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炉開き、亥の子餅、ぜんざい、口切りの茶事、さんべ/沼尻宗真

 

11月になると、

 

茶の湯では「炉開き」が行われます。


江戸時代の記録にもあるように


炬燵開き

 

炉開きの日が

 


「亥の月の亥の日」と

 

 

決まっていました。

 



第一亥の日が武家


第二亥の日が町人

ちなみに


2017年平成29年の


第一亥の月亥の日 11月8日 


第二亥の月亥の日  11月20日 

 

 

陰陽五行では、

亥は「水性の陰」として

とらえられるため、

火に勝つとされていることから、

 

亥の日の亥(イノシシ)は、

火(火難)を免れるという

信仰が生まれました。


そこから亥の月の亥の日に

火(暖房器具)を使い始めれば、
その冬は火事にならないと

信じられてきました。




亥の重なる亥の日は

 

「玄猪(げんちょ)」

 

と呼ばれ、唐の風習が伝り
『古今要覽稿』では、

貞觀(859-877)以前としている。

形状は不明確ながら、

豕(中国では猪は豚のこと)形の
7種の餅を作ったようです。


宮中では平安〜明治三年まで
行われていたようです。

多産である猪(亥)にあやかり、

子孫繁栄を願い


大豆、小豆、大角豆、胡麻、

栗、柿、糖の7種の粉、新米で

 

『亥の子餅』

 

を餅を作り食べて祝ったそうです。

 

 

摂津能勢の村人達より『亥の子餅』や小豆や
農作物が明治3年まで京の禁裏へ

献上されていたという記録があるそうです。

 

なぜ摂津能勢村から献上されるのかは、

応神天皇が皇太子の時に、

猪に危難を救われた事が起源との事です。

 

非常に似た話は、

国魚となっている

 

      「鮎」

 

にもあります。

 


ちなみに平安時代に書かれた

 

源氏物語の若紫の段に


『その夜さり、亥の子餅参らせたり

 かかる御思いのほどなれば 

  ことことしき さまにあらで
  こなたばかりに をかしげなる
  檜破籠などばかりを』

訳:その夜のこと、(館のものが)

亥の子餅を御前に差し上げた。

このような(葵の上の)喪中の
ことであるから儀式ばらず、

こちら(紫の上)だけに
美しい檜破籠(ひわりご)に入れられて)。

つまり平安時代は結婚するものは、

三日間女性の下へ通い


三日目に、三日夜餅みかよのもちい

といい紅白の餅を用いるるのが

慣わしであったが、葵の上の喪中でもあり
光源氏が亥の子餅を

紫の上に贈ったと書かれています。

下賜される亥の子餅は身分により異なる紙


(大高檀紙・小高檀紙・杉原紙)で包んで、


小さな角型の折敷にのせ、水引で結ぶ。


(『禁中近代年中行事』は引合紙・

大奉書・杉原紙)。

 


包みの中には、

 

一の亥は菊としのぶ、


ニの亥は紅葉としのぶ、


三の亥は鴨脚イチョウとしのぶを入れる。

また、鴨脚の葉に下賜する人の名を書いて、
包み紙に差し挟む。

 

餅の色は三色、 


公卿は黒白品々、


殿上人は赤、

 

五位殿上人以下は白、


子供は赤、

 

地下は白、


禁中の女性の上臈は黒、中臈は赤、

下臈は白である。


黒は黒胡麻で和える、

赤は小豆の汁で色を付けるとあります。

以後鎌倉〜江戸幕府まで

それぞれ形を変えながら
続けられていきました。

茶人は

 

仁清の「玄猪包香合」や

 

裏千家八代家元一燈の「臼水指」

 

などが知られています。

現在では、猪を祀る京都 護王神社で、

11月1日午後5時より

亥子祭(いのこさい)が斎行されています。


亥子祭は、平安時代の宮中で行われていた

年中行事「御玄」を再現し、

「亥の子餅」をつくり振舞われています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「亥の子餅」の説明だけでも

 

 

 

かなり

 

 

時間を要しましたが、


茶の湯をする人にとって

 

最も重要なのは、

 


なぜ「開炉の時期」に

    「茶人の正月」と言われているのか?

 

 

 

なぜ「口切」なのか?

 

 


なぜ「善哉ぜんざい」が振舞われるか?

 

 


なぜ「三部さんべ」が目出度いのか?

 

 

 

が疑問ではないでしょうか?

