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多治見市意匠研究所、多治見工業専攻科 卒展/沼尻真一


卒展行きました。

毎年 様々な作品が見れます。


京都に住んでる四年間は見る事が

できませんでしたが、

ブランクがあるだけ

変化を実感できました。


VRや3D全盛時代の中で

プラスチックやカーボンの

美しさとは違う

土や磁土で作る意義を

考えさせられました。


土をデジタル表現しても

違うでしょうし。


だから面白いのかも知れません。

























"Gran Torino End Theme
















https://youtu.be/q0lnZbtJ99M








君の名は。/沼尻真一




新海誠監督の「君の名は。」

まったく新しい映画でした。


https://youtu.be/PDSkFeMVNFs


岐阜も有名になりました。

多治見に住んでいる間に、

聖地巡礼をしてみたいです。


http://astral01.hatenablog.com/entry/2016/09/05/031201


http://blog.esuteru.com/archives/20016050.html

















花びら餅は、何の花びらですか?ごぼうの由来・茶道初釜・京都 川端道喜/沼尻真一

※写真は川端道喜 葩餅 京都和菓子.com


初釜の時期ですね〜。


先日は師匠の所でも

初釜があり、道喜さんの

花びら餅を頂きました。


干菓子は亀屋伊織さんでした。



社中の初釜で御家元と同じ、

こんな素晴らしいお菓子を

頂けるなんてほんまありがたいです。


元は一月元旦の宮中雑煮の

雉酒の具として使われてきたものが、

葩餅の起源との事です。


しかし、いま伝わっているものは

明治四年、六年に十二代道喜さんが東上し

作り方を宮中へ伝えたものとの事。


だから、道喜さんの

花びら餅は貴重なんですね。


ちなみに 道喜さんでは

「花びら」餅ではなく

「葩餅」 と表記しています。


ちなみに「葩」意味は

はな。ぱっとさいたはな。

白いはな。はなやかなさま。

あざやかなさま。



https://www.daitakuji.jp/2014/04/22/花-か-華-そして-葩-の字-散華/?mobile=1




宮中という事で思い出したのですが、


今上天皇が来年

平成31年4月30日譲位した後は、


ぜひ京都へお戻り下さい!


と、京都を上げて大々的に

やってましたけど、

もう一向に聞かなくなってしまいました。


明治になってな〜

天皇さんはちょっと東京へ

出張中なんや!


という話を

京都に住んでる頃は

良く聞いていましたから、


仕事が終わり隠居しても

京都には戻らないなんて〜


一大事!

あの話も無くなりますわ。


また日本の首都論争もこれで

終止符が打たれましたね。


まあ生まれも育ちも東京ですし。


話を元に戻して、


正月初釜には大変にありがたい


花びら餅って、ところで


何の花びらですか?


1さくら

2もも

3うめ


正解は一番↓に



禁中年中行事を示した

「御定式御用品雛形」という絵巻物には、


白い葩12枚、その上に

紅の菱餅12枚、それと押し味噌、

竹皮で包んだ飴等々とまじり

年魚つまり鮎を二匹この

菱葩の上に並べてあります。


四季草という本には

「餅は魚物一色付ければ

一献初献の肴となる」


つまり餅も酒の肴になる!

ゆえに宮中元旦の雉酒の肴に

なっていたという事なんです。


「鮎」は宮中ではおめでたいもので、

保津川、大堰川、桂川から「鮎」が

よく宮中へ入ってきたようです。


・なぜ、鮎はめでたいか?

http://numajiri.jugem.jp/?eid=799


いまはこの二匹の鮎がゴボウに変わり、

全国に花びら餅が広まりました。


ちなみにこのゴボウは

京都だから堀川ゴボウではなく、

大味でない、埼玉入間のゴボウを

当時は使われていたそうです。


狭い日本の地産地消なんて

意味が無いですね〜


多治見にも正月から

大きな手製の看板に赤文字で

「花びら餅」と、書いてありました!



自分の多治見の窯場の周りには3軒も

歩ける場所に和菓子屋さんがあり、

大変有難いです。


故郷つくばには1軒も和菓子屋さんが

無いので、街としては大きくなりましたが、

文化的には本当寂しいですね。


でもこんな歴史を知って

花びら餅をいただくと、

有り難さと、美味しさが違ってきますね。


ぜひ茶道をしていない方でも

一度近くのお店の花びら餅を

食べてみてください!


最後になりますが、改めて

御粽司15代川端道喜さんの記録に感謝です。


沼尻真一


正解は、3うめ です。



・結び柳って、何で結ぶのですか?





























