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佐渡島 「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」 風姿花伝・世阿弥 / 沼尻真一

世阿弥は1400年(37歳)
「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」など
父観阿弥の遺訓をまとめた能楽論書『風姿花伝(花伝書)』を著す。

風姿花伝は芸術の技術論ではなく精神を論じた書であり、
このような書物は世界にも殆ど例がない。

能役者が観客に与える感動の根源は「花」である。
「花」は能の命であり、これをどう咲かすべきか、
「花」を知ることは能の奥義を極めることである。

桜や梅が一年中咲いていれば、誰が心を動かされるだろうか。
花は一年中咲いておらず、咲くべき時を知って咲いている。

能役者も時と場を心得て、観客が最も「花」を求めている時に
咲かせねばならない。花は散り、花は咲き、常に変化している。

十八番の役ばかり演じることなく、変化していく姿を「花」として
感じさせねばならない。

「花」が咲くには種が必要だ。
花は心、種は態(わざ、技)。

観客がどんな「花」を好むのか、人の好みは様々だ。
だからこそ、能役者は稽古を積み技を磨いて、
何種類もの種を持っていなければならない。

牡丹、朝顔、桔梗、椿、全ての四季の「花」の種を心に持ち、
時分にあった種を取り出し咲かせるのだ。

「家、家にあらず。次ぐをもて家とす」と言うのも。
血縁者が「家」となるのではなく、真に芸を継ぐ者を「家」とする厳しいもの。

将軍に謀反した重罪人として逮捕され、実に71歳という高齢で
佐渡に流されてしまう。
1441年、暴政を行なった足利義教が守護大名の反乱で暗殺されると、
一休和尚の尽力で78歳になっていた世阿弥の配流も解かれ、
娘夫婦の元に身を寄せ80歳で亡くなった。

世阿弥の墓は一休が住職をした京都大徳寺真珠庵にある。

「羽衣」

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佐渡島には祖父母に連れられ、確か五才の頃船で渡った。

遠い旅はおそらくこの時が初めてで
電車から船に乗り
船酔いして船着場で涙して
座り込んで吐きながら、着物姿の祖母に介抱されて
やっと島に辿り着いた。

太平洋側には無い島の景色は、深緑の森と、ワシなのか
トンビなのか知らないが、とにかく大きな鳥が宿の窓から見えて、
いつ襲われるかもという、子供の勝手な恐怖におののいていた。

よく記憶している理由はただ一つ「金山」「鬼太鼓」だ。

金山内部は当時の罪人たちの発掘した模様が
人形によりリアルに再現されていて、
ご一行はトロッコに乗って進むという、
40年前としては20年前にいった
ユニバーサルスタジオマイアミにも負けない
アトラクションができていた。

そんなわけで
薄暗い炭坑に解説も聞こえないほど鳴り響いたのは
結局自分の大きな泣き声だけだった。

たまたま名古屋高島屋の茶碗展展示会に来ていた
旭化成の支店長さんが
佐渡島出身で、実は佐渡島は
多くの天皇や公家、それこそ世阿弥も流された島ですが、
そのようなおかげで
京都の文化と相まって、
金は出るわ、飲めや歌えでわざわざ罪人となって、
佐渡島に来たほどなんですよ。

水戸黄門の見過ぎで
事実は大分イメージが違っていたようだと
あれから数十年が経って判明した。

日本は狭いと言われるが、確かに国土は狭いが
これほど多民族化した土着文化のある国だから
一人ひとりが違う文化を持っている。


沼尻真一










徒然草44段 吉田兼好/ 田の鏡 沼尻真一

 [古文] 44段

あやしの竹の編戸の内より、いと若き男の、月影に色あひさだかならねど、
つややかなる狩衣(かりぎぬ)に濃き指貫(さしぬき)、
いとゆゑづきたるさまにて、ささやかなる童ひとりを具して、
遥かなる田の中の細道を、稲葉の露にそぼちつつ分け行くほど、
笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知るべき人もあらじと思ふに、
行かん方知らまほしくて、見送りつつ行けば、笛を吹き止みて、
山のきはに惣門(そうもん)のある内に入りぬ。