 

 

この疑問に迫ってみたいと思います。

 

 

 

⬛なぜ「開炉の時期」に

「茶人の正月」と言われているのか?

 

古代中国の周暦が旧暦11月を

冬至を含む、子の月として、

そこを正月にしたからと言われています。

64卦で、亥の月はつまり年末のような

イメージで太陰となり陰が極まり、

冬至を持って、子の月が正月となり、

初めて 陽の卦が一つ入ってきます。

つまり


これこそが一つの陽の卦が復活してきたという

 

事で

 

 

 

「一陽来復」

 

 

 

という言葉になります。


故に11月の開炉の時期を指して、

 

 

「茶人の正月」

 

 

と言われていますが、

太陰から陽の気が復活しためでたい

めでたい

11月ですから、茶人だけでなく

 

 

「国民の正月」

 

 

 

でも良いぐらいですね。 

 

だから11月は元気にめでたく行きましょう!

 


⬛「口切の茶事」は合わせて行うの?


宇治茶の茶摘が5月初旬として、

 

そこから半年間
まず抹茶の製造過程からすれば、


蒸して、乾かして、荒茶となり、


茎や不要な部分を取り除いて、
石臼で挽く段階まで来た

お茶の名として碾茶となり、


この碾茶の状態で、

茶壷などに入れられ半年間
冷暗所に寝かせ熟成させたものを、


開炉の正月祝いに合わせた

「新抹茶」として
お披露目されるということです。

 

「口切の茶事」と一言われますが、

 

床に荘れる名物の壷があり、

そして茶室内の畳や障子

露地の四つ目垣など

 

すべての物を新調して

 

黒紋付五つ紋で臨むべき

最高に格の高い茶事なのです。

 

ゆえに50年も60年も茶の湯を

 

している先達の方々でも、

 

 

人生に一度あるかないかの

茶事と教えて頂きました。

 

だから稽古を行うには良いですが、

この格のある茶壺と

全て新調して望む必要があります。

 

 

 

もう一つ大切なことは、

 

夏口切もあるぐらいですから、

 

開炉と口切はまったく

 

 

関連していない、

 

 

 

という事です。

  

また実際には、

 

石臼で人数分の濃茶、まして薄茶の

 

量をひくのは、かなりの忍耐と

 

ロマンが必要です。

 

 

⬛なぜ善哉が振る舞われるのか?

 

また良く、善哉が開炉の時期に

社中の先生に
振舞われたりします。

 

これも先の宮中行事の
亥の子餅が下賜される意味と、まったく同じです!

 

亥の月日が
陰であるのに対して、

 

小豆 陽のものを
頂き、陰陽の和合を図っているという事です。

 

これは名越の祓え、水無月にも通じ

ますね。

 

 

 

⬛ベベべの三べに意味あります?

織部、伊部、瓢ふくべ =三べはめでたい?

 

 

美濃の焼き物やなので、

 

織部焼きを用いて頂くのは

大変ありがたいのですが、


お茶では大変に良く聞く 

べべべのさんべでですが、

 

一生懸命、揃える方もいますが、


茶人の洒落た言葉遊びです!

 

茶の湯 口切 さんべ 等検索すると、

時代劇や呪術の

ような言葉がネットで

飛びかって

いますが、

先達の方々が行ってきた

 

ちゃんと意味がわかれば

 

抽象的な言葉である、

風習や

仕来り、慣わし?なんて言葉も

いりません。

呪いもありませんから大丈夫です!

茶の湯の先生方も魔法使いでは

ないですし、


 


冬至にかぼちゃ南瓜を食べるように。


「ん」のつくものを食べると

「運」が呼びこめるといわれています。


「なんきんーかぼちゃ」「れんこん」「にんじん」「ぎんなん」
「きんかん」「かんてん」「うんどん(うどん)」を
冬至の七種(ななくさ)と言う「ん」のつくものを
「運盛り」といい、縁起をかついでいたのと
同じ発想です。

 

なので、

ベベベの呪縛から

自由に解き放れて

自分なりの楽しい言葉遊びを

創ってお茶を楽しみましょう!

 

言葉にしても、物にしてもやり方にしても、

古いものをなぞってばかりでなく

それを基として、

じゃ 自分だったらどうしようと

創作してみる。

 

それが唐物から身近な竹を用いた利休大居士の

茶の湯の本質を知るきっかけになるかも

知れませんね。

 

 

あなたがもし、利休様だったら

 

どうしますか?

