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光悦会・京都鷹ヶ峯・光悦寺第101回/沼尻宗真



 


 


光悦会に参加させて頂きました。


毎年秋に本阿弥光悦ゆかりの地、

京都鷹ヶ峯光悦寺にて

光悦会が開催されています。

 

今年は101回目という事で、

次世紀への第一歩という好機に

参加する事ができました。

 

 

まさに日本一の茶会に相応しい、

一流の美術品による洗練された道具組でした。

 

国宝・重文級の道具を

実際に手に取り拝見させて頂けました。


また末富さんなど、

一流の菓子匠がその場で作った主菓子が

振る舞われたりと、

そのもてなしに感銘を受けました。

 

 

 

またこの日を迎えるべく、

隅々まで考えつくされ、

手の行き届いた光悦寺の庭も

まさに一流の芸術品でした。

 


また美濃の陶芸家として、

どうしても伝えておきたい事があります。


それは、開炉の季節も関係していますが、

どの席にも必ず美濃桃山陶が

用いられていた事です。

 

美濃の先達が作った陶器が
この一流の茶会で

用いられていた事です。

 

 

いくら美濃で茶碗を作っていても、

茶の湯文化が育まれた

本場京都の茶の湯の中は見えません。

 

こんなに数多くの美濃焼が
茶の湯の大切な道具として

取り合わせられています。

 

この嬉しい現実を見て、
黄瀬戸、志野、織部など美濃焼全体が

もっと盛り上がっていけたらいいなと

感じました。

 

 

点心は瓢亭さんです。
 以前ご主人の高橋さんには出汁の取り方から、

ご飯の炊き方を教えて頂きました。


どの料理もしっとりコクのある旨味に

常のように感激しました。

 

このような素晴らしい茶会を

101年続けられている主催者の方々への

敬意と、参加の機会を与えて頂いた事に

感謝いたします。


沼尻宗真 

https://ameblo.jp/chazenichimi


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


茶道の常識・本当の京都を知る本/沼尻宗真

いまや京都は

日本はもちろん、
世界一の観光都市です。

お茶をしてはる人も京都が好き、
という方は多いと思います。

私も観光で何回も行ってた京都と、
実際に住んで暮らした京都は
180度違いました。

参加させてもらったり、
京都出身やなくても長く住めば
沢山良くして頂きました。


結局、観光に来て食事に行ってた所には

住んだら一度も行きません。


食べログみたいな、ヤラセは

金のムダです。



しかし、結論から言うと

京都は本当に厳しい街で
あることは事実だと思います。

なので、
本当の京都を知りたいなら
この本をオススメします。











五山送火・からけし、京都静かな甘味処/沼尻宗真


祇園祭も終わり京都の街も

落ち着きを取り戻すお盆の頃。


決まってタクシーの話題は

送火の話になります。


お客さんどちらからですか?


まず京都駅前のタクシーやったら

京都人か否か?の

選別作業が始まります。


京都には四年もおりましたが、

日本一酷いタクシー乗り場ですわ。


だから今は、京都スタートは向かいの

MK乗り場にしてます。



祇園祭も終わり京都の街も

落ち着きを取り戻すお盆の頃。


決まってタクシーの話題は

送火の話になります。


お客さんどちらからですか?

まず京都駅前のタクシーやったら

京都人か否か?の

選別作業が始まります。


京都には四年もおりましたが、

日本一酷いタクシー乗り場ですわ。


だから今は、京都スタートは向かいの

MK乗り場にしてます。


「あれ、お客さん

大文字焼きじゃないんですよ!」

運転手さんが、わが物顔で指摘してきます。


さっきから こちらの方から

「送火、送火ゆうてたやないかい」

と心の中で思う。


「しかしねぇ 

僕らもタクシーから見るばっかりで、

交通規制もあって、よく見れないですよ。」


ふーん

だったら、送火の松明の


「消し炭」が

「からけし」が


こんな感じで山に登って拾ってくると

こんなご利益あるんですよ!ぐらいな〜ぁ。

と心が勝手につぶやきましたわ。


のども渇いて

買い食いのつもりでお店に入ると

「からけし」が荘ってありました。

ご縁がありますな〜


大徳寺黄梅院 小林太玄老師


送火の「からけし」「けし炭」



わらびでない蕨餅が99%の店に対して、

1%のほんもんの蕨餅


そういえば 葛も 1%のほんもんと、

99%の店は寒天なので。

美味しいことが大事です。

和菓子は許容範囲が広いですわ。

名前と中身が違いますから、

皆さんも、和菓子がどのようにできてるか?

