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大雨警報・土砂災害 多治見市


強い雨が岐阜にも降りました。

友人のいる京都、愛媛、

関西方面も大変な被害でした。


多治見は何とか無事でした。


自然災害があると、救助の有り難さが

分かります。


そんな中、

自民党総裁選を前に

7/8自民党の石破茂元幹事長は8日、

鳥取市で開かれた自身の国政報告会で

講演し、災害対応を一元的に担う

防災省の新設を、9月の党総裁選の政策に

掲げる意向を表明した。

石破氏は「これは絶対に

やらなければならないことだ。

公明党からも賛同を得ている」と訴えた。


実は自分も10歳ぐらいの時に

たぶん何らかの災害を見て

「防災省」とかあればと

もっと専門的にやれるのになと

思っていました。


また、震災後は必ず

避難所問題や

仮説住宅問題が起きます。


前の東日本の地震でも

ぐるっと海で囲まれた日本ですから、

国で「防災客船」を所有し

災害地に派遣する事で、

瞬時に5000〜8000名を

たった一隻で収容する事が可能です。


2隻なら2万人近く収容できます。

食事、水、風呂、トイレ、

プライバシーなど相当緩和できそうです。



・世界一大きな客船

運行会社:ロイヤルカリビアン社

全長:362.12m × 66m

重量:230,000トン

乗客:5,535名

就航年:2018年

2018年4月から就航した新しい船です。

シンフォニー・オブ・ザ・シーズは

ロイヤルカリビアン社の船


・日本で船に住民票は可能のようです。

横浜ベイサイドマリーナでは民間人3人が民間船に住民票を置いています。

但しマリーナ内だけのようで、好きな場所に係留して生活できないようです。



石破さんのような総裁選候補の方でさえ、

やっと今「防災省」を提起できる。


まして、毎年各地で震災が起きて

仮説住宅問題も軽減できる「防災客船」

なんて、あと何回ぐらい国民が被災したら

検討されるのかな?

気を失います。



せっかくの島国日本、

日本海軍から相承したものは

露と消えたみたいです。


・日本の避難所はソマリア以下❗

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/222363/070100003/?ST=smart


・避難所に行かない避難

http://www.risktaisaku.com/articles/-/1440





一方、

東京オリンピックとなれば

防災と話は別です。


JTBが企画したホテルシップ!プログラム


窓が無い部屋も400室あったので、

旅館業法でさえクリアできませんでしたが、

内閣官房や横浜市長の特別許可で

クリアできちゃうんです。


使用する船舶はサン・プリンセスで、

客室数は1108室、乗船可能人数は2022名。


「日本にある1000室以上のホテルは

10施設ほど。それがオリンピック期間中に

横浜山下埠頭に現われる」と意義を説明。


https://www.google.co.jp/amp/s/travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1129/439/amp.index.html


なんか、理不尽、矛盾みたいな

素晴らしい日本国。


我慢・忍耐が美徳、変わらなくて良いと

思っている方が多いから日本は

変われないのでしょう。


1964年の東京オリンピックに

作られた時から、56年間

人も物もあまり変わっていません。

だから、歳時記や風物のように

当たり前にいつもの事が繰り返される。

たぶん、あと100年経っても

心地よいから日本は変われないでしょう。


せめて2020オリンピック後は

そのまま

国民の為に防災客船として

寄付頂けないですか。


窓が無くても構いませんが、

カビとか湿気は大丈夫かな?



・駄菓子屋の革命家 春枝さん/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=903



・「ハレとケ」遠野物語:日本民族学の祖 柳田國男 / 沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=590

































『こゝろ』/沼尻真一


私などはじめて控室の

先生へお目通りした時は

和歌の事など全く分かりませんでした。

先生は机の側(そば)の

ソフアに嚴然と座り、

さあ何處からでもやつて來いと

言はぬ許りに構へ、禪坊主が座禪の時の

やうに落着いてゐるので、

どこへもとりつく島がなく默然

どうも何を聴いたらよいものか

しどろもどろでした。



先生から2018夏の手紙がきました。


まぁこんな感じから

スタートしまして、

1200年以上の

歴史ある和歌から


見てないものを創造で

リリックやフロウを

駆使しながら歌いあげる和歌


そこから


なぜに?


五感で体感する


「茶の湯」へと


日本の文化が変遷したのか?


      を


一つ一つプロセスを踏み

先生から学びました。


http://numajiri.jugem.jp/?eid=727


それが今に繋がり


分かりやすく

ワークショッププログラムを作り

開催しています。


茶道とは何ですか?


何故、あのように複雑な手続きで

たった一服の茶を点てるのでしょう?


という単純な

質問にどんな答えがあるでしょう。


茶道の核心は「侘び」そのものです。


茶の湯や日本文化に興味のある方は

どうぞ。



◼「侘び」を体感するワークショップ/

海老澤 宗香 茶道教室  https://ameblo.jp/ebisoko/entry-12363895555.html



◼なぜお茶・抹茶・茶道は点てるというのか?なぜお茶は一服というのか?

