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利休忌と菜の花/沼尻真一

 

3月28日は利休忌ですね。



3月末はまだ早くて、

 

4月末に賀茂川の川原に行くと

必ず菜の花が綺麗に咲いて

川原は暖かな日差しに包まれる。


菜の花を見ていて菜種油も思い出すけど、

やっぱり茶の湯をしていれば、

利休大居士をイメージする。


秀吉が利休大居士に切腹を命じ

利休大居士が自刃した日が

1591年/天正19年2月28日


切腹する3日前の

天正19年2月25日に

利休大居士は自筆の遺偈(ゆいげ)

人生七十 力圍希 咄

     吾這宝剣 祖仏共殺

      提ル我得具足の一太刀

      今此時そ天に抛

      天正十九 仲春

      廿五日 利休宗易居士
                   (花押)

じんせいしちじゅう りきいきとつ

わがこのほうけん そぶつともにころす

ひっさぐる わがえぐそくのひとたち

いまこのときぞ てんになげうつ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人生ここに七十年。

この宝剣で祖仏もわれも、

ともに断ち切ろうぞ

私はみずから得具足の

一本の太刀を引っさげて、

いま、まさに我が身を天に抛つのだ

小松茂美(中央公論社)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

旧い暦通りに従えば、2月28日。

しかし菜の花は咲いていない。

旧暦を現代に直せば、2016年4月5日

まだ少し野にある菜の花には早い。


そこで、さらに詳しい和暦から西暦換算

すると、天正19年1591年は閏月があり

正月と閏正月という二回の正月があり

換算すると4月21日となるようです。

十分に野にある菜の花が咲き誇る時期になる。


さらに

天正18年は、12月29日のみで翌日が

天正19年正月1日となるので、マイナス2

正月30日までで、翌日が閏正月1日で、マイナス1

閏正月が29日までで、翌日が2月1日で、マイナス2

となり、現代の暦の感覚に合わせて行こうと思えば

だいたい4月末ちょうどGW前あたりというのが

利休大居士の自刃した季節と重なると思います。

となれば、やはり菜の花は今でも

賀茂川の川原に満開に咲きほこっています。


利休忌
表千家3月27日
裏千家3月28日


沼尻真一
 

賀茂川と鴨川のちがい、桂川と保津川のちがい/沼尻真一

 

端午の節句の茶事/沼尻真一


京都・夏越の祓えと和菓子水無月 /沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 






























 



 


風露新香穏逸花ー利休宗易大居士/沼尻真一

京都は六月よりも

九月の方が雨が多いのですが、

ここ五日間位はずっと雨模様で、

改めて実感しました。

 

なかなか中秋の名月を

京都で愛でるのも、

難しい時期です。

 

 

それでも一雨ごとに

秋も少しずつ深まり

「秋の七草」も路地で

見かけるように

なってきました。

 

 

 

ハスキーなおふくろ!

 

 

 

いきなり変な言葉

ですね。

 

 

萩、芒、桔梗、撫子、女郎花、藤袴、葛

 

秋の七草の覚え方でした。

 

 

それ以上に

お茶に通じる方にとっては

秋の大切な禅語に

 

 

「風露新香穏逸花」

 

ふうろあらたにかおる

いんいつのはな

 

ですね。

 

沼尻真一

 

・嵯峨大覚寺、中秋の名月/沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事・ナゾナゾの主菓子/茶道・茶の湯 沼尻真一

 

主菓子を何にしようかと
考えるのがデザインするようで
楽しいです。

 

形や色、素材、趣向とのバランス

などなど。

 

自分の場合はいつも
京菓子司

聚光の高家さんに相談しています。

 

今回は

 

 

「葛だけど一度食べると、
   違う食感が楽しめる葛」

 

そんな?

 

ナゾナゾのような

 

無茶な提案をして、
高家さんを惑わして
新しい葛のお菓子を創って頂きました。

 

 

木地の重箱を用いて涼しげに

 

 

 

聚光さんにお願いしている理由は、

 

高家さんの抜群の察知能力と、

アートに対する際立った感性に

共感できるからです。


そして

 

一番大切な

 

菓子屋のご主人と、茶事の亭主が
様々な意見を出し合いながら

菓子を作れるという所です。

 

 

〈以前のいい加減な回想シーン〉

 

 

葛や言うても、

葛がどないなもんか

見たこともない人が

大勢いますさかい。

 

こんなに大きいんですか!