外見の可愛さやなくて、

中身がほんま大事ですわ。


・あの静かな京都の甘味処を探してる方に

茶寮 宝泉

http://www.housendo.com/housen.html




沼尻宗真

https://ameblo.jp/chazenichimi





ジャパンタクシーの稚拙な記者と記事

祖父の代からタクシー会社も

やっていましたから、

子供の頃からタクシーには

愛着がありました。


日本中どこへ行っても

タクシーを利用するのは、

贅沢というより、何かあの空間が

落ち着くからですな。


以前東京で問題の新しいタクシーに

乗りました。

空間が広くて素晴らしいタクシーでした。


さすがトヨタだな〜と思いました。


この記者は

ズングリムックリしか

触れてませんが、


天皇陛下の帝都、東京。


エリザベス女王のロンドン。


皇室も大好きな大英帝国の真似ですよ。


ロンドンに行けば、みな

このBLACKcab ロンドンタクシーですな。


日本は中国以上にエグいコピーで

発展してきましたから。




ラジオが必要かどうか?


という問題より


・車椅子のまま乗降できますが、

  何と、スロープを設置したり

  何だかんだで1時間

  近くかかってしまいます。


・スロープを設置するだけの

  広い空間が必要な事


・その場合は乗車は2名になってしまいます


・一番問題なのは、

  この煩雑なスロープ設置作業を

  わずか一回の講習だから

  忘れてしまうらしいです。


・聞き流すだけ英会話や

  通販ばかりのラジオより、

  緊急速報は無線や携帯で十分でしょ。

  

それより何より


万年工事中の日本の窓口

日本の恥  東京駅 


パラリンピックが開催されるのに

いまだバリアフリーは入り口だけの

トイレも最悪、

タクシー乗降口の狭さと混み具合は

戦後の雰囲気は味わえますが。


「新東京駅」を作るべきです。


※太字に意味はありません。

ジュゲムが限界みたいです。




トヨタ新型「ジャパンタクシー」で物議 乗客にとってラジオは必要? タクシー会社に聞いた

2018/08/13 06:40

デイリー新潮

トヨタ新型「ジャパンタクシー」で物議 乗客にとってラジオは必要? タクシー会社に聞いた

災害時の情報収集は大丈夫なのか?

 ジャパンタクシーという車をご存じだろうか。写真をご覧いただければ、「あ、あれか」と思い当たる方も少なくないかもしれない。トヨタが発売している最新式のタクシー車両だ。ずんぐりむっくりとしたデザインは、なかなかインパクトがある。

 ***

 これまで少数の例外を除けば、タクシーといえばセダンだった。それが今回のジャパンタクシーはトールワゴン型になる。プラットフォームとして利用しているのはコンパクトミニバンのシエンタだそうだ。乗った方なら誰でも驚かれたに違いないが、屋根の高さは相当なものがある。担当記者が言う。

「タクシーの変化から日本の現状が浮き上がる、と言えば大げさに聞こえるでしょうが、それほど設計の根幹が変わっています。この広さと高さは、車椅子を使っておられる方が、降りずにそのまま乗車できることを可能にします。高齢化社会が進行する日本で、タクシー業界に求められる最大のニーズに対応していることは間違いありません。車内空間のゆとりは、荷物の多いお客さんにも喜んでもらえます。外国人の訪日観光客も意識しているんでしょう。大きなスーツケースはセダンタイプのタクシーだと積めない場合もあります。首都圏は2020年に東京オリンピック・パラリンピックの開催を迎えますから、その直前を1つのヤマ場として、急速に普及していくはずです」