/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=854















がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ

6年ぶりに

アメリカから中村祐輔さんという

凄いお医者さんが帰国するらしい。


一昨年も昨年も今年もずっと

お葬式が続いてます。


大往生は別としても

高校の親友が若くして

急逝した原因は

やっぱり この病です。


きっと、周りにもそんな

病が原因で悲しい経験をした方や

今もしている方は

沢山いると思います。


日本の医療は凄いから〜


今に全ての病が治るから〜


なんて話を、

カレコレもう20年〜30年聞いてますが

あんまりですね。


当社の生命保険では

最先端医療も受けれます。


宝くじに当たった人を

見たことがないように

こんな言葉が

どうも怪しく感じてしまいますな。


今回の中村先生の記事からは

そんな疑問が良く分かりました。





ここ

↓↓


「お腹の塊をどうにかして」と泣き叫ぶ患者を看取ることしかできない。この「悪魔」をどうすれば打ち負かすことができるのか。苦悩のなかで、がん患者には「個人差」があることに気づき、これは「遺伝子の差」が関係しているに違いないと考えた。



                                    #


中村は久しぶりの「日本」に対してぬぐいきれぬ不安があるようだ。

「後ろからたくさん矢が飛んでくるかもしれないし、周囲の人間からは、『中村先生がいなかった6年の間も、日本の医療はなにも変わっていない』と言われますから、まだなにができるかはわからない」


                                     .#


「日本の医師は研究費をもらうのに四苦八苦して論文を書くことがゴールとなっている。研究を患者に還元しようという人が少ない。それは国立がん研究センターも同じで、標準治療のガイドラインに固執するせいで、それらの治療法が合わず選ぶ道がない“がん難民”をつくり出していることに気づいていない」(中村)


                                 #


「司令塔のはずなのに、実際にできることは、各省庁に政策の助言をすることぐらいだった。予算などの権限が与えられていないためだ。気がつくと、各省庁が財務省と個別に予算交渉をして、政策を進めていた。自分は、室長という名の単なるお飾りなのだと思い知らされた」(12年1月28日付読売新聞)


                                  #


「日本を愛しているからこそ、あえて米国へ行くということです。現在の日本の医療体制では、患者さんに新しい薬を届けるのは難しい。ならば、環境が整っている米国で、もうひと勝負したいと考えたのです」

 勝負。これこそが今夏、中村が日本へ戻る目的だ。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

マジで6年間も日本の医療が

変わってないの?


コワ〜


研究費もらえないと、発見もないしね。

しかし、

助成金の論文書くだけで

死ぬほど大変なんでしょうが

そこがゴールでなく


やっぱり、国から予算出たなら

困ってる民に還元する所まで

何とかしてほしいです。


政治と最先端医療がこんなに

密接に関わっていて

うまく連携しないと

こんな世界を代表する

スゲーお医者さんまで

路線から外されるんかい。


事務次官やった凄い人まで

省庁辞めたら

ハブかれんだもんな〜


人間や組織は残酷だな。


肩書きなけりゃ、

みんなタダの人なのに。


タダの人として魅力的に

見えるかどうかですわな。


もったいない話だよ。


しかし、


中村先生の問題意識、


病への怒、怒、怒


行動力、素晴らしい大人を見ました。


国民栄誉賞って、

なんかTVで見りゃ

わかるよーな人にあげんじゃなくて、


この中村先生なんか

とっくのとうにあげていて

いいだろ。

本人が貰うかどうか別として。


ノーベル賞は本当に素晴らしいけど、

芥川賞や直木賞のように、

国内独自に

もっともっと

こんな方々を顕彰し、

ただ歳をとってる大人でなく、

尊敬に値する大人を知らせてほしいです。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



戻ってきた“ノーベル賞に最も近い日本人” がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ

2018/06/30 08:00

デイリー新潮

戻ってきた“ノーベル賞に最も近い日本人” がん医学権威「世界のナカムラ」が祖国に絶望したワケ


「ノーベル賞に最も近い異端児」が切り拓く「がんゲノム医療」――窪田順生(上)

 かつて祖国に絶望した男が再び戻ってくる――。「ノーベル賞に最も近い日本人」と称されたがん医学の権威が今夏、国内に復帰。彼が日本に舞い戻り目指すのは、「リキッドバイオプシー」と「ネオアンチゲン」というがん医療の普及だ。最新技術の現状を紹介する。

 ***

 この夏、日本の「がん医療」の行く末に大きな影響をあたえる男が、アメリカから6年ぶりに戻ってくる。ゲノム(全遺伝情報)を解析し、がんの治療に活かす研究の世界的権威として知られるその男の名は、中村祐輔(65)――。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、国立がん研究センター研究所所長、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長などを歴任後、2012年からアメリカに研究拠点を移していた中村が、シカゴ大学医学部教授という恵まれた立場を捨て、7月1日に東京・有明にある公益財団法人がん研究会「がんプレシジョン医療研究センター」のセンター長に就任するのだ。