 

という恩師の言葉を忘れられません。

 

沼尻宗真

 

 

⬛京都 茶事ー前礼・後礼の本当の意義/沼尻真一

 

⬛陶芸家 細川護煕さん不東庵を訪ねる・第79代内閣総理大臣/沼尻真一

 

⬛京都 ハーバード大生の「夜咄茶事」/「自給の茶」の在り方を問うー沼尻真一

 

⬛椿胤 − 沼尻真一

 

⬛茶の湯のカネ割りー「易経」「南方録」/沼尻真一

 

徒然草21段 吉田兼好作/バカの壁 養老孟司/沼尻真一


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


多治見、夏の終わり


今年の夏は多治見らしい暑さが


なくて残念でした。


来年は日本一熱い街を奪還して


欲しいです。



38℃を越えると、駅前に


うなガッパが現れて、ウチワもらえます❗















この世界の片隅に/沼尻真一


終戦記念日も近いので、

この映画を見ました。


評判通り、

これまでの戦争映画を見終わった

ような感情は生まれませんでした。

また違った感覚でした。


きっと、

ボロボロになりながら友達と

回し読みした「はだしのゲン」や、

「蛍の墓」さえ知らない世代には、

新しい基準になる映画だと思います。


ただ、帝国陸軍へ出征していた祖父や、

家を守った祖母から聞かされた話が

自分にはあまりにリアルで印象深く、

殺伐とした中に必死に生きた

戦争の時代というイメージの中に、


人間的で優しいトリミングが

多い事には、正直自分の中に

違和感を覚えました。


もし、

逆にあのネガティブで

リアルで残酷な話ばかりでまとめたら、

映画にもならないんだろうな〜と。


戦時中も大変、

しかし戦後はもっと大変。

混乱期にGHQによる強制農地解放の話を

多くの方から良く聞きました。


やはり戦争にはルールが無いと思います。

どんな手を使っても、残念ながら

戦勝国に正義は生まれてしまうと思います。


今はこのように、

ゆっくり映画も見れる時代で、

本当に良かったです。


あらためて日本を守り

築いてくれた先達の方々に

感謝するだけです。


沼尻真一


















夏の甲子園、茨城準々決勝で常総学院惜敗/沼尻真一


全国ニュースにも残念ながら、

常総学院が茨城準々決勝で負けた事が

取り上げられていました。

試合はラジコで聞きましたが、

完全に勝てた試合に感じたので

残念でした。


しかし、ベストを尽くした選手には

本当にお疲れ様でした。

試合内容は、

もちろん素人が
戦術を言ってもあれなんですが、

今回は戦術を?考えさせられました。

毎回の毎回の
残塁も多かったな〜、

ここでバント?

ここでピッチャー交代?

このピンチに、
スリーボールから一球待たないの?

?がいっぱいでした。

振り返れば名将、

木内監督率いる取手二高が、
県立にもかかわらず、

あの桑田、清原のPL学園を

決勝で破って、夏の甲子園で
優勝した感動は茨城では、もはや伝説です。

その後、常総学院の監督となり

ダルビッシュ有選手などを破り、

春・夏の甲子園優勝と

素晴らしい実績を残し

高校野球常連校として導きました。

現在監督の佐々木監督は

取手二高優勝時代の教え子です。

昨年から感じてたんですが、

もう昔の高校野球じゃないな〜と思います。

春夏連覇とか以前はあまり、

ありませんでしたから。

どんなに優秀な選手を揃えても、

どんなチームや選手に育成するのか?


方針次第で3年後には

まったく違う結果になるんだな〜と。

今年春夏連覇を狙う
大阪桐蔭の選手や、


昨夏、常総と対戦した
秀岳館の選手を見たら、
そりゃ体格が全然違いますよ。

もう監督の奇策とか
気合いと根性だけじゃないですね、

150キロ超え当たり前の時代です。

柔道、野球、ラグビーの
トレーニング内容も、
もろもろガラッと変わりました。

今年の春に、

日ハムの大谷選手のトレーニングを

隣で見た時にも、目的に合わせた

トレーニング内容が大事な時代に

やっと日本もなってきたんだな〜と

感じました。

きっと高校野球も過渡期なんですね。

























京都・祇園祭 八坂神社の茶会・祇園万亭、一力/沼尻真一

2017の祇園祭も晴れましたね。

ニュースで見ました。

 

 

※記事はリブログです。

 

毎年7月16日宵山には、京都八坂神社にて

表千家、裏千家の

御家元が交互に献茶式を奉仕されます。

 