 まさにオールラウンドな「おもてなし」のタクシーというわけだが、先日に乗った男性会社員は首を傾げる。

「私はタクシーに乗ると、いつもラジオをつけてもらいます。先日、ジャパンタクシーに乗った時も、運転手さんにお願いしました。ところが、『すいません、この車にはラジオがついていないんです』と謝罪され、運転手さんが私物のスマホでラジオアプリの“radiko”をつけてくださいました。最近は広告動画を流すタブレットが前部座席のヘッドレスト裏などに装着されており、視界にCMが飛び込んでくるので、余計にラジオのない車に違和感がありましたね。正直言って、地震などの災害時はどうするんだろうと不安になりました」

 タクシー運転手も、ラジオがないのは頭痛の種だと打ち明ける。

「プロ野球の中継を聞きたいというラジオ好きのお客さんは、まだまだ多いんです。『ラジオはついていません』と謝ると、何人ものお客さんに叱られました。私のスマホにはradikoが入っているので、『これで再生します』と謝るんですが、『そんな小さいスピーカーなら聞きたくない』と一蹴されることも少なくないです」

 ラジオを異常な大音量で鳴らしたりイヤフォンで聞いたりすると、道交法違反となる。だが、ラジオがない車を運転したとしても、何かの法律に違反するわけではない。

 とはいえ、少なからぬタクシー会社は、「地震などの災害時はラジオを使って情報収集に努めよ」とマニュアルに定めている。また災害時でなくとも、高速道路などのトンネルで「ラジオをつけよ」との掲示が表示されているところもある。運転中にラジオが必要とされる場面は、まだまだ多いのだ。

ラジオの価格は1万8706円

 実は先の男性会社員が乗車したタクシーは、日本国内のタクシー業界で最大手の1つである日本交通(東京都千代田区紀尾井町)の車両だった。日本交通も災害時対応マニュアルには「社内ラジオをオンにして、各自情報収集に努める」と規定しているという。

 なぜラジオをつけていないのか取材を申し込むと、「ラジオはオプションですので、装着されていないタイプを購入しています」との回答が返ってきた。とはいえ、この回答では「なぜオプションを行使しないのか」の疑問が残る。

「もちろん現場でタクシーを運転する社員やお客さまから、『ラジオは必要だ』という要望が多数を占めた場合は装着を検討させていただきます。ですが少なくとも現時点で、そうした声やご要望は届いておりません。地震などの災害に関しましては、弊社の場合は専用のタブレットをドライバーに渡しております。このタブレットには、24時間、365日、弊社の担当者がドライバーに音声情報を伝えることが可能です。災害発生時には、こちらの使用を想定しております。さらに今は、ドライバーの1人1人が私物のスマホを持っている時代です。災害情報の収集も、様々な方法が整備されています。そうした観点から、ラジオは絶対に必要不可欠なものではないと考えております」(日本交通・管理部)

 しかし同社の組合は問題視しており、「会社に対して質問を行う予定」だという。

「現場の実感では、ラジオを望まれるお客さんに『ラジオはありません』と回答することは、接客の観点から考えて問題があると思います。さらに災害時は、両手でハンドルを握っても必要な情報を入手できるラジオは、極めて有益なツールだと考えています。会社の経営は良好で、本当はラジオ代をケチる必要はありません。それでも人件費さえ不当に低く抑えられていますことから考えて、会社側がラジオの経費削減を目的としている疑いは極めて高いと言わざるを得ません」(組合関係者)

 ネット上では、日本交通の組合支部で、機関紙の記事を紹介しているサイトがある。ここに、

《すべての同業他社がジャパンタクシーにラジオを付けるなか、弊社だけが付けなかったのには理由がある。
 それは、客席に設置してあるタブレットの動画広告の再生回数を増やし、広告収入と広告主を獲得しようという思惑と、経費削減の2つだ。》

 との興味深い指摘がある。

 先に紹介した会社側の理路整然とした「ラジオ不要論」の説明も、「同業他社はラジオをつけている」という事実の前には色あせてしまう。「ラジオに集中されてタブレットの広告動画に反応してくれないのは困る」、「ラジオの購入費は削減したい」――というのが本音ではないかと疑われても仕方ないだろう。

 取材に対して日本交通側は「コストカットが目的ということはありません」と断言する。そこでトヨタの公式サイトを見ると、確かに「AM/FMチューナー」はオプションとなっており、価格は税込で1万8706円となっている。

 もちろん大量に一括購入すれば割引があるのかもしれないが、「塵も積もれば山となる」という諺の通り、ラジオがないことで浮く予算は無視できないのではないか。ネット上には「トヨタ側が標準装備とすべき」という意見も掲載されているが、タクシーにラジオは必要か否か、意外に乗客の議論を呼ぶテーマかもしれない。

週刊新潮WEB取材班

2018年8月13日 掲載


第三者委員会は流行語大賞!