 過去、大腸がん患者のゲノム研究で世界を驚かせたその中村が、まずは「ゲノム」と「がん治療」の関係について説明する。

「大腸がんの場合、たとえばAという遺伝子に異常があるとポリープができて、次にBという遺伝子に異常があるとポリープが大きくなり、さらにCという遺伝子に異常があるとがん化する、と段階的に進んでいくことがわかっています」

 つまり、我々が「がん」と呼んでいるものは、実は遺伝子の異常が積み重なり、細胞増殖に歯止めがきかなくなった状態を指すのだ。では、がん症状の「個人差」はどこからくるのか。それは遺伝子である。各個人の遺伝子異常の微妙な差が細胞の増殖具合の違いを生み、がんの「個体差」につながる。同じステージの大腸がんと診断された患者でも、進行度が違っていたり、抗がん剤が効く、効かないという「個人差」が生じたりするのは、すべて「ゲノム」の違いに由来するものなのだ。

がんゲノム医療

 このような「がん」をひきおこす遺伝子――「がん遺伝子」については、1990年代より世界中で解析が進み、それに中村も大きく貢献。既に米国では2万数千例という膨大な数のデータベースが構築されている。この集積されたがん遺伝子情報と、患者個人のゲノム情報を、スーパーコンピューターやAI(人工知能)で照らし合わせ、個々に最適な治療を見つけ出すのが「がんゲノム医療」である。この着想は、オバマ政権以来、米国が国家プロジェクトとして進めている「プレシジョン・メディシン」(個別化医療)のベースにもなっている。

「輸血する際に必ず血液型を調べるように、がん治療をおこなう際にも、遺伝子検査をすれば個々のがんの個性がわかり、効果的な治療を選んで、副作用の危険が高い治療を避けることができる」

 そう語る中村はこの分野の第一人者だ。彼はこれまでゲノム情報を活用した新薬の開発に長く携わってきた。それらの実績から、「ノーベル賞に最も近い日本人」と評されてきた「世界のナカムラ」が日本へ戻ってくるのだ。がん患者でなくとも期待に胸が膨らむ。しかし、当の中村は久しぶりの「日本」に対してぬぐいきれぬ不安があるようだ。

「後ろからたくさん矢が飛んでくるかもしれないし、周囲の人間からは、『中村先生がいなかった6年の間も、日本の医療はなにも変わっていない』と言われますから、まだなにができるかはわからない」

 言葉の端々から、日本の医療界に戻る不安、医療制度に対する危機意識が伝わってくるが、同業者らに言わせると、それもいたしかたないという。

「民主党政権時にあれだけ派手にハシゴを外されるという挫折を経験したわけですから。日本の医療そのものに懐疑的なのでしょう」(国立大学で先端医療に関わる研究者)

 世界的権威の「挫折」。それを正しく理解するには、これまでの中村の歩みを振り返らなくてはいけない。

「一匹狼」の日本批判

 1952年、大阪に生まれた中村は、府立天王寺高校、大阪大学医学部というエリートコースを歩み外科医の道を選ぶ。大学病院、救急医療、小豆島の町立病院などさまざまな現場を渡り歩くなかで痛感したのは「がん」に対する己の無力さだった。切除してもすぐに再発。お腹を開いても手の施しようがないほど進行している。「お腹の塊をどうにかして」と泣き叫ぶ患者を看取ることしかできない。この「悪魔」をどうすれば打ち負かすことができるのか。苦悩のなかで、がん患者には「個人差」があることに気づき、これは「遺伝子の差」が関係しているに違いないと考えた。が、「ゲノム」という言葉を使う人は限られていた時代。いったいどうすればいいのか途方に暮れていたある日、海外の医学雑誌の記事に目が留まった。米・ユタ大学のレイ・ホワイト教授が遺伝性大腸がんの研究をおこなうというのだ。これしかない。迷うことなく参加を志願する手紙を送った。「ゲノム研究者・中村祐輔」が誕生した瞬間である。

 ホワイト教授から快く迎え入れられた中村は、DNAのなかでどれが父親由来か、母親由来かを判別するマーカーを多く発見。それらは後に世界中の研究者から「ホワイト・ナカムラマーカー」と呼ばれ、遺伝子研究の発展に大きく貢献した。

 5年間の研究生活を終えて帰国した中村は、ゲノム研究に理解を示した菅野晴夫・癌研究会癌研究所(現・がん研有明病院)所長(当時)に迎えられ、36歳という若さながら生化学部長に就任。ゲノム解析を新薬の開発に結びつける研究をスタートさせ、それが結実したのが、がん細胞を殺す「キラーT細胞」というリンパ球を増やす新薬「がんペプチドワクチン」の開発だった。こうして誰もが認めざるをえない実績を積み重ねていく一方で、「一匹狼」「異端児」という陰口も増えていった。理由は、中村と5分も話せばわかる。