茶道教室の選び方/沼尻真一

阿部宗正先生と


新年に

これから茶道を始めて

みたいな〜と

思っている方に向けて

私の分かる範囲で

書いてみたいと思います。


茶道教室って本当に

沢山ありますね。


しかし、どこで習ったら

いいか全く分からない、

初心者には全く

ミステリーの世界だと思います。


一度踏み入れたら二度と抜けれない、

そんな怖いイメージもありませんか。


茶道の先生になりたいと思う方は別として、


茶道を学び、日本人として

生活の中にも役立てて

いきたいと思うような方に向けて、

書いてみます。


※あくまで私見ですので、あしからず


⚫いきなり結論


1,点前の稽古だけでなく、和歌や歳時記を

教えてくれる教室


点前も大切ですが、それ以上に

日本文化を網羅した、茶の湯の

総合的な魅力を現代の暮らしの中や、

心へ伝えてもらった方が

よほど役に立ちます。


※和菓子、懐石作りを教えてくれる

先生もいます。


2,京都市内に住んでいた事がある、

住んでいる

又は京都市内出身の先生に学びたい


茶の湯は京都の歴史や文化に

育まれているからです。


想像では妄想するだけですし、

実際私も京都には4年間住みましたが、

観光で行く京都と、暮らす京都は

まったく180度違います。


観光で京都へ1000回行っても分かりません。


3,茶事を経験している、または

実践してる先生に学びたい


全て茶事から派生しています。


4,ヒステリック、あるいは

単に厳しくない教室


ヒステリックに怒られても、

身に付きませんし、長続きしません。


何だか叱られるのが「道」の

修行だと思う真面目な方や、

道だ道だと叱る叱られるのが

好きな方が多い気がします。


しかし、本来の茶道は

躾教室でもマナー教室でもありません。


躾は親がするべきものです。


家事でも仕事でも、

日常生活はもう十分「道」ですから、

茶の中に求めなくていいでしょう。


また性格や根性までは、

茶道では治りませんし。


しかし、先生になりたい方には

厳しさは必要だと思います。


5,男女バランスよく生徒/弟子がいる


老若男女いる教室の方が

多様に学べるからです。


6,稽古場が綺麗、環境が良い


気持ち良く学び、ゆっくり味わいたいです。

白足袋が汚れない方が…。

大小関係なく庭もあると嬉しいです。



7,稽古日にちゃんと室礼をしている教室


先生の実践を見て、参考になるからです。

ここに気を使える先生は

水屋/稽古場のバックヤードにも

季節の道具の取り合わせが

できてるはずです。


8,先生が着物で稽古している


着物は見栄でなく、

着物を着て点前をしないと実は

分からない事ばかりなんです。


それに先生から着物の着方も学べて

一石二鳥です。


9,先生の有名、偉いは二の次・三の次


確かに有名、偉い先生は実績がある方

ばかりですが、やはり教室の適度な人数、

その先生の方針や和みある雰囲気を

最重視したいです。


流派が同じなら同じ事を学べるとは

限りません。先生が誰にどこで

茶の湯を学んで来たのか?