榻(しじ)に立てたる車の見ゆるも、都よりは目止まる心地して、
下人(しもうど)に問へば、「しかしかの宮のおはします比にて、
御仏事など候ふにや」と言ふ。


御堂(みどう)の方に法師ども参りたり。
夜寒の風に誘はれくるそらだきものの匂ひも、身に沁む心地す。
寝殿より御堂の廊に通ふ女房の追風用意(おいかぜようい)など、
人目もなき山里ともいはず、心遣ひしたり。


心のままに茂れる秋の野らは、置き余る露に埋もれて、
虫の音かごとがましく、遣水(やりみず)の音のどやかなり。
都の空よりは雲の往来も速き心地して、月の晴れ曇る事定め難し。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

田植えを終わった初夏。

まだ早苗の頃

田の鏡に映る月は美しかった。


その頃はまだ、和服を着た祖母の兄が

荷台の大きな黒い自転車に乗って

よく祖母の所に遊びに来ていた。

農作業をしてきた後だからというので、

それでも一風呂浴びてさっぱりしてきているのに

座布団ではなく、新聞紙を広げて座敷にすわり

熱燗の日本酒をうまそうに飲んでいた。


真っ赤になってふらふらと

メッキのかかった大きな自転車ライトを

ギコギコタイヤのチューブを響かせながら、

それでも頼りない灯りを

点しながら田の鏡の中を、帰って行った。


街が明るくなれば、もうそのような小さな灯も

いとおしくは思えない。


沼尻真一




































 

 

 

 


徒然草189段 吉田兼好 / ボケて寝ている犬 沼尻真一

 [古文] 189段

今日はその事をなさんと思へど、あらぬ急ぎ先づ出で来て紛れ暮し、
待つ人は障りありて、頼めぬ人は来たり。頼みたる方の事は違ひて、
思ひ寄らぬ道ばかりは叶ひぬ。

煩はしかりつる事はことなくて、易かるべき事はいと心苦し。
日々に過ぎ行くさま、予て(かねて)思ひつるには似ず。
一年の中もかくの如し。一生の間もしかなり。

予てのあらまし、皆違ひ行くかと思ふに、おのづから、
違はぬ事もあれば、いよいよ、物は定め難し。

不定と心得ぬるのみ、実(まこと)にて違はず。

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一日思いがけず多くの人と出会う日がある。

ほんの一分違えば出会うことも無いような場所で

出会ったからには、何か偶然ではない

縁のようなものを感じる。


・噂に聞いていて会いたかった人

・お世話になっている人

・文句を言ってくる人

・お祝いしてくれる人

・コーヒーを何杯も入れてくれる人

・ボケて寝ている犬

などなど趣旨は様々。



しかし思いもかけず出会ってしまったばかりに

その人の持論を展開され、その話を聞こうとすればするほど

恐ろしくどっと疲れというか、気が萎えた。

帰ってきてやっと仕事をしようにも一向に捗らない。

世の中にはこちらをポジティブにしてくれる人か

ネガティブにしてくれる人の

どちらかしかいないように感じる。


ボケて寝ている犬が今日は良かった。

沼尻真一





























徒然草184段 吉田兼好/ぽっぽや 鉄道員 曲:坂本龍一/沼尻真一

 [古文] 184段

相模守時頼(さがみのかみときより)の母は、松下禅尼(まつしたのぜんに)とぞ申しける。
守を入れ申さるる事ありけるに、煤け(すすけ)たる明り障子の破ればかりを、禅尼、
手づから、小刀して切り廻しつつ張られければ、兄の城介義景(じょうのすけよしかげ)、
その日のけいめいして候ひけるが、「給はりて、某男(なにがしおのこ)に張らせ候はん。

