
思いながら、高松空港から帰路についた。


●瀬戸内の食と文化を訪ねる旅「前略、瀬戸内から」    沼尻真一