「日本の医師は研究費をもらうのに四苦八苦して論文を書くことがゴールとなっている。研究を患者に還元しようという人が少ない。それは国立がん研究センターも同じで、標準治療のガイドラインに固執するせいで、それらの治療法が合わず選ぶ道がない“がん難民”をつくり出していることに気づいていない」(中村)

 日本のがん治療では、外科治療(手術)、放射線治療、そして化学療法(抗がん剤治療)という3つが「標準治療」とされ、それ以外の治療は「邪道」扱いされる傾向が強かった。海外のがん医療で主流となってきた「ゲノム」への無理解は、中村からすれば時代錯誤以外の何物でもないが、「歯に衣着せぬ日本批判」をおこなう彼の主張は、「医療ムラ」から煙たがられた。

 そんな「一匹狼」に大きな転機が訪れる。2011年1月、民主党政権が日本の医薬品、医療機器の国際競争力を高めることを目的として設立した「医療イノベーション推進室」の室長と内閣官房参与に中村を任命したのだ。「医療制度こそ元凶」と訴えてきた中村にとって、医療改革の「司令塔」はまさに望んでいたポスト。彼はその意気込みをこう語っていた。

「日本発の革新的医療を日本の患者さんたちにいち早く届けられるよう全力をあげています。患者さんに新規の医療を届けたくても、日本独特の壁があってできない面も強かったですから」(同年3月15日付産経新聞)

ネイチャーが報じた〈日本に見切りをつける〉

 だが、この発言をしたわずか9カ月後、中村は辞表を提出。「日本独特の壁」を壊すつもりが、逆に返り討ちにあってしまったのだ。

「中村氏の起用は、自民党政権時と異なる改革路線をアピールしたかった仙谷由人官房長官(当時)の仕掛け。ただ、他の民主党の政策と同じく、聞こえのいいスローガンのみで霞が関や業界への根回しなど一切やっていなかった。そこで、後ろ盾の仙谷氏が官房長官を辞めると、推進室の会議を各省庁の幹部がこぞってボイコットするなど露骨な“中村おろし”が始まった」(全国紙記者)

 当時の中村はマスコミにこう明かしている。

「司令塔のはずなのに、実際にできることは、各省庁に政策の助言をすることぐらいだった。予算などの権限が与えられていないためだ。気がつくと、各省庁が財務省と個別に予算交渉をして、政策を進めていた。自分は、室長という名の単なるお飾りなのだと思い知らされた」(12年1月28日付読売新聞)

 このまま日本で「お飾り」に甘んじていても、誰も救えない。中村が退任を申し出て、研究環境の整ったシカゴ大学の教授となったのは、当然といえば当然の選択だった。

 中村の「日本脱出」は世界の医学界でも驚きをもって伝えられ、英国の科学雑誌「ネイチャー」(同年2月号)は「Genomics ace quits Japan」(ゲノム研究のエース、日本に見切りをつける)と報じた。ただ、中村からすれば日本を諦めたつもりなど毛頭なかった。著書『これでいいのか、日本のがん医療』(新潮社)に当時の心境が綴られている。

「日本を愛しているからこそ、あえて米国へ行くということです。現在の日本の医療体制では、患者さんに新しい薬を届けるのは難しい。ならば、環境が整っている米国で、もうひと勝負したいと考えたのです」

 勝負。これこそが今夏、中村が日本へ戻る目的だ。

(下)へつづく

(文中敬称略)

 ***

窪田順生(くぼた・まさき) 1974年生まれ。雑誌記者、新聞記者を経てフリーランスに。事件をはじめ現代世相を幅広く取材。『「愛国」という名の亡国論』(さくら舎)等の著書がある。

「週刊新潮」2018年6月21日号 掲載


https://www.dailyshincho.jp/article/2018/06300800/




index


・駄菓子屋の革命家 春枝さん/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=903
















われ反抗す ゆえにわれあり/沼尻真一


もう腕が届かねーから


立ちながら

60センチを超えて

ロクロで筒挽きしてたら


ラジオから?


チョー  受ける、


コメントに

耳がもってかれた‼


そのラジオの若い画家の名前は

宮崎さんという方らしく、


俺の故郷つくばの

筑波大学院を卒業し

ストリートアートに憧れ

ロンドンに渡る。



そんなロンドンの奴らが


社会に対する怒り、怒、怒


これしかねー


これで存在証明


これで生きるという中で

ストリートアートを描き続けてるのを見て、


あっ、


普通の家庭に育ち

大学院まで出た俺に


そんな怒りあるのか?


俺、


そんなに怒ってんのかな?


俺のやってる

これって


物真似だな。


やっぱり

普通で楽しい事が好きだな。


http://tsukubaway.com/column/professional/1908



んで、


どこが

受けたかって?


ここ

↓↓


そんな怒りあるのか?


俺、


そんなに怒ってんのかな?