今年は、表千家です。

 

 

数多くの茶席がありましたが、

万亭の席に入らせて頂きました。

 

 

沼尻真一

 

 

誰もが、花見小路で見かけた事がある

この紅殻壁ですが、「万亭」正式な屋号ですが、

皆さんよく一力と呼んでいます。

 

歌舞伎の赤穂四十七士をいろは仮名に例えた

「仮名手本忠臣蔵」にも登場する「一力」という

名前が有名になったことが由来のようです。

万という字を崩して、一力とも言われています。

 

つまり幕末には大石蔵之助が利用されていた
 ようで、今でも命日の三月二十日には

大石忌が一力にて催されています。

 

この一力、赤穂浅野家

意外にも郷里茨城県と

深い関わりがあるんですよ。

 

実は赤穂浪士のうち

赤穂(播磨国赤穂郡)出身者は

大石良雄を含めて半数程度で、

次いで多いのが

常陸国、茨城県の真壁(真壁郡)や

笠間(茨城郡)の出身者なんですよ。

 

赤穂浅野氏の家臣団の中心は、正保2年(1645年)に浅野長直(長矩の祖父)が

赤穂に転封される以前は

真壁藩・笠間藩時代に

形成されていたからです。




つまり赤穂浪士の

吉田兼亮・小野寺秀和・堀部金丸など

高齢者の浪士は茨城県生まれが多いそうです。

茨城県笠間には
大石内蔵助の祖父で、笠間藩家老だった

大石良欽(よしたか)の邸宅跡が残ります。

その後、赤穂へ移って57年後に

浪士の討ち入り事件が起こります。

 

そんな同郷の先達赤穂浪士を知り、

一力を訪れるのも感慨深いです。

 

※茨城県から来た修学旅行生達も

  一力必見ですね。

 

 

待合

 

 

 

あやかれや 長刀鉾の 鬮とらず   

        如心斎の句、即中斎筆

 

 

つねに山鉾巡行の一番手を担っている

長刀鉾の重責にあやかりたいという

御家元の句ではないでしょうか。

 

 

祇園祭には、ヒオウギという植物が必ず飾られます。

扇状の葉を持つことからヒオウギ(檜扇)。

古代、ヒオウギで悪霊退散したことから厄除けの花として

飾られるようになりました。

 

 

 

本席

而妙斎御家元筆

祇園守槿、七宝唐舟

 

 

水指の摘みは長刀鉾ですが、

この長刀の刃を御所に向けるのは

失礼という事で、取り外しが

可能になっています!

        当代永楽造

 

 

お運びは祇園の舞妓さん、引きは旦那衆が

していただける華やかさ。

 

舞妓さんの裾さばきの美しさに驚きます。

袴でさえ危ういのに。

 

やはり厳しい稽古あっての舞妓さんです。

 

建築は鴨居の上に長押がまわる典型的な

書院造で、木の部分を全て漆を塗り漆黒に

している点が、紅殻壁と合うなと感じました。

 

 

長刀鉾 宵山 2016

 

今年の祇園祭りは快晴でした。

 

沼尻真一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いばら ぎ じゃなく いばら き/沼尻真一


京都でも、名古屋でも


茨城出身ですというと!


あっ ひょっこ見てますよ!と

よく言われます。


が、


??? ? 銘菓ひよこか?


テレビを

かれこれ、まる10年見てないので

まったく分かりませんでした。


だからNHKの方も来ません。


調べると


NHK連続テレビ小説「ひよっこ」

ヒロイン・谷田部みね子


らしく、


名前まで、


谷田部か〜


つくば市に合併する前は、

谷田部町でしたから、


確かに谷田部さんっていますが、

つくばには少ないですね。


しかも、ヒロインの方は

相当に訛りがあるらしく?