テレビの無い生活をして

もう10年経ちますが、


それでもいろんな場所で

ニュースを見かけます。


最近は

何だか60歳以上のキレる人間が

話題になっていたり、

https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2017/11/1117.html


政治家はあたりまえですが、

様々な行政や会社、大学、医者、

団体組織、スポーツ界等々を

牛耳る方々の問題を

やたらニュースで見ますな。


特に日本の教育や文化を司り、

管理監督する省庁自らが

逮捕者を出したり、事務次官の方が

次から次に辞めるのは

本当に残念です。


これでは、全国の医大、スポーツ界、

犯罪タックル大学を管理するなんて

到底無理です。



白を黒にする。

国の助成金の威力は凄まじいですな。



60歳以上の方はバブル全盛期に

ちょうど30〜40歳前後の方ばかりで、

日本が史上一番元気な時と

社会人の一番楽しい時期とが

重なりました。


60歳以上の方は、

人生の見本のような方で威厳があり、

政治や世の中の間違いに堂々と意見し、

世直しをしてくれるような

イメージがありました。


祖父はちょうど

1985年バブル絶頂期の

筑波万博開催地の政治家でした。


ある日

あの方は素晴らしい方だと、

とても感激して帰宅してきました。

もう70歳位の祖父がそんなに感激するのは

珍しいなと今でも覚えています。


その方は、

土光敏夫さんでした。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/土光敏夫


何が凄いかは、

はっきり覚えていませんが、

筑波万博開催条件と合わせて

一村三町の合併を国や県から

要請され、町は大きく揉めていた

時期でした。


自宅には、半グレやヤクザまがいの

人物が頻繁に押し掛け、

暴言を吐いたり、脅したり

祖父を拉致して行く事もありました。


そんな輩と、当時高校二年生位の

自分はやりあってましたから、

暴走族に入る余裕もありません。


今は 何事も無かったようにスマートに


つくば市 が形成され、

そんな半グレの何人かが、

後に市会議員になったり?