マジ羨ましい‼


なんか

前日から磁土を調整して

気合いと根性で

60センチまで上げて

膨らまして


ロクロしながら


熱風あてるなんざ邪道なんだよ



そのまま

一気に膨らましたら


完成間近で


なっなんと


壺の肩が落ちてきて


ウワーって!


大声で叫んだら



その弾みで椅子から後ろに


ひっくり返って

腰を打つ‼



それから


体はイテーし、足ケガするし


一気に怒り、


チクショー、イテー


チクショー、イテー


って


テメーが情けね〜


怒り満タンの壺だよ‼



やっぱり優雅に〜


ゆったりと〜


穏やかに

日本の家庭に収まるような

40センチで黙って座っとくか。


外のベンチには

ご隠居さんがひと休み。


シュールやわ!



◼夏の京都


・京都・夏越の祓えと和菓子水無月 /沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=797



・白洲正子さんの京都

  平野屋の鮎と茶の湯/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=799



・京都・祇園祭 八坂神社の茶会・祇園万亭、一力/沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=862



・京都 祇園祭 油天神山を曳く ー 沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=716












満たされた世界の危険性/沼尻真一


こんな多治見の田舎でも、

車のあおり運転を

された事があります。


まぁ相手も

こっちが

イカツイ車なら

してこないんでしょうが、

何せ小さな国産なんで。



それにしても、

日本は戦争もなく、

300円で3食食えて、

あらゆる情報が手に入り、

容易く三大欲求を満たせる、

便利で恵まれた時代です。


しかし、

20年前より荒んできていると

思います。

たぶん満ち足りているからなんでしょう。

満ち足りると危険だと思います。


https://bec-coltd.xsrv.jp/corporate-site/mitasaretasekai


一応20代では

大型で長距離トラックの

運転もしてたから、

俺の場合は、

優しくファサードを点けて止まります。


もちろん車には

木刀もナイフもピストルも

常備してませんが、


相手も車を止めて

降りてくれば、

何でそんなにあおるのか?

話も聞けるでしょう。


一度目の輩は降りてこない


二度目の輩は

中央高速なんで、

あまりに逃げるから

話が聞きたいから、

ついていきました。


そしたら、何と急ブレーキ❗


プロだね、慣れてます。


今は警察もあおり運転を

取り締まるようですが、

捕まえられないし

日本人はどうせ

守れないでしょう。



トヨタもネットに連動する車を作るので、

運送屋のデジタコみたいに

全ての走行データが

警察に送信される時代になって、

初めて守れました。になるでしょう。

運転マナーは難しく

幼稚園児みたいなもんです。

https://toyota.jp/tconnectservice/



教習所では

何だか最近はAT限定とかで

かなり容易く免許取れるようです。


自動車学校を経営している

知人を3人も知ってますが、

まぁみんな仏様のような

方です。


ハイブリッドで

エンジン音もしない車で

突っ込んだり、

落ちたりするなら、



MT坂道でノッキングして

教官に怒られる冷や汗も

やっぱり

必要なんじゃないかな〜




そんな免許だけでなく、


何でも苦労するのはムダ、

難しくて時間が係るのものはダメ


なんて風潮になってきました。


つくばにある私立高校も

伝統の4キロ臨海遠泳が無くなった様です。

怖くて入学希望者が減るそうです。


人間って凄いんです。

極限の事をやってると伸びて成長する。

しかし、たった1週間やらなければ

すぐに鈍ります。


だから、

普通にしてると

簡単な方に、安易な方に、楽な方に

人間だもの!

自分も含め誰もが馴染みます。


昔、愛知陶磁資料館を案内した際に

85を過ぎて今でも現役で

京都、大阪でお茶の指導を

されている恩師に

心がけている

大切な言葉を教えてもらいました。


約500年前に一休禅師にも参禅し

わび茶の礎を作った

珠光さんの言葉です。


心の師とはなれ、心を師とせされ、

と古人もいわれし也"


わが心の師となれ 心を師とするな

 と古人もいう。


http://nobunsha.jp/genbun/post_86.html




良いものや深いものは

何でも時間が係ります。


もっと!もっと!

単に数が多い事が良しではなく、

良質の一点、一撃必殺には

もはや言葉を失い圧倒されます。



もしミュシャのスラヴ叙事詩が

小作品で、次から次に完成して

人目について販売していても、

今のような感動は無いと思います。


この絵から学べる事は沢山あります。



https://ja.m.wikipedia.org/wiki/スラヴ叙事詩


スラヴ叙事詩はアルフォンス・ミュシャが1910年から1928年にかけて手掛けた壁画サイズの一連の作品である。チェコおよびスラヴ民族の伝承・神話および歴史を描いた全20作品から成り、サイズは小さいものでもおよそ4 x 5メートル、大きいものでは6 x 8メートルに達する。



・京都龍安寺・水戸光圀公

 「吾唯足知」つくばい − 沼尻真一

http://numajiri.jugem.jp/?eid=652


・ハレとケ 柳田國男

http://numajiri.jugem.jp/?eid=590



















雨にも負けず、風にも負けず/沼尻真一


キミーこんな昼間の時間に

自由にできるなんて、

どんな仕事?と


ある

とてもとても

神経質そうな真面目な社長に言われて、


萩で

代々陶芸一家である

波多野先生も

僕が幼稚園に迎えに行くから、


あのお父さん何してんのかしら?


