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現代の陶芸家★別冊太陽☆沼尻真一


今から40年前の別冊太陽、カッコいい!

男だね。



今では伝説となっている

陶芸家の方ばかりだけど、

みんなちゃんと自分の言葉も

持ってたよね。


それを求めるお客さんにも

見識があった。


今じゃ100均で本当に品質の良い

陶磁器が手に入る時代。

プラスチックだって美しい商品がある。


それでもこの作家のこの作品を

どうしても求めたい、という状況に

なるように努力しないと

いけない。


その答えは、

外野の声でなく

自分の眼と自分の声にしか

手がかりはないと思います。


その美意識を間違えないことだけ。

美しいものしか、

だれも欲しくない。

























茶道の源流を訪ねて【まとめ】リーテ・ラトバリタ・ウルス ★沼尻宗真



Instagram




茶道の源流を訪ねて【宋の時代を知る】

【まとめ】

茶道の源流「宋の時代を知る」は

いかがでしたでしょうか。


ただざっくり茶道のお稽古で

唐だか、宋だか


お茶を渡来ものとして崇め

日本の今の茶道のイメージを

固定してしまうのでなく、


やはり、日本に伝わる前の

宋の国のイメージって

とても大事だと私は思います。


そこは千家流の茶道でも、

違う流派の茶道でも

宗派の違いも関係ありません。


表千家が品が良く

裏千家が華やか等々

間違ったイメージも必要ありません。


お茶はAiが教えているのではなく

人間が伝えています。

だから同じ流派でも全てのお茶が違います。





茶の喫茶法を栄西禅師が

日本に持ち帰り伝え、

利休居士がわび茶を大成した。


この茶道の歴史は

あくまで便宜上のものです。



茶道はそんな単純ではないようです。


だから茶道は深くて面白い。


なぜ茶道は点てるというのか?

なぜ茶道は一服というのか?



実はこの単純な言葉が


百丈懐海さん(ひゃくじょうえかい)

749年〜814年は、唐時代の禅僧です。

禅宗の清規しんぎとは、
禅宗の僧の生活規則です。

この百丈懐海さんが記した
『百丈古清規』から〜


日本の茶道となり


実は1200年の歴史を背負っていて

唯一変わらないものだとしたら、


茶道の稽古をする上で

とても大切なことだと

私は思っています。




リーテ・ラトバリタ・

ウルス アリアロス・バル・ネトリール 


ラピュタ語で


「我を助けよ、光よよみがえれ」という意味。


 シータは幼少期、この呪文

「困ったときのおまじない」として

祖母から教わっていました。


つまりシータと同じ偉大な先達の呪文かも

しれません💧


そして、それが


前礼・後礼を重んじる茶道の意義に

確実につながっているのです。



そんな茶の湯の全景を描きながら


私たちは皆さんへの大切な稽古を

点前だけではない実践を

していきたいと考えています。



茶道口に座し


「一服さしあげます」


挨拶が変わりますね。




茶道の源流を訪ねて【宋の時代】を知る★男の茶道★沼尻宗真


日本は新元号が「令和」になり

新しい時代が始まりました。

 

大化の時代から数えて248番目に

 

はじめて国書由来である 


万葉集から


「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、

梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」


の歌の序文から「令和」が生まれました。




これまでの元号はすべて、

古代東周春秋時代におこった

 

儒教の経典「四書五経」など漢籍を

典拠としていました。

 

元号ひとつとっても、

すべてにルーツが存在します。

 

ルーツを理解するからこそ、

物事を体系的に深く理解

できるのは、万物共通ですね。



 

 

私は、茶道の稽古をしていても

 

なぜ

「お茶、茶道は一服」と数えるのか?

 

なぜ

「お茶は、茶道は点てる」と言うのか?

 

という


まったく素朴な疑問が解決できない事や

 

茶道口に座り


「一服差し上げます」の挨拶も


もっと茶道を嗜む多くの方が

その言葉の背景を

イメージできるようになれば

という思いから

 

お茶や茶道はどうして一服というのか?

なぜお茶や茶道は点てるというのか?

http://numajiri.jugem.jp/?eid=854


という記事を数年前に書きました。

 

そして現在

いまだに多くの反響をいただいています。

 

しかし裏をかえせば、

せっかく茶道をしていても

 

茶道はすでに600年の歴史を

経ていますが、

 

未だ

「誰もわからないし、教えられていない。」

 

という現実があるのだと言う事が

分かりました。


もちろん私の記事でさえ

何ら確証はありません。

 


しかし、諦めず


今回はその第二弾として

 

茶道の源流である「宋」という国は



どんな国であったのかを

出口治明先生の文献から引用したものを

ご紹介させていただきます。

 

お茶や茶道はどうして一服というのか?