今はその息子が県会議員!になったり

しています。


だから有権者なんて本当に

いい加減なんです。

過去も未来も見てない、自分さえ

良ければいいという選挙だから

日本はどんどんジリ貧になってます。


そんな つくば市が誕生する

筑波万博の夜明け前に

土光敏夫さんが、国や県、

地元町村の間に入り、

合併問題を収めてくれたようです。


私利私欲を超越した人格と、

先見性ある大義に皆が納得したようです。


なので、お会いした事はありませんが、

土光さんが60歳以上の方の

自分のイメージです。


いまは問題が起きれば、直ぐに

第三者委員会です。


しかし、ボランティアの

第三者委員会はいませんから。

特に何も解決されません。

大衆の目線を反らす行為です。


むしろISO規格のように

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国際標準化機構


行政、企業、団体を全てを


審査、認可、更新審査のある

形にしたら良いと思います。


なぁなぁの日本人に

うちわの第三者委員会では

自浄は無理です。


弁護士が儲かるだけです。

そう言えば、アイドルも偉い坊さんも

犯罪タックル連中も弁護士を

同席させてますが、


さもちゃんとやってますの体で

弁護士同席の会見は

ろくなもんじゃありませんな。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/光市母子殺害事件


なので、


株式会社第三者委員会 が必要だと

思います。



















10年で925話目/沼尻真一

2008年からブログを初め

今年で10年が経ちました。


このブログで925話目です。

勝手に記録したブログですが、

見て頂いた方には感謝申し上げます。


それでも何年も前の話や、

今の話にアクセス頂く事があるので

中には、役立つ話もあって良かった

と思っています。


http://numajiri.jugem.jp/?eid=261


http://numajiri.jugem.jp/?eid=557


http://numajiri.jugem.jp/?eid=854


自分はブログだけですが、

この10年で、国内では東日本大震災を

はじめ様々に災害や変化がありました。


SNSもFB、Twitter、Instagram、

YouTube等々新しい時代に変わりました。



松岡正剛校長の

1000夜1000冊ではありませんが、

https://1000ya.isis.ne.jp/top/


10年・1000話は一つの節目。


何とか平成時代に1000話完結し

心機一転スタートしたいと思います。


沼尻真一











気象台の記録は天候だけか?/沼尻真一


祖父母の代から、

気象台のある街で育ちました。

天候は誰にとっても身近で、

良く祖父母から気象台の

話を聞かされていました。


戦前にプールがあったとか、

観測者の木造の宿舎があって、

晴れた日はもちろん、嵐の日でも

大きな風船や凧を飛ばしてみたり、

戦前から物珍しい

器具を用いて観測されていたようです。


それを聞いてると

灯台守のイメージだったり、

あるいは

宮崎駿監督の「風立ちぬ」だったりを

イメージしました。



気象台って、天気だけでなく

その地域の歴史まで記録されてるようで、

今回のニュースはデジタル保存も

されていないようで

とても残念でした。


天候だけ記録するなら

人はいりませんな。

AIで十分です。

http://numajiri.jugem.jp/?eid=271










<富士山測候所>日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊

2018/08/10 07:00

毎日新聞

<富士山測候所>日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊

 気象庁富士山測候所の職員が68年間つづった40冊以上の「カンテラ日誌」が所在不明になっていた問題で、同測候所を管轄した東京管区気象台は毎日新聞の取材に、昨年11月以降に「文書整理の一環」で廃棄していたことを明らかにした。気象観測のほか、眼下の空襲など太平洋戦争も記録した貴重な資料が失われた。閲覧したことがある気象専門家らは「職員が見たまま感じたままを率直に記した第一級の歴史資料だった。機械的に捨てるなんて」と批判している。

 同気象台総務課によると、日誌は昨年11月までは倉庫にあったが、他の行政文書と一緒に溶解処分したという。取材に対し同課担当者は「毎日の出来事や感想を個人的に書き留めたもの。職務ではなく、行政文書に当たらない。庁舎内のスペースは有限で、必要ないものを無尽蔵に保管できない」と説明した。

 日誌は、測候所が山頂(3776メートル)に移転した1936年から無人化された2004年まで書き継がれ、その後の大半は東京都内の同気象台に保管されていた。毎日新聞は今年1月、情報公開法に基づく開示請求で「不存在」の通知を受け、取材で「庁舎内にない。これ以上分からない」と説明された。3月の報道後、廃棄が分かったという。

 日誌は一部が一般書籍や気象庁発行の冊子、研究論文などに引用されている。観測奮闘記のほか、戦時中は南から飛来する米爆撃機B29の編隊や、空襲に遭った街が赤々と燃える様子を描写。「中都市が攻撃を受け、毎晩一つ、二つと焼土となる。これが戦争の現実」などと記していた。

 NPO法人「富士山測候所を活用する会」理事の鴨川仁(まさし)・東京学芸大学准教授は「世界でも珍しい資料。なぜ廃棄したのか理解できない」と落胆。「戦争被害調査会法を実現する市民会議」(東京都)の川村一之事務局長は「戦争に翻弄(ほんろう)されながら気象観測をしたことが分かる唯一無二の記録。もう読めないのは残念だ」と批判する。【荒木涼子】


茶釜は和銑か洋銑か?茶道・茶の湯/沼尻宗真


重文 芦屋 霰地楓鹿図真形釜 

赤味の地肌、楓の枝葉に鹿三匹



   

東京国立博物館 研究員 末兼俊彦先生


末兼先生は、東京国立博物館で

刀と茶釜を研究されています。


単なる伝承ではなく、

学術的に研究されている

結果から、ものの見方をする事は

茶道具でも大切な事と、

良く星野先生は教えてくれました。


そこで末兼先生にお聞きした

茶道具に無くてはならない

釜のお話をまとめてみました。


⚫質問1

茶道の世界では

古より釜は砂鉄から精錬した

「和銑わずく」という製法によって作られて

いたと言われていますが?