なんて言われますよ。


って言ってた事を

思い出しました。



そういえば、


何で〜

あなたの年代で

お茶学べるの〜?



なんて聞かれて

カチンときて、


まぁ抑えながら


お言葉ですが、

茶の湯を知らずに

美濃で茶碗作ってもしょうがないんで、

一応自分のまとまった金ができたから

学びたいと。




じゃあ、

テメーは

高卒や大卒のガキに

どうしてお茶学べるのか?

聞くのかよ?


誰の金なんだよ、

それは?


金を恵んでもらいながらの

茶の湯ってどうよ?




ゴルフだろうが、伝統芸能だろうが、

俺は絶対認めねーし

違うと


心底思うよ。


って心は叫んでました。



名前は出しませんが、

その世界では有名な方です。


啓蒙するべき人間でも

このレベル


むしろ、


昼日中に

テニスコートや、

ファミレス、

カフェにいるのは

元気な女性ばかりですよ。

お茶も9割おばさんです。



何で男はいないのでしょう?

女より早く死ぬのに。


一生懸命働いてる男が

自由で無いなんて?


まぁ賭場にはいるけど。



日本人が有給も取れずに

一生懸命働きながら

ドルの安定の為か、どっかの国の為に


一生懸命に円高にして、


安定為替としてドルが売られ

円が買われました?


おいおい、誰も買ってくれなんて

頼んでねーよ!

なんなん この安定為替?


つまり安定してる所が無いんかい。

日本人が安定し過ぎなんだよ。



安定しながら

自分で自分の首を締めるなんて、

勤勉が日本人の誇りみたいな

スローガンはいかがなものか。



しかし最近は

あまりに過労死が多いから

わざわざ 役所のおじいちゃん達に

働き方を決めてもらわないと、

自由な休みも取れない恐ろしい

弱肉強食社会の日本。



そしてGW・お盆は大混雑、

費用は高騰と、二重苦三重苦に

日本人は50年以上耐えながら、

グリーン車の半袖短パンの

インバウンド外国人達を眺める現代。


おしんだよ日本人。



ルイヴィトン、シャネル

ドンペリ、フェラーリだって

持ってる日本人には絶好調。


そんな日本人憧れの品々を生む

ヨーロッパの人が

どれだけ血の滲むような

労働をしているのでしょうか?


その働き方も

きっと昭和の勤勉な美徳に

洗脳され、

誰かのいいなりに何かを信じてる

カタギには参考になりますよ。


                 *



・2017世界幸福度ランキング


最も幸せな国とされたのはノルウェーだった。日本は51位。


https://m.huffingtonpost.jp/2017/03/21/world-happiness_n_15505470.html



・祝祭日と有休消化分を合わせると

  日本はビリから2番目 ‼


結果を見ると、祝日ランキングでは

順位の振るわなかったヨーロッパ勢の

台頭が目立ちます。

一位はスペインで合計44日です。


一方、日本はというと、

有休消化日数の低迷を受け、

合計では25日の8位となりました。

また、日本の有休消化率は

50%(10日/20日)であり、

この数字は世界でビリから2番目とのこと。


http://magazine.border.co.jp/biztips/days-of-celebration




・フランスの働き方

私の国、フランスでは、社長よりも

先に職場を出るのに誰も抵抗を感じないし、仕事が暇になったとき、わざわざ

何かしているフリをする必要を

感じないから、自分にとって、

日本人の「働き方」や「職場文化」は、

とても新鮮で関心深いものだった。


https://toyokeizai.net/articles/amp/167286?display=b&_event=read-body



・パリの休暇

「フランス人は、なんであんなに長く

休めるの? 私だったら何をすればいいか

わからないし、仕事にも復帰できない!」。東京で働いていた頃、日本人女性の同僚が

腹立たしそうに言い放つのをよく聞いた。

どうやら、日本人からすると、

フランス人が夏休みをあれだけ長く取る

意味がわからなかったようだ。


https://toyokeizai.net/articles/amp/183631?display=b&_event=read-body



・お昼寝の時間

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/シエスタ




・index


⚫新しい暮らし〜目からウロコ、建築の限界

建築家 山本理顕先生×難波和彦先生×二期倶楽部 代表 北山ひとみ氏

http://numajiri.jugem.jp/?eid=557


















雪駄MEN/沼尻真一


多治見のスーパーでレジに並んでると


おばさんが


ジーっと、


俺の顔から下まで見て


こちらの足元で釘付けになる。



また別の日には


病院で違うおばさんが、


あんた雪駄珍しいね、


雪駄履いてるのは


神主か陶芸家しかおらん。と



京都からイタリアミラノに行く


カズキに雪駄プレゼントしたら


沼尻さんこれ何ですか?と


京都でも雪駄は 肩身が狭いな〜


ちょっと小さめを、パタパタしないで


履くんだよ👍




週に4日も削りながら


鍛練してるから


少しは様になってきたか?