若いベテラン関係無く

経歴は非常に大切です。


また会社組織で行っていない、

おうちで稽古の方が私は好みです。

生活芸術ですから…


10,複数選んで稽古場見学に行ってみる


比較したら分かりやすいです。


以上


小中高、または自動車教習所のように

茶道を教えるのに、マニュアルが

あるわけではないので、

やはり各教室の方針や雰囲気が

一番大切だと思います。


なので自分だったらこんな稽古場に

行ってみたいな〜

と思う項目を挙げてみました。


新年に

誰かの

小さな一歩になれば幸いです。


沼尻真一















































謹賀新年 平成三十年 戊戌/沼尻真一


新年、明けましておめでとうございます。


移動中の新幹線から

正月の富士山を撮りました。

富士山は本当にキレイですね〜


今年は早くから車の渋滞が

始まっていました。


やっぱりこんな混雑する

寒い年末年始の日本ではなく

暖かい場所で制作したいな〜なんて

数年前から思っています。


早いもので、

あっという間に

一年が過ぎてしまいます。


今年はどんな年になるんだろうな〜

と考えてみれば、


やはり今年は

陶芸作品はもちろん、

茶の湯や他の出版物もまとめて皆さんに

見て頂けるような年にしたいと

思っています。


宜しくお願い申し上げます。


初釜の時期ですね〜


沼尻真一






























安藤忠雄の十字架/沼尻真一



安藤忠雄さんの才能と、

それを求めるクライアントが

世界中にいて、見るものを圧倒する

建築が生まれるなんて

本当に素晴らしいです。


直島地中美術館も

心が洗われるような

プロジェクトでした。


・直島・小豆島の旅

http://numajiri.jugem.jp/?eid=16




瀬戸内アートプロジェクトのように、

建築・アート・デザイン・工芸が融合し

全国の地域に広がれば

日本はもっと楽しくなりそうです。



http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1616-7










永遠のフェニックス誕生/沼尻真一

先日、新宿柿傳にて

長谷川宗佳さんの半白茶会が開かれました。


今回私達はその寄付の室礼を依頼され

制作致しました。


先日京都の光悦会でご一緒した際に

改めて、

長谷川さんに今までの歩みを

お聴きする中から、

一つのイメージが生まれ

海老澤宗香さんに

まずは途中まで

描いて頂きました。


そして皆で当日完成したのが

こちらの白いフェニックスです。



あえて新聞紙を表具し、

その上にフェニックスを

描いて頂きました!


これは茶室の襖や腰貼りに

反古紙を用いて

侘びを演出する茶の湯の

伝統に倣ったものです。


身近で安価な物を見立て、

崇高な美を生み出す手法は

利休様が高価な唐物から

身近な竹を用いた事が

起源となっています。


それを今回は、

長谷川さんの誕生日

1967年12月4日当日の

新聞を反古紙に見立て、

その日常的な物の上に、

長谷川さんの人生を

イメージしたフェニックス

を描いて頂きました。



半白という50年の記念すべき茶会が

こんなに多くの方々に祝福されて

できる方は本当に珍しいと思います。


お世辞抜きに

誰に対しても思いやりある言動ができる、

長谷川さんのお人柄だとつくづく思います。


おこがましくてすみませんが、

つまり茶道なんかしなくても

すでに人格として

成就されてる方なんです。



それは自分が楽しい経験、

苦しい経験を沢山されて来たことを、

ちゃんと周りの方々に寄り添いながら、

しかし黎明へと導ける方だからと、

自分は感じています。


普通は寄り添う事もできませんから。


まぁこんな長谷川さんなので、

自分達だけで筆を納めるのではなく、

社中を含め参加者全員の80名以上の

方々に飛翔する羽を描いて

頂き、

フェニックスは完成致しました!



琴の生田流 大師範の

田中先生からは、

結婚式とかいろんな場所で

この趣向使えるじゃないですか!


と、同じく伝統芸能を嗜む方から

誉めて頂き、

感激しました‼



僕が生まれ育った谷田部町では

年末になると、

どろ市という/だるま市が開かれています。


幼少の頃、政治家をしていた祖父は

当選の度に、大きな達磨に目を描いて

ました。


本来の茶道は禅と密接に

関連しています。

開眼するという事は、

命を吹き込み、またそれが

持続するようにという

民の願いが込められています。


結婚式ならお二人の干支を

誂えるも良し、ぜひトライしたい方は

おすすめです。

一気にハレの日のパワーを

封入できますし。


そんなこんな一日が

師走にありました。


日本の伝統美をいまの美に

捉えるお役にたてたら幸いです‼


沼尻真一














ミルボール知ってます?



磁器玉


なんて名前よりミルボールにしました。


やっと新しい作品の為の釉薬試験。



新鮮な牛乳が入ってそうな

こんな入れもので撹拌します。


釉薬により、時間を変えます。


陶芸って力や筋肉いりますか?

なんて聞かれますが、


このポットミルで30キロ以上あるんで、

しかも持ち手無し。


できたら、一気に逆さまにしてあけて、

さらに水を加えて、残りを出しますから


茶道の釜の清めの50倍は

重いと思います。


















岡本太郎の茶の湯/沼尻真一


大徳寺で開かれた茶の研究会で、

一人の男性が


「茶はどんな恰好して飲んでもよいではないか、形にとらわれるのは無意味だ。」


その発言者こそ誰あろう

すでに名声を得ていた

岡本太郎氏だったという

昔話です。


なぜか?


歌舞伎の所作には

自由を追及せずに、


なぜ、茶の湯になると


「利休だって自由だったろ」

「だから茶碗なんて

自由に作ればいいんだよ」とか

「勝手に自由に茶をやればいいんだよ」

という声に変わるのでしょうか?



この

岡本太郎氏の発言に

明確に答えられる方こそ


一番大切な

茶の湯の本質を見極め、

さらに創造できる方だと

私は思います。


だから茶の湯を体験しただけ、

点前の稽古だけでは

茶の湯の本質が

分からないんだと思います。