⚫先生の解説

日本には縄文時代後期から鉄がありました。


弥生時代にはすでに鉄を

輸入していました。

 
飛鳥、奈良時代までは
国内で採取できた鉄鉱石を用いて
鉄器を作っていました。
 
岡山、広島のカナクロ谷遺跡

滋賀の湖西遺跡などから

鉄鉱石の精錬所の跡が発見されています。
 
その後、


奈良時代までには、鉄鉱石を採りつくして

しまいました。

 
平安時代以降は仕方なしに

砂鉄から鉄を精錬して

行くこととなりました。
 

⚫「茶釜」の私の考察

実際は日本からちゃんと出土した
鉄鉱石で作られたのが、

日本の製鉄の始まりだったようです。
 
確かに茶の湯の釜は、

国内鉄鉱石が
無くなった時代から作られた。


 ゆえに、

 砂鉄そして「和銑」が起源

かもしれませんが、

 

あながち、

 

いま作られている
釜のように、輸入した鉄鉱石で

釜を作るのも、

弥生からの起源と同じと

いうことになります。

 


●質問

福岡県の芦屋釜などよくナマズ肌として

茶釜が有名ですが?
 
●先生の解説

重文に指定されているのは一つだけなので

それが総じてその特徴とするのは、
疑問を感じます。
 
侘び茶が流行すれば、すぐに釜肌の荒らしが
始まるので。
 
確かに天明の釜と比べれば、

芦屋はツルっとした肌が多いですが、

全てがツル肌ではありません。

 

強いてあげれば、天明との

傾向の違いぐらいと覚えて

おいたらいいのではないでしょうか。


  

 

 

⬛刀の扱い方は、釜と一緒では?

 
金工はすべからく

白手(白い綿の手袋)はしません。

 

理由は滑って落とす事故の方が

圧倒的に多いからです。

 

これを聞くと、茶釜も

同じような扱いが良さそうです。


 
1、まずウエットティッシュなどで
   手の油を綺麗にふき取る
 
2、素手、そして袖をまくる
 
3、白木の休め鞘は、刃を上に
    必ず縦にして、刃先まで見据え
    安定した状態で抜く
 
4、刃先の重みで、刃先が垂れて
    ぶつける事のないように注意する
 


 
茶釜に関する事だけを

引用しました。


刀など記事全文はこちらから

 

皆さんも、稽古の時には

師匠に 聞いて見ましょう。


「先生、この釜は和銑ですか?洋銑ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

  


 


茶道の中の鮎、天皇との関係/沼尻宗真



夏の茶の湯には、

 

鮎をテーマにしたものを

 

良く見かけます。

 

先日も恩師の書院の床には、

川合玉堂さんの鵜飼の画が
掛けられておりました。


さすがに岐阜ですね。

 


 

鵜飼は天正天皇720年(養老4年)

から行われており、

大変歴史の深いものです。

 

自分の窯のある岐阜県ですが、

西濃の長良川の鵜飼は日本一有名です。

 

しかし

 

あの鵜は

一般保護鳥に指定されていて、
捕獲を許可されているのが、

日本で唯一茨城県十王町の「鵜の岬」です!

 

そこで捕まえた海鵜を
岐阜や京都、愛媛、山口などなど鵜飼をしている
全国12箇所に送られるそうです。

 

我がふるさと茨城出身?の鵜が

全国で苦労しながら活躍しています。

 

青楓に囲まれた清流に泳ぐ鮎は、

何とも涼しそうで、
京都のムッとした暑さの中

 

一服の涼を誘います。

 

しかしこの鮎というものを
お茶をしている人でも意外に

知らないな〜と思い

記してみたいとます。

 

 

夏といったら鮎!

 


「あゆる」が「アユ」に

「あゆる」は「おつる」の古語で、

 

鮎が春になると川を上り
秋になると川を下ることから言われています。

 

 

もう一つ
中国では鮎に「年魚」という

漢字が用いられています。


春に生まれ、そして冬に死ぬという所からです。

 

日本では、

「日本書紀720年」「古事記712年」の

いずれにも鮎は「年魚」として

登場しています。

 

鮎という漢字は?