 

赤ちゃんぐらいありますわな

 

寒天か

 

本葛か

 

わからんで

 

葛や言うてもあきまへんな。

 

陶芸を生業にしている自分にとっても

作っている人間以上の知識など

皆無に等しいと思うから

職人に話を聞くのは本当に

学ぶ事ばかり。

 

 


何度もお願いしているうちに、
色や形の好みなんかも

分かってもらえてきてる気が?

しています。

 

 

京都にはそれこそ!

 

どえらい菓子司が沢山あります。

 

そこがTOKYOと違います!

 

だって年越し新年に

和菓子食べはるし

 

そんな中から新しい菓子を

一緒に作り上げられる
お店と出会えたら、
菓子作りはもっと楽しくなると思います。

 

因みに聚光さんは

 

当代 楽吉左衛門氏の
茶会のお菓子を作られている事でも
よく知られています。

 

 

因みにどえらい京菓子司の一つといえば

和菓子の作り方を指導いただいた、

末富の山口富蔵先生も

重鎮として知られています。

 

山口先生からは

作り方以外にも

 

菓子・砂糖の歴史から、

今と昔の作り方の違い、

本物の素材と代用素材の違いなど、 

 

本物を見て味わう眼を

教えて頂きました。

 

きんとん6月〜9月

こなしは5月〜9月まで

熱が入らないから基本作らない

 

東京では、こなしは練りきりと呼ばれ

餅が主体となる。

 

京都の和菓子はざっくり感が大切。

 

東京の和菓子は写実的すぎる。

 

京都では、練りきりは

 

いも餡(自然薯)真っ白で

 

澄んだ白となる。

 

しかし、固くなりやすいから、餡を入れて

 

少し柔らかくなる。

 

きんとんは、全てが餡である。

 

さらに

京菓子司のバイブルとして

川端道喜のご主人が書かれた

『和菓子の京都』岩波新書

という本をお勧め頂きました。

 

御所に葩餅を納めていた歴史から、

裏千家11代玄々斎宗匠から伝わる初釜の

主菓子としての歴史まで記されています。

 

お茶を嗜む方や、

和菓子好きな方にはオススメの一冊です。

 

 

沼尻真一

 

炉開き、亥の子餅、口切の茶事ー沼尻真一

 

 

「ハレとケ」遠野物語:柳田國男 / 沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー前礼・後礼の本当の意義/茶の湯・茶道 沼尻真一

 

以前、茶事の日取りの決め方

お話しましたが、

それに関連して

 

「前礼・後礼」について

お話したいと思います。

 

 

お茶の世界では

特に「前礼・後礼」が重視されています。

 

何故これほど重視されているのか

最初その意義は

自分にも分かりませんでした。

 

 

「礼に始まり礼に終わる」

儒教思想から受けた、日本文化の

当たり前の感覚からかなと

思っていました。

 

2009武床工舎のdesign work .Numajiri

 

 

しかし、実は正客に事前に日時や客組を

相談するレベルから
正客が同輩なのか、貴人なのかにより
古へにはしきたりがあることを、

『草人木』や『茶道便蒙抄』には書かれています。

 

また前日には正客の家に出向き玄関先にて
挨拶のみで帰る、という前礼が今日でも
約束となっていますが。
後礼も同様です。

 

よほど至近距離でないかぎり、

現実の自分の茶事では

いつも連絡を取り合っている方法で

正客には前礼をしています。

 

 

しかし現代に沿わせるほど

やはり一番大事な事は
なぜこれほど 前礼・後礼が茶事に
重要視されているかという事です?

 

その意義を理解できなくては、まったく

形ばかりになってしまいますので、
その点を何とか要約してみたいと思います。

 

『草人木』には
「御茶下さるべき旨忝(かたじけなき)し」

 

『利休客之次第』には
ちや給わるべきの状うけたる時に〜

 

 

つまり

 

「茶を進ずる」という事も

 

「茶を給わる」という事も

 

古より


己の「一大事であった」ことが、

 

 

茶人の根本概念だと先達より
伝えられています。

 

そう言えば

恩師の一人も、

 

親が死んでも決まっている茶事は

決行するものです!