いばら ぎ でしょ、とも良く言われます。


もちろん訂正しないんですが、


名古屋や京都では、


今でもいばら ぎ は 


ひょっこのイメージらしく、


ちゃんと知ってもらえたらいいな〜


とは思いました。












骨董品を知ればお茶がわかる?/沼尻真一


骨董品巡り楽しいですよね。


以前も話しましたが、


小5の頃に土器クラブを作って


町の歴史なんかの本を参考に、


まだ発掘調査されてない古墳を


賊として発掘しました。


発掘した土器は、大事に置いといたつもりが


ばあちゃんに、植木鉢のかけらだと思われ


庭にバラバラに撒かれてから、


やる気が失せました。


こんな話ではなく、


お茶をされている方は陶器好きな方と、


全く興味無い方に分かれますよね。


自分も土器から陶器が好きでしたから、


骨董品も好きでしたが、


お茶をするようになってから、


逆にあまり興味がなくなりました。


一通り見ると大枠同じに見えてしまう


からかも知れません。


また


骨董品の知識やウンチクがある事は素晴らし


いんですが、所持者以上に知識のある人も


いないですし、


できればその所持者の方の思い入れの方に


自分はとても興味があり、だから


お茶も好きです。



今は誰もが、その気になれば


一流の骨董品を目にする機会が


多くありますよね。



まだ見た事の無い気配や、雰囲気を


新旧かかわらず見てみたいと思っています。








日本陶芸展茶会・茶道ワークショップ開催のお知らせ・茨城県陶芸美術館/沼尻真一

 

東京国立博物館の「茶の湯」展は20万人以上を突破し、大盛況のうちに閉幕されました。


茶道関係者だけでなく、国内外の多くの方々が茶の湯に興味を持たれているようです。

 

中でも自分は、出山釈迦図が見られた事に

一番感銘を受けました。

 

 

いっぽう私達も今年は1月〜3月まで、

郷里、茨城県陶芸美術館で開催された

「現代の茶陶展」にあわせ、

笠間の海老澤宗香さんと共に、

茶会や茶道ワークショップを開催

させて頂きました。

 

 

毎回たくさんの方々に参加頂き

本当にありがとうございました。

 

そして今回、また新たな活動として

 

海老澤宗香社中では、

 

 

 

⚫日本陶芸展 茶会開催

 

  in 茨城県陶芸美術館

 

 

伝統ある日本陶芸展のなかで、

席主である海老澤宗香さんの、

アートワークが非常に楽しみな茶会と

なります。

 

【日時】

7月15日(土)

8月19日(土)

 

10:00〜/10:45〜/11:30〜/

13:00〜/13:45〜/14:30〜/15:15〜

 

【定員】

各席 10名程度 (先着80名)

椅子席を多くご用意しております

 

【料金】

500円

 

【席主】

海老澤 宗香

 

茨城県陶芸美術館にてご予約承ります

TEL:0296-70-0011 先行予約受付中

 

 

 

 

⚫3回完結・茶道のきほん講座

        〜飲んで点てて知る〜

 

 

海老澤宗香さんによる、

茶道3回完結ワークショップが開催されます。

 

やりっぱなしのワークショップではなく、

前回開催致しました

 

世界初「侘びを体感するワークショップ」をフォローし、

 

さらに一歩進めた講座となっています。

 

初心者の方、男女一般、学生の方を

対象としています。

この機会に真の茶の湯の楽しさを、

ぜひ体感してください。

 

 茨城県陶芸美術館にてご予約承っております

TEL:0296-70-0011 先行予約受付中

 

 【日時】

毎月第4日曜日(12月のみ第3日曜日)

10時〜11時

 

第一回生は、7/23(日)スタート

 

【場所】

茨城県陶芸美術館内 講義室

(茨城県笠間市笠間2345)

 

【受講費】

3000円(3回講座分)

 

【定員】

1クラス定員10名

 

【講師】

海老澤 宗香

 

※詳しくは、海老澤宗香サイトにて

 

【講座内容】

全講座 椅子席での受講です

3回で茶の湯の歴史から、茶会参加の知識、

自宅で楽しむ抹茶まで網羅されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


多治見のペットは、まもる君。/沼尻真一


こんなに大きく開く

5本のかわいい指が魅力的。


いつも、消し忘れた電気のもとに

駆けつけて、家を守ってくれているので

ありがたや。


関東じゃ見たことなかったから、

最初は、びっくりしたけど

もう長い付き合いです。



まもる君です。










京都・夏越の祓えと和菓子、水無月/沼尻真一


 


風そよぐならの小川の夕暮は
    

みそぎぞ夏のしるしなりける

 

     従二位家隆 九八
 

 

 

藤原定家と並び称された藤原家隆73歳の和歌です。


 
ならの小川こそ、上賀茂神社境内を流れる御手洗川です。
 
「ならの小川」と聞いて、奈良の川と勘違いしそうですが
このならは、楢の葉をそよがせている様子を表して
います。
 
旧暦で行われた夏越の祓えは、すでに秋の気配が
感じられていたようです。

 


 

 
 