さようの事に心得たる者に候ふ」と申されければ
、「その男、尼が細工によも勝り侍らじ」とて、
なほ、一間(ひとま)づつ張られけるを、義景、「皆を張り替へ候はんは、
遥かにたやすく候ふべし。

斑ら(まだら)に候ふも見苦しくや」と重ねて申されければ、
「尼も、後は、さはさはと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。

物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、
心づけんためなり」と申されける、いと有難かりけり。

世を治むる道、倹約を本とす。女性なれども、聖人の心に通へり。
天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。

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若き人に見習わせるために、あえてこのようにしておくなどという

発想は、今の世で老若男女あまり耳にしたことがない。

男性にしても女性にしても、老若男女

このような人と知己を得たいものである。


これは心持ちからして、すでに意識が違っている。

仮に自分が取り組んでいる事を「若き人に見習わせるために」という

意識や発想になったときには、まったく次元の違う世界に入る

ことになるだろう。


師匠から「若い人にはこうやって教えろ」と言われた一言は、

自分がすでに出来ているのか

出来てなくてもいいから、こんな感じなのかはわからないが、

それも一つの口伝である。

5年後10年後を考えると、夏場のクソ暑いときには

汗が目にしみて「クソじじい」と

思ったことも多々あるが、それもこれも

まるでセピア色の幻想に感じる時がくるだろう。


今日電話で話して

師匠からしてもらったことを、自分がまた次に伝えて

はじめて一人前であり、やっと恩返しができた時だと思う。



沼尻真一




























徒然草32段 吉田兼好作/ 空薫 沼尻真一

[古文] 32段

九月廿日(ながつきはつか)の比(ころ)、ある人に誘はれたてまつりて、
明くるまで月見ありく事侍りしに、思し出づる所ありて、案内せさせて、
入り給ひぬ。
荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、しめやかにうち薫りて、
忍びたるけはひ、いとものあはれなり。

よきほどにて出で給ひぬれど、なほ、事ざまの優に覚えて、
物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、
月見るけしきなり。やがてかけこもらしまかば、口をしからまし。
跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。
かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。

その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。

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日本で良いものとは、その「素材の上質さ」にあるように思われる。

例えば、パリで築何百年という石造りの建物でさえも、

この石はどこどこ産で、この苔の生え具合がいいんですという

話は聞いたことがない。

単に石造りなのである。

しかし、以前八幡浜の鳥津さんと伺った小豆島の井上さんが

案内してくれたように、豊臣秀吉の大阪城の石垣は

小豆島から切り出し運び出されたものというように、

その場所が重要となる。

工芸でものづくりをするものにとって、

その素材は、木、粘土、鉄、ガラス、繊維と

様々であるが、素材とは単に原料であって、

感じの良い自然物を選べば、それが直接「素材」で

あることではないだろう。

それは単に「原料」であってまだ「素材」ではない。

つまり原料を人為的に弄くって

意図したものがやっと「素材」になると言うことに気づく。

ここでやっと、作ることがスタートできる。

作品が完成したあかつきには

この素材はもはや空薫のようなものである。



沼尻真一










































徒然草157段 吉田兼好作/蓮は泥より出でて泥に染まらず 周敦頤/沼尻真一

 [古文] 157段

筆を取れば物書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。
盃を取れば酒を思ひ、賽を取れば攤(だ)打たん事を思ふ。
心は、必ず、事に触れて来る。仮にも、不善の戯れをなすべからず。

あからさまに聖教の一句を見れば、何となく、前後の文も見ゆ。
卒爾(そつじ)にして多年の非を改むる事もあり。
仮に、今、この文を披げ(ひろげ)ざらましかば、この事を知らんや。
これ則ち、触るる所の益なり。
心更に起らずとも、仏前にありて、数珠を取り、経を取らば、
怠るうちにも善業自ら修せられ、散乱の心ながらも縄床に座せば、
覚えずして禅定成るべし。