 

と説いてくれました。

 

ええええ…

 

ともちろん思いましたが

 

 

だから茶事がただの宴会ではないという事を

まだ茶事が解らない初心者にも

伝えたかったのだと思います。


また歴史的にみても織田信長公に

許可をもらわなければ
茶会もできない時代がありましたから
当然なのかもしれません。

 

また、抹茶そのものもとても貴重な時代でした。

 

それに関連した茶壷は、

床へ上げて飾る事のできる格の高い道具であり、
茶入や茶碗でさえ名前の無い時代に、
すでに銘を与えられていたものがあります。


お茶を蓄える壺として、

いかにお茶そのものを尊び、
重点を置いていたかという事も、
理解しておきたい点です。

 

 

先達が伝えるには

 

茶は栄西禅師の喫茶奨励にあり、
『喫茶養生記』の

 

「茶は養生の仙薬なり、延齢の妙術なり」

 


常に茶人はここに立ち返り、

 

 

「お茶を給わる由忝く(かたじけなく)」

 

 

という理念が最も大切な

茶の湯の第一義であると伝えています!

 

 

つまりその理念の中で、

行う行為が「茶事」であり


床に墨跡をかけ、

 

活きた花を入れ、

 

美術的にも相応しい優れた

品々を用いて、

 

よって心入りの振る舞いをするので
あると説いています。

 

 

私の未だ浅い見解ではこれ以上

深く読みきれませんが、

 

これほどの時間とお金をかけて茶事を

すると、だれもが絶対に失敗

したくない、

真剣になりますよね。

 

 

亭主も客もそれに見合った行為、

 

つまり

 

「己の覚悟の表れ」が、


巻紙、前礼、後礼を重んじる
意義なのではないかと私は感じています。

 

 

 

沼尻真一

 

・なぜお茶・抹茶・茶道は点てるというのか?

なぜ一服というのか?/沼尻真一

 

・「ハレとケ」遠野物語:日本民族学の祖 柳田國男 / 沼尻真一

 

 

・正月茶会・節分茶会・上巳茶会・ワークショップ/沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー露地のしつらえ/茶の湯、 茶道 沼尻真一

 

 

利休居士は

 

「樫の葉のもみちぬからにちりつもる
       奥山寺の道のさひしさ」
              

               西行法師

 

 

掃き清められ露を打たれた露地の風情には、
言葉では表現できない清清しさを覚えます。

 

露地の立派さ大きさではなく、
その姿に、亭主の気概が眼に見えるから
だと思います。

 

修行僧と共に掃除をする

 

 

仏教では「露地百午」という語があり、


「清浄無垢の境界、法身無相の端的をいう」

 

とあります。

 

目に映る自然のありのままの姿を通じて、

まず心の清浄を呼び覚ませ、
悟道の妙覚を意識によみがえらせるものと

先達より伝えられています。

 

 

以前、桐蔭席での茶事の前日準備で

露地の掃除をした際に


あーやっと綺麗になったと喜んで、

さっさと箒を片付けて
終いにしようと思った矢先、


業躰先生に

屋根の上、雨樋の中の掃除を指摘され
確認してみると大量の落ち葉というか、

 

もう、
腐葉土になりそうなのが出てきた事が、
今でもとても印象に残っています。

 

後は、突き上げ窓の中にも、
露地から沢山の落ち葉が
入っているのです。

お忘れなく。

 

 

沼尻真一

 

 

Index

*無なんてどこにもない/沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


南禅寺・瓢亭御主人 高橋英一さん/沼尻真一

 

南禅寺・瓢亭十四代目の御主人高橋英一さん

茶事懐石においての出汁の取り方から、

ご飯の炊き方、汁椀、向付、焼物など

一連の料理を教えて頂く機会を、

何度か頂く事ができました。

 

昆布は、鰹節はどこのどのような銘柄で、

どこに売っているかまで、本当に親切に

いつも丁寧に、細かに教えて頂きました。

 