なぜ点てるというのか?

http://numajiri.jugem.jp/?eid=854

という記事と

併せてお読みいただけたら、

参考になるのではないかと思います。



この記事がお茶を楽しむ、

お一人お一人の一助になれば幸いです。


引用 http://blog.livedoor.jp/aritouch/archives/4272133.html

 


●茶道の源流「宋」について知る

 

中国では、大唐世界帝国が

907年に滅びたあと、

幾つもの王朝が短期間に

交代する五代十国時代を経て、


960年に宋が建国されます。

 

これが、「唐宋革命」と呼ばれる

大変動を引き起こしました。

 

宋の繁栄をもたらした第一の要因は、

北方の強国キタイ(契丹)への懐柔策。


お金や絹布を贈ることによって

戦を避けて南北が澄み分けるシステム

(澶淵の盟)です。

 

これによって三百年の平和の基礎を築き、

産業や文化を発展させました。



【政治・軍事革命】

皇帝による直接面接制を導入し、

忠誠心に厚い優秀な官僚を集めます。

それによって貴族や

外戚を政治の中枢から排除しました。


引用

http://songchao.baike.com/article-306044.html



【農業革命】

宋の時代に、チャンバ王国(今のベトナム)からチャンバ米という長粒種の稲が入り

普及します。


これは収穫が早いので、

長江周辺では米と麦の

二毛作が可能になりました。

 

それによって食料生産がいわば二倍になり、

人口も倍増しました。

 

それまでは漢や隋・唐時代の

五、六千万人がピークでしたが、

宋の時代には

人口が一億人近くにまでなったのです。



引用

https://m.sohu.com/a/83661608_409244/?pvid=000115_3w_a 

 

 


【海運革命】

唐から宋に移る頃にジャンク船が

登場します。


この船は竜骨が無く、

その代わり船体に穴が開いても

浸水を一部の区画に留める

水密隔壁が内部に設けられていました。






【飲茶革命・火力革命】

唐の760年にすでに「茶経」という

本が出版されていますが、

当時のお茶は貴族階級が嗜むものでした。

 

やがて宋の時代には広く

市民がお茶を飲むようになります。

 

そのため茶碗などの

陶磁器の需要が急増し、

生産も大規模になりました。


有名な景徳鎮は、この時代の景徳

という年号(1004〜1007)

からつけられたものです。


 

宋の青磁や白磁は、

色彩豊かな唐三彩に対し、すっきりした

美しさで知られています。

 

また石炭やコークスが燃料に

使われ始めたのもこの時代で、

それによって陶磁器の生産性が高まり、

食べ物を高温で炒めたり

揚げたりする現代の私たちが食べている

中華料理の原型ができあがりました。


http://mobile.japanese.china.com/393/20150420/351179.html

 


【都市文化革命】

唐の都・長安は人口百万人といわれた

世界有数の大都市でしたが、

城壁に囲まれ、夜になると

門が閉じられて出入りができない、

全体としては暗い街でした。

 

しかし、宋の開封は運河に向かって

開かれた都ですから、

人々が夜遅くまで活動し、

国際ビジネスに従事する

ユダヤ人街もありました。

 

茶館が建ち並び、講談や芝居、

大道芸人が市民の人気を

博していたのです。


茶坊・茶肆ちゃしと

呼ばれる茶店が多数あったようです


【仏教革命】

唐の時代は、龍門石窟の

盧舎那仏(武則天がモデルと言われる)に

代表されるような、国家を鎮護し、

また国家に保護される仏教が

中心でした。

 

武則天は全国に大雲経寺も

つくらせました。

奈良の大仏や国分寺などは

これを真似たものです。

 

そこで宋の時代には

国家に頼ることなく自力で

信者を獲得しようとする浄土教と

禅宗が盛んになります。

 

「南無阿弥陀仏」と唱えれば

救われると説く

シンプルな浄土教は庶民層に。

 

生きることをの意味を問うなど

難しい理屈の多い

禅宗は士大夫層

(官僚を輩出するようになった地主・読書人階層)に広まりました。

 

ここで布教に大きな役割を

果たしたのが木版印刷です。

木版印刷は唐代に始まっていましたが、

爆発的に普及しました。

 

引用 https://narashikanko.or.jp/feature/daibutsu/

 



■日本的になるものの原点


唐宋革命の日本への影響で

一番大きいのは、


禅と浄土教でしょう。

 

鈴木大拙は「日本的霊性」の中で


「それなら霊性の日本的なるものとは何か。

自分の考えでは、浄土系思想と禅とが、

最も純粋な姿でそれであると

言いたいのである。」と書いています。



日本人の心性をつくったこの二つとも、

宋から日本に伝わったものです。

 