事・理もとより二つならず。外相もし背かざれば、内証必ず熟す。
強いて不信を言ふべからず。仰ぎてこれを尊むべし。

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事に触れることによって、たまたま起こるご利益というものが

詠まれている。

ご利益とは神社に願い事をしたものを人知れず

根回しして、神様が与えてくれるものだけではなく、

自らが物やコト、あるいは環境を選択することによって

生まれる「セルフご利益」もあると説かれている。


なるほど人間は場に立ち会えば、おのずとその関連する

思想にふけるものだし

カッコから入ってたとしても、様になってくることさえもある。

つまり相当に人間は環境に対する順応性を持っている

ということだろう。

畳の上で正座をすれば、おのずと背筋が伸びるのも

そのせいだろうし、仏壇に手を合わせてみれば

ふっと気が落ち着く。

いただきますも、ありがとうも、手を合わせているうちに、

本当にありがたくなってくるのもそのせいだろう。


泥に咲く蓮の花が、もし泥の中だからと

自分を嘆いて腐っていれば

あんなに素晴らしい華を咲かせる事はないだろう。



「蓮は泥より出でて泥に染まらず」

周敦頤




池に育てた蓮は毎年お盆にちゃんと咲いてくれる。























徒然草92段 吉田兼好作/蝶のように舞い 蜂のように刺す モハメド・アリ/沼尻真一

 [古文]92段

或人、弓射る事を習ふに、諸矢(もろや)をたばさみて的に向ふ。 
師の云はく、『初心の人、二つの矢を持つ事なかれ。
後の矢を頼みて、始めの矢に等閑の心あり。

毎度、ただ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ』と云ふ。
わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。
懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。こ
の戒め、万事にわたるべし。

道を学する人、夕には朝あらん事を思ひ、朝には夕あらん事を思ひて、
重ねてねんごろに修せんことを期す。
況んや(いわんや)、一刹那の中において、
懈怠の心ある事を知らんや。何ぞ、ただ今の一念において、
直ちにする事の甚だ難き。

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物事を成すには、「百回の練習より、一回の本番」と言われる。

確かに、なんとなくの練習よりは、緊張感のある一回の本番を

迎えるほうが、集中することで学びが多いのもわかる。

しかし、反復練習というものも、これはこれで

かなり重要だとも思う。

世界のホームラン王・王貞治選手が

誰よりも素振りでバットを振ったことで、自信を持って

バッターボックスに入ることができたという話を聞いたことがある。

「頭で考えるな!体で覚えろ!」

継続した体力持久力の上に「体に染み付く」もの。

「体で覚えろ!」

「足の指先から頭の髪先、左手も右手も、右足左足全部使え!」


つまり、一瞬にかける「瞬発力・集中力」と、

一定のレベルでそれを持続できる「体力・持久力」

この両方のバランスの良さが重要なのだろう。

一言でいうなら


Float like a butterfly, sting like a bee.
蝶のように舞い、蜂のように刺す


Muhammad Ali
モハメド・アリ



沼尻真一






徒然草21段 吉田兼好作/バカの壁 養老孟司/沼尻真一

 [古文21段]

万(よろず)のことは、月見るにこそ、慰むものなれ、
ある人の、『月ばかり面白きものはあらじ』と言ひしに、
またひとり、『露こそなほあはれなれ』と争ひしこそ、をかしけれ。
折にふれば、何かはあはれならざらん。

月・花はさらなり、風のみこそ、人に心はつくめれ。
岩に砕けて清く流るる水のけしきこそ、時をも分かずめでたけれ。
『元・湘、日夜、東に流れさる。
愁人のために止まること小時もせず』といへる詩を見侍りしこそ、
あはれなりしか。けい康(けいこう)も、『山沢に遊びて、魚鳥を見れば、
心楽しぶ』と言へり。人遠く、水草清き所にさまよひありきたるばかり、
心慰むことはあらじ。