昨日行った病院の張り紙には、


足の指が曲がっているのは


靴のせいらしいから、


雪駄もなかなか指にはいいんだな。


しかし、コンビニや病院の床は


ほんまスケート場!

















北の国から〜贈る言葉・倉本聰/沼尻真一

 

富良野塾の塾生たちは

ドラマを作りたい、

いい役者になりたいという

大きな夢を持って

全国から富良野に集まってきた。

 

2年間の暮らしの中で様々な体験もし、

葛藤もあった。


そんな厳しい塾生活を終えて

自分の町に帰って行く卒塾生たちに

倉本はこんな送る言葉を書いた。

 

 

もし君たちが塾時代に持っていた夢を捨て、

走らなくてもいい楽な夢を望むなら

富良野のことはもう忘れなさい。

 


僕はそのことを軽蔑しようとは思わない。


しかし、どこにあっても

“感動”ということだけは忘れないで欲しい。


感動を創る者は走らなければならず、

感動を得るだけなら坐しても可能だ。


 走るか、坐るか
 覚悟を決めなさい。


そしてもし君たちがある日突然、

しばらく忘れていた感動を思い出し、

胸の奥から涙が突き上げたら
いつでも富良野に帰っていらっしゃい。

 

坐して見るものとはお茶でも飲もう。

 

走っているものとは酒を酌み交わそう。

 

富良野塾の塾生たちは

ドラマを作りたい、

いい役者になりたいという

大きな夢を持って

全国から富良野に集まってきた。

 

2年間の暮らしの中で様々な体験もし、

葛藤もあった。


そんな厳しい塾生活を終えて

自分の町に帰って行く卒塾生たちに

倉本はこんな送る言葉を書いた。

 

 

もし君たちが塾時代に持っていた夢を捨て、

走らなくてもいい楽な夢を望むなら

富良野のことはもう忘れなさい。

 


僕はそのことを軽蔑しようとは思わない。


しかし、どこにあっても

“感動”ということだけは忘れないで欲しい。


感動を創る者は走らなければならず、

感動を得るだけなら坐しても可能だ。


 走るか、坐るか
 覚悟を決めなさい。


そしてもし君たちがある日突然、

しばらく忘れていた感動を思い出し、

胸の奥から涙が突き上げたら
いつでも富良野に帰っていらっしゃい。

 

坐して見るものとはお茶でも飲もう。

 

走っているものとは酒を酌み交わそう。

 

俺たちはここにいて ずっと走っている。

 

  ── 行ってらっしゃい

 

倉本聰

 

 















聖なるもの何処/沼尻真一


誰にでも

興味のある事や物は

あるはずです。


興味のあるものには

何でも原点というものが

存在しています。


いまは、

ブレードランナーを知らずに

攻殻機動隊


YMOを知らずに

サカナクションを

知っている時代でもあります。


ただ自分が楽しむには

別に原点・源流なんざ

どうでもいいんですが。


それでも、やっぱり

原点や源流なんかを知ると、


「あぁ、こんな受け止め方をしたんだな〜」とか分かりますし、


じゃあ自分が作るんだったら?

こんな感じもいいな〜とか


やっぱり何か

形や物を作る上では、


原点や源流まで

遡ってみることは

大事だな〜と思っています。



16歳の時の自分は

小津安二郎監督の

東京物語を知らずに

大林信彦監督の尾道三部作に

夢中になっていました。


実は尾道出身の大林監督が

15歳の時に、

東京物語の尾道ロケを見て影響され、

映画監督になったそうです。



16歳の自分が受けた感動の原点が、

実は東京物語だったなんて

だいぶ後から知ることになりました。

時間は掛かりましたが、

なんか点と点がつながって

改めてそんな視点で見ると、

沢山の気付きもあります。



しかし、

憧れの尾道には

映画ロケの痕跡なんざ

これっぽっちも見当たりません。



その理由は痛快でした。


"尾道三部作"を含む大林監督の尾道映画であるが、撮影地、記念碑といった類いの看板はほとんど見当たらない。


行政側が再三、映画のセットを残して観光資源にして欲しい、ロケ地の案内板設置も了承して欲しいと切望したが、大林は決して首を縦に振らなかった。


「記念碑は映画を観てくれた人の、心の思いとして残ればよい。その人が思い出の地を訪ねた時、何時か観たスクリーンの中と同じ風景がそこに守られていれば、それで充分。記念碑など、その思い出の風景を壊すだけだし、次の他の人の映画撮影の邪魔にもなる。記念碑は、万人の古里を私物化するだけだ。ぼくはそれを千光寺山の花崗岩の"傷"から学んだのだ」



