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同性の師の存在ありて − 沼尻真一

 
 
男性と女性の役割が違うように
どんなに男女平等な社会になったと言われても
やはり男性には男性の世界が
女性には女性の世界があることは確かだ。
 
そこでは先達の経験を重ねた
尊敬できる同性の師、メンターを見つけることが
何よりも肝要なのだと思う。

同性の師とネットで検索しても、同性愛や同性婚等の
役に立たない説明ばかりで、日本国内に
同性の師を持たなければならいことに、先達の方の意見が
見受けられないのは、いささか残念という感がある。
だから日本が腐っているのだろうし、
男女平等といっても性別として役割が違ううえでの
平等というものだろう。


同性の師と言っても
どこかのとんでもない有名人である必要は無く、
それが自分の両親であればベストであり
女性が自分を産んだ母親を尊敬できる状態は
一番身近な女性としてベストだろうし、
男性は母娘と同じように父親と兄弟のような
または友人のような関係になることは少ないので、
外に師を持つことも多いと思う。
無理に家中にいなければ、外に持つということにして。

これら同性の師を持つことは
学校や仕事それ以外の場所で探す、自分から
意図的に求める必要があるのは確かだ。
人生80年にしても、何も求めなければただ100円のファーストフードでも
毎日食って生きていけるような時代なのだから、
確かにただ会社に行って帰ってきて
なんとなく80年はあっという間に生きてはいける。

しかし師がいるのといないのとでは
まったく別の次元と世界を生きることができるのは確かだろう。
それには自分がどんなに自画自賛できる優秀な
人間であったとしても兜を脱ぎ頭をたれるだけの
門下生としての覚悟と志が必要である。
異性の師ではまったく意味がなく師になり得ない。

ゆえに自分の生き方や考え方は
その師からの影響が大いにあるし運命が変わるといっても
過言でないだろう。
顔から火が出るような悔しい言葉であったり、
自分が胡坐をかいて座っている状態だったりした時に
その師の働く姿や、またはアドバイスによって
自分が見ていたフィールドとはまったく違う
もっと大きくて広いフィールドが開けている事を
諭された経験は枚挙に暇がない。
 
この同性の師から教えを請うことも
教えを頂くことも結局は自分の素直な心や志次第だと思う。
 
先日も70代の方が90代の師から
いまだに教えを請うという現実を見れば
この師から厳しい言葉や自分の人生の軌道修正を
してもらえなくなった時に、それが10代だろうが
50代だろうが人は年齢や肩書きや地位に関係なく
自分の人格の成長が
止まった時なのだと思う。
 
それは依存よりもむしろ自立のために必要なことなのだ。



沼尻真一