それより何より、

自分が一番感動したのは

高橋さんの包丁を持った際の、

美しい所作です。

というか、雰囲気です。

 

また帰りがけ、

ちょうどこの頃は紅梅が

ほころびかけている頃で、

じっとその花を眺められていて、

いつも周りの事を良く見られて

いるんだなと感じました。

 

料理に限らず、

茶花も指導されている

高橋さんの美意識・美学に

触れる事で見えてくる

京都の美しい文化があると思います。

 

京料理・日本料理界を代表する方ですが、

お会いしてみて、更に何倍も凄い方でした。   

 

本も沢山出されています。

興味のある方はぜひ

高橋英一さんから一緒に学びましょう。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー風炉、五徳、灰形について /茶の湯、 茶道 沼尻真一

 

これを使ってみたいなと思う

候補の釜、風炉、五徳を据え

実際に釜をかけてみて、高さや大きさなどの

バランスを見てみます。

 

釜が良くても、風炉と合わない事や
また五徳が合わない場合が多々あります。

 

一見同じようにみえても、形も大きさも

高さも様々なのが茶道具で、

その画一的でない、ゆるさが

お茶の妙味かもしれません。

 

 

いくつかの五徳を変えながら

合わせてみて、高さや大きさなど

一番しっくりくるものを選びました。

 

道具合わせの時点で、高さやバランスが
合うかどうか確認してから
良く篩った風炉灰を敷き詰めて
風炉の準備をします。

 

 

と同時に
風炉中拝見がありますので、
灰形の稽古もしておかなければ、
いけませんし、いつでも
対応できるようにしたいと考えています。

 

灰形は職業茶人の方は
素早く美しいのは当然として
職業茶人でなくとも


美しい灰形を切られる方は、

老若男女みなさん
自分なりのコツを掴むまで

日々稽古されていました。

 

 

今は、灰形の本も数多くありますが、

自分が見させていただいた、灰形の切り方は

十人十色でした。

 

きっと数多く切っていくうちに

自分なりの秘儀が見つかるのだと思います。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都・祇園祭 八坂神社の茶会・祇園万亭/沼尻真一

 

毎年7月16日宵山には、京都八坂神社にて

表千家、裏千家の

御家元が交互に献茶式を奉仕されます。

 

今年は、表千家です。

 

 

数多くの茶席がありましたが、

万亭の席に入らせて頂きました。

 

 

沼尻真一

 

 

誰もが、花見小路で見かけた事がある

この紅殻壁ですが、「万亭」正式な屋号ですが、

皆さんよく一力と呼んでいます。

 

歌舞伎の赤穂四十七士をいろは仮名に例えた

「仮名手本忠臣蔵」にも登場する「一力」という

名前が有名になったことが由来のようです。

万という字を崩して、一力とも言われています。

 

 

 

 

待合

 

 

 

あやかれや 長刀鉾の 鬮とらず   

        如心斎の句、即中斎筆

 

 

つねに山鉾巡行の一番手を担っている

長刀鉾の重責にあやかりたいという

御家元の句ではないでしょうか。

 

 

祇園祭には、ヒオウギという植物が必ず飾られます。

扇状の葉を持つことからヒオウギ(檜扇)。

古代、ヒオウギで悪霊退散したことから厄除けの花として

飾られるようになりました。

 

 

 

本席

而妙斎御家元筆

祇園守槿、七宝唐舟

 

 

水指の摘みは長刀鉾ですが、

この長刀の刃を御所に向けるのは

失礼という事で、取り外しが

可能になっています!