 

魚に占う?

 

 

誰が何を占ったのか?

 

 

●日本書紀の中に!


九州に生まれた初代天皇 神武天皇が
東征をし近畿大和を平定し、

王権確立をしたという。

 

紀伊熊野から、いよいよ大和の

高倉山に至った際に
戦勝祈願の儀式で川魚の捕獲状況で占ったと

伝えられています。

 

 

●古事記の中でも!
神功皇后(じんぐうこうごう)が

現在の佐賀県で、

鮎釣りをされ新羅進軍にあたり、
釣りの成果で占ったという。

 

因みにこの様子を表しているのが

京都祇園祭の占出山であり、

別名、鮎釣山と呼ばれています。

 

 

祇園祭限定、占出山で売られる菓子

「吉兆あゆ」

 


このように皇室と鮎は

関係の深い魚として
とりあげられ

 

「日本建国のシンボルのような魚!」

 

として存在しています。

 

また室町時代から明治まで、

京都では「御用鮎」といい

旬に獲れた鮎を朝廷に献上していたそうです。

 

つまり

 

同じ時期に鮎を食するという事が

庶民にとっての

 

「あやかり文化」

 

につながってきたのだと思います。


若鮎の菓子も

 

みな月の菓子も


鮎や氷を食べてみたいという、

 

庶民の願望が
菓子となったように、


「あやかりたいという願望から生まれた文化」は多くの日本の文化に影響しています。
 
きっと皇室や朝廷でなくとも、

それぞれの地域のお殿様の歴史の中にも、

身近なあやかり文化は全国各地に

あると思います。

 

そのようなモノや事、

 

土着性に触れられる点でも

茶の湯を嗜むというのは

面白いものです。

 

※ちなみに中国では鮎という字は

ナマズを指すらしいです。


 

沼尻宗真

https://ameblo.jp/chazenichimi
 



岡倉天心×柳宗悦の伝えた茶道/沼尻宗真


私の郷里茨城の太平洋に浮かぶ、

真っ赤な小屋。


その中には  ただ海が広がっています。


岡倉天心著「茶の本」より


<茶人の美学>

茶人たちは真の美術鑑賞は

芸術を暮らしの中に生かす人たちにのみ

可能だと考えている。

だから、茶人たちは茶室の中で

手に入れたような高い水準まで、

自分たちの日常生活をも洗練

させようと努めている。

どんな状況でも、

心は静かに保たなければならず、

そして会話は、周囲との調和を乱すことが

ないように、交わされなければならない。

 

衣服の形や色、身体の姿勢、

歩き方にいたるまでの

すべてが、芸術的人格の表現と

なりうるものなのである。


自分自身が美しくなるまでは、

美しいものに近づく資格はない

のだから、これらのことは、決して軽視

されてよいことではない。

だから茶人たちは、

芸術家以上の何ものか、

すなわち

芸術そのものになろうと

努力しているのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・


つまり私が思う

「自分自身が美しくなる」ということは、


1、肉体的及び技術的な「表層的な美しさ」

2、心及び精神・知性など「内面的な美しさ」


この二つの両輪が伴って、

初めて人間が美しくなるという事です。

しかしこの二つも、


いずれも元を辿れば美しく健康的な

「素直な慈しみある心」

という、ただの一点からのみ

派生できるものなのです。

 

さらに言えば、それを昇華するには必ず

「信仰」がいるのです。



信仰とは宗教ももちろんですが、

自分の先祖や先達への畏敬の念と、

いま自分がこうして生を得ている

という事への

「感謝の念」や「祈りを捧げる」ことだと

私は思います。



率直に言えば信仰心の強い

日本国民の代替の中に

「茶道」も貢献しているのだと思います。

 

しかし現実には、それを阻害する要因として

三大欲求や、様々な欲望が生まれ、

他人との比較の中から

妬みや僻み見栄が生まれ、

成長する心を阻みます。

 

しかし時には、それらを「陽のベクトル」に

向かわせる事ができたならば、

驚くほどの屈強なバネになり、

よりよい方向へと拍車をかける、

ものにもなるのであります。 

然るに、我々茶の湯者として必要な事は

それらをいかにして「陽のベクトル」に向かわせることができるのかという事が重要です。

 