いまは、ネットでも

本音を発言すると

バッシングに合う世の中ですから、

長いものに巻かれる方が楽ですし、


本音は違っても

風見鶏のように体制になびくのも


「生きていくには仕方ない」という

理由もあります。


そんなかなり

矮小化してる日本でも

気骨ある無頼な大人が発言してる姿は、

どんな世界の方でも勇気をもらえます。


先日のすでに世俗の中で

大悟された春枝さんのような大人か、


あるいは

日本以外で活躍してる方は発言が違います。


第71回カンヌ国際映画祭で

パルムドール賞を受賞した映画

『万引き家族』。

日本映画として21年ぶりの快挙で、

是枝裕和監督。



「『万引き家族』がパルムドールを受賞したことは誠に喜ばしく、世界的にも高い評価を受けたことは誇らしい。来てもらえるかわからないが、是枝監督への呼びかけを私からしたい」と、回答。この政府が表明した「祝意」について、是枝監督はブログで下記を表明しています。

―――――

実は受賞直後からいくつかの団体や自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております。

―――――

映画がかつて、「国益」や「国策」と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような「平時」においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています。


































駄菓子屋の革命家 春枝さん/沼尻真一


多治見の窯場の周りには

和菓子屋さんも、

駄菓子屋さんもあります。




懐かしいな〜


池の畔に二宮金次郎像の

ある小学校では

もちろん買い食い禁止だったけど、


そんな事はお構い無しに

ガチャガチャひっくり返したり、

よっちゃんイカとか

ホームランバー食べたな〜と思い


恐る恐る店を覗くと

掃除の行き届いた清潔な店内。



https://www.houtokusya.com/歴史/報徳思想と大日本報徳社/


戦後の日本人骨抜き施策から

岐阜の山中に捨てられている

二宮金次郎像の話をラジオで知って、



自払で二宮金次郎像を祀った

春枝さんと出会いました。


沢山の子供達に

金次郎の話をしているという。



・五つ玉のソロバンでお勘定



春枝さんは、

毎朝6:45からのNHKラジオが日課。


NHK出演経験もあり。

驚くほど、現代時事に精通して博識。



昔の政治家は名誉職で

金のある人がみんなの為に

政治したもんや。


今は私服を肥やす為に

政治家になっとるでな。


残念やよ。


85歳の方が憂いてしまう

日本って本当に残念無念です。 


マスコミには政治という欄が確保され、

知りたくなくても胸くそ悪い

ニュースが沢山入ってきます。


まともな人を選びたくても、

情報が無い、またはそんな志を感じる

選択肢が無いから投票にいかない。


目立たちたがりのパリピか

世襲しか政治家になりたいという人間が

いないというのが、日本の現実です。


因みに衆議院選挙投票率


昭和42年→73% 

平成29年→53%


http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/


もはや半分以下の人間

中高年の意向で国政が

決められているのが現実です。


家にいる 爺さん婆さんを

説得しないと無理ですわ。


しかし、わずか50年で

日本の投票率が20%も

落ちるとは異常事態❗



世界的に見ても日本は異常に低いようです。

https://hbol.jp/153248?display=b


ドイツ連邦議会選挙 76.2% (9月)
フランス大統領選 74.6% (5月・決選投票)
イギリス総選挙 68.7% (6月)




投票率なんて上がったら

何が起こるかわからないから

選挙制度を変えないのも、

一つの政策なのでしょう。



春枝さんが

政治家やテレビのコメンテーター

なら日本も変わるだろうな。



日本には

二宮金次郎ゆかりの場所が

いくつかあり、その内の一つが


つくば市二の宮。


谷田部藩主の細川様が

土木治水を二宮金次郎に

依頼したご縁です。

http://numajiri.jugem.jp/?eid=777



なんと、そんな縁の場所にある

二の宮小学校には

二宮金次郎像はありません!


この右側あたりぴったりや。



これが現実の教育です。

厳しい〜。


前川さんも辞めるわな。


いつか卒業生達が

奮起されることを期待します。

http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/sontoku/topics/sakubun2015.html



今年は嬉しい事に

映画になるようです。


つくば市が描かれるか

わかりませんが、


二宮金次郎さんのご縁。


85歳の春枝さんに

お礼にチケットを贈れたら

いいなと思います。


http://hoshi-movie.com/#supporter


沼尻真一


・「ハレとケ」遠野物語・柳田國男

http://numajiri.jugem.jp/?eid=590


・marimekko茶会開催

http://numajiri.jugem.jp/?eid=901


・二期倶楽部クロスセッション

  建築家 山本理顕先生×難波和彦先生×

  社会学 山本哲士先生×北山ひとみ代表

http://numajiri.jugem.jp/?eid=557


・農園の雪

http://numajiri.jugem.jp/?eid=413