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「バカの壁」の著者で東京大学名誉教授の養老孟司さんが

これから社会人となる大学生に向けて話した。

それは何百何千人という学生に対するアンケートの結果で

「あなたはどのような時に幸せを感じますか?」との質問に

「家族や友人、恋人に自分がわかってもらえた時、認められた時」

という回答が圧倒的に多かった。

その回答を見て、

養老さんが
「ほぼ100%が人間関係に幸福を委ねている」

「これじゃ幸せになれない。」と言った。

つまり、

「人間ほど信用のおけない、あての無いものはないという。」

養老さんは、戦前戦後に教育を受け、

戦前は天皇は神様で、戦後はマッカーサーが神様だと言う矛盾。

そこには道理も仁義もない。

「信用していた奴や友達に裏切られて、頭にきてぶっ殺したくもなる」
 
それほど人間関係というのは、もろく、また信用のおけないもの。
 
 
では、どうすればいいのか?という答えに。
 
「花鳥風月」だと言った。
 
つまり自然を愛で、自然の中に幸福を見出す
ようにすることが最善だという。
 
「だから僕は虫取りやってんだよ」
 
「この国でなぜ年々うつ病が増加し、心療内科が儲かるのか?」
 
「だから僕は、都市で働く人は年に3ヶ月間は田舎の農村に行って
雑草刈ったり、畑仕事手伝ったり、木を間伐したりしてくればいいと思っている。
そうすりゃ、ぜったいにうつ病なんて、ならない。僕はこれを真剣に法律化して
ほしいと思って活動してるよ。」
 
「君ら学生はまだ若いから、体が健康だから何とも思わないが、
いずれ人間は年をとる、そしたら良くわかる。」
 
ありとあらゆる物質がすぐに手に入る
冷暖房都市環境の中では、
人間は生きれることが当たり前になりそこに手を抜ける。
 
その余ったエネルギーや退屈したエネルギーは、
やがて自分の周りの人間関係をも、リモコンのように
設定したくなるのは人間の道理だろう。
 
衣食住すべてが手に入ると人間が向かう先が、
人間調節だというのは皮肉な話だ。
 
携帯でいつでもどこでも、人間関係がつながっている
コミュニケーションがとれることで、完全に
誰かの人間の管理支配下に実は置かれている。
 
自分の師匠は携帯がなく、いつでも黒電話だが
まったく困っていない。
 
700年前は「月」を自然を愛でることができた
日本人が、四六時中携帯を眺めるとは
退化の極みだろう。
沼尻真一
 










 
 

 





徒然草18段 吉田兼好作/鉛筆1、2、3 沼尻真一

 [古文] 18段

人は、己れをつづまやかにし、奢り(おごり)を退けて、財(たから)を持たず、
世を貪らざらんぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるは稀なり。

唐土(もろこし)に許由(きょゆう)といひける人は、
さらに、身にしたがへる貯へ(たくわえ)もなくて、
水をも手して捧げて飲みけるを見て、
なりひさこといふ物を人の得させたりければ、
ある時、木の枝に懸けたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、
かしかましとて捨てつ。

また、手に掬びて(むすびて)ぞ水も飲みける。
いかばかり、心のうち涼しかりけん。
孫晨(そんしん)は、冬の月に衾(ふすま)なくて、
藁一束(わらひとたば)ありけるを、
夕べにはこれに臥し、朝(あした)には収めけり。

唐土のひとは、これをいみじと思へばこそ、
記し止めて世にも伝へけめ、これらの人は、語りも伝ふべからず。


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缶缶の中に大切に納められた
つないだ鉛筆や短くなった鉛筆を見せてもらったのは
確か、くるみの木の石村由起子さんだったように記憶している。

あのときに久しぶりに何かとても懐かしいものを感じた。

誰もが子供の頃のどこかの引き出しの中に
あった風景ではあったが、
それは
何かもったいないからという感覚ではなくて、
トンボもユニも関係無くなって
鉛筆1、2、3が、もう名前のようなものを持っていた。

沼尻真一