6月末日に行われる
 
半年に一度の厄落としの「夏越の祓え」
 
12月末日に行われる「年越しの祓え」
 
対の祓えですが、特に梅雨の時期に
古に疫病が流行した事もあり
特に「夏越の祓え」は広く
京都を中心に行われています。

 


 
厄落としには

 

 


 
・カヤで編まれた「茅の輪くぐり」をします。
 
「水無月の夏越の祓する人は 千歳の命延ぶといふなり」と
 
唱えながら8の字を描くように三度くぐりぬけます。

 

 


 
・「人形を流して厄落とし」
 
人の形をした形代かたしろに、罪や穢れを移し、
身代わりとして神社に納め、水や火の神事で清め
厄を落とします。
 
 
ちなみに茅の輪くぐりは、
 
日本神話が基になっており
 
二人の兄弟の所に
一人の旅人が宿を求めた際、
 
・裕福な兄は冷たく断り
 
・貧しい弟の蘇民将来は温かくもてなしたそうです。
 
実はこの旅人はスサノオノミコトであり
数年後その恩返しにと、蘇民の家を訪れ
その教えに従って、茅の輪を腰に付けたところ
疫病から逃れられ、子々孫々まで繁栄したと
いうことです。
 
この故事に基づき、京都の家々の玄関には
「蘇民将来札」という厄除けの札を
良く見受けられます。

 


 
祇園祭の各山や鉾で配られる粽札が
よく知られています。
 
京都の家々の玄関に飾ってある、
あの粽はよく腐らないな〜なんて疑問を
持っている人もいますね。
 
そしてもう一つ忘れてならないのが、
 
和菓子「水無月」を食べる事です!

 


 

 

お茶をしている人は、お稽古などで水無月を
すでに食した人も多いと思います。
 
京都市内では和菓子組合の宣伝カーが出動し
 
「皆さん、京は夏越の祓え 水無月を食べる日です!」と
 
宣伝していました。


関東はもちろん、

京都以外では見られない光景ですね。
 
それこそ、あちこちにある和菓子屋さんの軒先には
様々な水無月が並びます。
 
この和菓子水無月なんですが、
 
三角形の葛やウイロウの上に、
小豆が散りばめられた和菓子です。
 
 
旧暦6月1日は「氷の朔日」とも「氷の節句」
というものが宮中では行われておりました。
 
冬にできた氷を山間部の氷室で保存し
真夏に氷を口にし
夏の健康を祈願したというものです。

 

御所の北を囲むように6箇所あったそうです。
 
1、仁和寺裏手の御室氷室
2、金閣寺西、衣笠氷室
3、西賀茂氷室神社、本氷室
4、北区氷室神社、西氷室
5、左京区花園橋、高野氷室
 
 
しかし氷は庶民にとっては高嶺の花。
 
そこで氷をかたどった、三角形の生地に
厄除けの小豆を散らした御菓子
水無月が作られたそうです。

 

これも皇室行事への、庶民のあやかり文化ですね。
 
鬼も赤、赤ちゃんも赤、還暦も赤、神社も赤
小豆も赤で、赤いものは古来より邪気を
祓う色とみなされていました。
 
京都の恩師に言わせると
 
今の水無月の菓子は、小豆がビッシリで
 
「アレはあかんから!」
 
節分のように
 
「ぱらっぱらっと撒いてなんぼ」だそうです。
 
確かにビッシリ小豆の方が、美味しそうですが。
 
頑なに「ぱらっぱらっ小豆」の水無月の
和菓子屋さんを見つけるのも

意味があります。

 

 

沼尻真一

 

◆SHINICHI NUMAJIRI INDEX

 

・利休忌と菜の花/沼尻真一

 

・炉開きと亥の子餅、口切の茶事の意味/沼尻真一

 

・京都・大覚寺 広沢の池 観月の夕べ /沼尻真一

 

・寂連と光悦の村雨 /沼尻真一

 

・多治見めしは、ひつまぶし/沼尻真一

 

・京都 五山の送り火/からけし けし炭 − 沼尻真一

 

・ライフスタイルショップのはかなさ 2012年/沼尻真一

 

・しら露と穏逸花/文屋朝康と千利休居士 − 沼尻真一

 

・茶の湯のカネ割りー「易経」「南方録」/沼尻真一

 

・100年後のつくばを世界遺産に登録する2014年 − 沼尻真一

 

・白洲正子の京都、平野屋鮎と茶の湯/沼尻真一