        当代永楽造

 

 

お運びは祇園の舞妓さん、引きは旦那衆が

していただける華やかさ。

 

舞妓さんの裾さばきの美しさに驚きます。

袴でさえ危ういのに。

 

やはり厳しい稽古あっての舞妓さんです。

 

建築は鴨居の上に長押がまわる典型的な

書院造で、木の部分を全て漆を塗り漆黒に

している点が、紅殻壁と合うなと感じました。

 

 

長刀鉾 宵山 2016

 

今年の祇園祭りは快晴でした。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都の茶事ー 炭について /茶の湯、 茶道 沼尻真一

 

「炭は、湯のわくように、茶は服のよきように、

 是にて秘事はすみ候由」

               南方録第七章

 

 

草庵の茶の湯の極意を尋ねられた利休居士自身が

湯相、火相が一番難しいと力説しています。

 

稽古ではあたり前のように沸いている

釜の湯ですが、茶事では思うように

いきません。

 

やはり茶事は経験が大切と言われるのは

単に、手順や趣向、道具だけでなく、

 

炭と

 

湯相

 

火相

 

の感覚を掴んでいる事が

圧倒的な差として

大きいのだと私は思います。

 

この炭を使うという事は、いまでは

本当に貴重な事となりました

全国の稽古場でも炭を使っている方が、

少数派だと思います。

 

また先の東日本大震災以降、

東北で焼かれていた
茶道用の炭も入手が難しく

なくなったと聞いています。

 

 

茶事に使う炭は、

その貴重な炭の中から、

 

さらに形や大きさが良いもの
だけを選び洗います。

 

次にじっくり陰干しで乾燥させます。

 

特に風炉は火力を要する為に、

表面の乾き具合でなく

中まで乾燥を入念にする事が大切です。

 

最低でも1か月ぐらいは乾燥させて

おきたいと思います。

 

また手前用の炭だけを用意するのではなく、

欠けたり、割れたりするので、

手前予備の炭も1セット
同時に用意しています。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


白洲正子の京都、平野屋の鮎と茶の湯/沼尻真一

夏の茶の湯には、

 

鮎をテーマにしたものを

 

良く見かけます。

 

先日も恩師の書院の床には、

川合玉堂の鵜飼の画が
掛けられておりました。

 

 

 

 

鵜飼は天正天皇720年(養老4年)から行われて
おり、大変歴史の深いものです。

 

自分の窯のある岐阜県ですが、

西濃の長良川の鵜飼は日本一有名です。

 

しかし

 

あの鵜は

一般保護鳥に指定されていて、
捕獲を許可されているのが、

日本で唯一茨城県十王町の「鵜の岬」です!

 

そこで捕まえた海鵜を
岐阜や京都、愛媛、山口などなど鵜飼をしている
全国12箇所に送られるそうです。

 

我がふるさと茨城出身?の鵜が

全国で苦労しながら活躍しています。

 

青楓に囲まれた清流に泳ぐ鮎は、

何とも涼しそうで、
京都のムッとした暑さの中

 

一服の涼を誘います。

 

しかしこの鮎というものを
お茶をしている人でも意外に

知らないな〜と思い

記してみたいとます。

 

 

夏といったら鮎!

 


「あゆる」が「アユ」に

「あゆる」は「おつる」の古語で、

 

鮎が春になると川を上り
秋になると川を下ることから言われています。

 

 

もう一つ
中国では鮎に「年魚」という漢字が用いられています。
春に生まれ、そして冬に死ぬという所からです。

 

日本では、「日本書紀720年」「古事記712年」の
いずれにも鮎は「年魚」として登場しています。

 

鮎という漢字は?

 

魚に占う?

 

 

誰が何を占ったのか?

 

 

●日本書紀の中に!
九州に生まれた初代天皇 神武天皇が
東征をし近畿大和を平定し、王権確立をしたという。

 

紀伊熊野から、いよいよ大和の高倉山に至った際に
戦勝祈願の儀式で川魚の捕獲状況で占ったと

伝えられています。

 

 

●古事記の中でも!
神功皇后(じんぐうこうごう)が現在の佐賀県で、

鮎釣りをされ新羅進軍にあたり、
釣りの成果で占ったという。

 

因みにこの様子を表しているのが

京都祇園祭の占出山であり、

別名、鮎釣山と呼ばれています。

 

 

祇園祭限定、占出山で売られる菓子

「吉兆あゆ」

 


このように皇室と鮎は

関係の深い魚として
とりあげられ

 

「日本建国のシンボルのような魚!」

 

として存在しています。

 

また室町時代から明治まで、

京都では「御用鮎」といい

旬に獲れた鮎を朝廷に献上していたそうです。

 

つまり

 