それを解く鍵は、

わび茶の祖と言われる珠光が

弟子の古市播磨法師に宛てた

「心の文」にヒントはあります。




たとえ人に「上手」と
目されるようになろうとも、
人に教えを乞う姿勢が大事である。

それには、
自慢・執着の心が何より妨げとなろう。

しかしまた、自ら誇りをもたねば
成り立ち難い道でもあるのだが。

この道の至言として、

「わが心の師となれ 心を師とするな」

と古人もいう。
 
つまり煩悩に支配される心のままに生きる
のではなく、
律する己が心を支配しなければならない。


我々茶の湯者にとって、この精神を
いかに自分たちの暮らしの中に
守ることができたかどうか、

つまりそれが「自分自身が美しく」なる
ということに近づくという事です。
 
極論を言えば、
なにも茶人が「美しい」のではなく、
茶人でなくともこのような
心がけで生きている全ての人々は
もはや「茶」などという
主観的概念に捉われる事無く、
すべからく「美しい」のであります。
 
ゆえに現代の世の中には、
茶人以上に美しい人が大勢いる事を
踏まえれば、
茶人はさらなる努力をし、
また日々の生活を心がけねば
ならないのではないでしょうか。
 
しかし、天心が
「礼儀正しい茶人になるつもりはない。」
と言っているように、

我々は茶人であろうがなかろうが

聖人君子になるべきではなく、
陰と陽、清と濁、理知と欲望、
理不尽な正義、生と死を乗り越える
気概と万物との調和を持ち
進まなければ、
次なる地を得ることはできない事を知り、
生き、暮らすべきだと思います。



・柳宗悦さん


また天心と同時代を生きた
柳宗悦さんの言葉もここに引用し、
今日の茶の湯を考える
分銅にしてほしいと思います。 


本来「茶道が美の宗教足りえるのは、
           美への直観が其の基礎をなしている」

しかし、世襲の家元や道具屋によって
茶が不純なものになり、
道から遠くなっているだけでなく、

茶人の多くは、

茶を茶室の中に限っているが、

「日々の暮らしの茶」

にしなければならないと

主張しました。


一目で分かる美しさは
表層的である場合が多い。

そうではなく隠密な美を見出すには、
見るもの自身の美への眼力がどうしても要る。

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現在でも沢山の方に思想的な
影響を与えている
岡倉天心と柳宗悦の茶の湯観。
いかがでしたでしょうか?


二人ともアプローチが違っているだけで
ゴールは同じような感じを私は受けます。

家元制度が確立した現代では
流派が違えば点前手続きが違います。

これは当たり前の話です。

しかし逆を言えば、
そこだけが規範であり他は自由です。

驚きませんか、
皆さんのお茶は自由なんです!

つまり、流派の規範を言い訳に
自分の理想とする
茶の湯の姿って何だろう?と考えもしない、
まして追究しないことが

最も、もったいない事なのです。

稽古に行くだけが楽しみな方、
組織で偉くなるのが楽しい方、
お茶会に行くだけが楽しい方も
もちろん良いですが、

ここでは別として。


暦、茶室、庭、工芸、菓子、懐石等々
茶の湯の懐は広く深いものです。

自分が茶の湯の何がどこが好きで?
何を大切に?
どのようにアレンジし組み立ていくか?で


その人なりの心地よいお茶が
時間をかけずに完成するのだと思います。


故にどの流派の稽古も、
実は、そこを目指した課程だと
一旦立ち止まって考えてみて下さい。

ただ月謝を払い、師匠任せで

点前手続きを暗記する事を
長く続けているだけでは
自分がなりたい自分に
そこに到底辿り着かないと
自分自身が分かるはずです。


着物の華麗さを競うのでもない、

点前の流暢さを競うでもない、

茶道の古典知識をひけらかすでない、

まして躾教室や花嫁修業でもありません。



「自分が求めているものを、 自分が知ること」

それを岡倉天心や柳宗悦は
100年も前から 
茶の湯や茶道の危機感として
語りかけているのではないでしょうか。



沼尻宗真

https://ameblo.jp/chazenichimi