同じ時期に鮎を食するという事が

庶民にとっての

 

「あやかり文化」

 

につながってきたのだと思います。


若鮎の菓子も

 

みな月の菓子も


鮎や氷を食べてみたいという、

 

庶民の願望が
菓子となったように、


「あやかりたいという願望から生まれた文化」は
多くの日本の文化に影響しています。
 
きっと皇室や朝廷でなくとも、

それぞれの地域のお殿様の歴史の中にも、

身近なあやかり文化は全国各地にあると思います。

 

そのようなモノや事、

 

土着性に触れられる点でも

茶の湯を嗜むというのは

面白いものです。

 

※ちなみに中国では鮎という字は

ナマズを指すらしいです。

 


 


●白洲正子と京都平野屋の鮎

 

京都に夏の訪れをつげる祇園祭。

 

この祭りを彩る京料理に欠かせないものに
鮎があります。

 

祇園祭前

値段が一番高いと言われれる鮎。

 

なかでも「世木の鮎」が

京都の鮎ブランドです。

 

しかし鮎は無傷で生きてなければ価値が無い!
と言われ、活鮎をめぐって

古来から様々な知恵と工夫が
生まれてきています。

 

 

京都の鮎といえば、


白州正子さんや多くの文人も
鮎の解禁を待ちわびたという

創業400年「京都平野屋」さんが有名です。

 

 

 

 

武者小路千家三代の画

一番左が八歳の頃の若宗匠 千宗屋さんの仏画

 

 

 

大川橋蔵さん、美空ひばりさん

 

 

もともと平野屋さんは
京都火伏の神として知られている愛宕神社の門前町、

嵯峨鳥居本にある鮎問屋として始まりました。

 

この世木の鮎は世木村、現在の日吉町で
6月1日から9月30日まで、夏のかせぎとして
漁が行われておりました。

 

投網で一網打尽が早そうですが、
傷がつきますから、ヒッカケ漁や友釣りなどが
主流のようです。

 

鮎を獲るアユトリさんから、

 

鮎を運ぶアユモチさんに

 

引き継いで、

平野屋女将 井上典子さん

 

中には炭を塗り込め暗くする工夫を

 

 

計50〜70匹を入れ計27kmを
7時間山道をアユモチ桶に鮎を入れて、
鮎が心地よい様に揺らしながら
鮎を運んだそうです。

 

平野屋鮎の生簀

 

貴重な鮎を運ぶのに

かなり熟練を要したようです。

 

途中2〜3Kmごとに新鮮な冷たい水を

鮎桶に補給しながら
慎重に慎重を期して運んだそうです。

 

そして一日置かれて、

 

鮎のストレスを取ってから

 

祇園祭で賑わう

 

祇園や先斗町の高級料理屋さんで

旬の鮎料理が振舞われたという事です。

 

平野屋鮎

 

茶店の菓子「志んこ」も有名。抹茶、白、ニッキ

 

 

茶の湯と同じように、京都に育まれた鮎文化。

 

茶席に登場する鮎を見かけたときには

ぜひこんな鮎の流れを思い出してみると

さらに楽しくなると思います。

 

 

沼尻真一

 

◆SHINICHI NUMAJIRI INDEX

 

・「ハレとケ」遠野物語:日本民族学の祖 柳田國男/ 沼尻真一

 

・21世紀のあたらしい暮らし方

 建築家山本理顕先生×難波和彦先生×社会学山本哲士先生/ 沼尻真一 

 

・京都 龍安寺にある

 水戸光圀公「吾唯足知」本物の蹲踞つくばい − 沼尻真一 

 

・陶芸家 細川護煕さん不東庵を訪ねる・第79代内閣総理大臣/沼尻真一

 

・ここが朔望の畔ー大阪「本湖月」/沼尻真一

 

・ロック魂のある干しいも・乾燥芋の聖地 茨城県/沼尻真一

 

・「日本的モダニズムの創出はいかに可能か 」

 伊藤 俊治 × 柏木 博× 新見隆先生 /沼尻真一

 

・legend of 311 − 「真理」 沼尻真一

 

・京都の茶事ー茶事の懐石・京都辻留/茶の湯・茶道 沼尻真一