日本文化と言えば必ず言及される茶道も、

お茶の葉を固めたものを削って飲む宋の

粉茶の習慣を継ぐものです。

 


「わび・さび」という美意識も、

宋の青磁や白磁のシンプルで

飾らない美しさと

関連しているようです。

 

能狂言や講談や人形浄瑠璃や歌舞伎なども

開封に花開いた文化の影響を

色濃く受けています。

 

引用:「0から学ぶ日本史」出口治明先生

 

 


 

 

 


和物香合筆頭【黄瀬戸・根太香合】とは★男の茶道☆沼尻宗真



2017年に開催された
「茶の湯」特別展・東京国立博物館は、
赤沼多佳先生が監修された
本当に素晴らしい展観でした。

もう二度とこのような茶の湯展は
見られないと思いました。

まさに金字塔です。



その中にも
桃山の美濃黄瀬戸「根太香合」
三井記念美術館所蔵がありました。

桃山の黄瀬戸「根太香合」三井記念美術館所蔵


私の陶芸の師である
大嶋久興先生は土岐市泉町九尻にて
黄瀬戸や織部を作陶しています。

稲垣休叟(表千家八代啐啄斎の弟子)が
文化三年(1816年 江戸時代)に書いた

『茶道筌蹄』には
「黄瀬戸根太、利休所持、
一翁宗守伝来、今出羽侯にあり」とあり、

天正年間から黄瀬戸が使用され、
志野、織部は慶長・元和の頃、
同じ頃に次第に備前、信楽、
伊賀、唐津などが焼かれるようになる。

と書かれており、

美濃で焼かれた黄瀬戸
「根太香合」が早くから
茶の湯の世界では使われていたようです。


安政二年(1855)に出版された
「形物香合相撲」番付表には、
黄瀬戸「根太香合」は
和物の香合の代表とされています。

この「根太香合」は平宝珠とも呼ばれ、
根津美術館さんに所蔵されている
美濃桃山の黄瀬戸「宝珠香合」とは
また違った趣です。

桃山の黄瀬戸「宝珠香合」根津美術館所蔵


「宝珠香合」「根太香合」
因みに根太とははれもの、
ふくらみという意味があるようですが、

やはり子供の頃に遊んだ
ベーゴマに似ているのが
「根太香合」に見えます。
まだ私はベーゴマを回せます。

現代茶陶展も、今日が最終日。

見ていただいた方や土岐市のスタッフの
皆様本当に有難うございました。

また、最終日に育てていただいた
師匠に珍しく孝行する事ができました。



端正に土と向き合う
先生の姿勢を手本に
今後も茶道・陶芸に
精進したいと思います。

◼大嶋久興先生
0572(55)4327

白州正子さんが荒川豊蔵先生のもとに
通った五斗蒔街道沿いにあります。




【千夜千話】達成!10年間で1000話☆沼尻真一


第12回 現代茶陶展 
TOKI織部大賞 受賞  沼尻 真一



2008年5月10日より

スタートしたこのブログも


2019年4月31日  


ついに


ついに


【千夜千話】を達成!


10年間で1000話を達成 

しました。



本当に有難うございました。


編集工学研究所 所長で

ISIS編集学校 松岡正剛校長の

千夜千冊は雲の上の金字塔ですが、

私もISIS編集学校

「ビター臨界コーラ教室」の

卒業生として見習う事ができました。


平成という時代の最終日に

達成できて本当に良かったです。


後進の方の為にも

世の中の物事的にも法的にも

日本という国の地雷や理不尽さも

伝えたいのですが、

本当の事を伝えるのは難しいですね。


平成で志ある大人も少なくなりました。



第19回美濃陶芸

庄六賞茶碗展 大賞 沼尻真一「白月盌」

 



明日から、新しい時代

「令和」が始まります。


「令和」に私は日本伝統文化である

【陶芸】と【茶道】の融合した

新しい形を表現し、集約する時代に

したいと思っています。


「令和」でも皆さん

宜しくお願い申し上げます。








第12回【現代茶陶展】開幕☆男の茶道★沼尻宗真




授賞式の後 審査員長の榎本徹先生や
土岐市 教育長の山田様を
はじめご来賓の方々と一緒に
テープカットをさせて
いただき大変光栄でした。





授賞式の運営や展覧会の構成など
焼き物の本場 土岐市の
素晴らしい式典に感激致しました。



審査員の


◼榎本徹 先生

(岐阜県現代陶芸美術館顧問)から


自然の中にある美を再構成し

美に繋げていく事の大切さを

教えていただきました。



◼鈴木藏 先生(人間国宝)から


不易流行は常に一体の中に

存在している事を大切にする

という事を教えていただきました。

この水指は大徳寺孤篷庵、一艘の苫舟をも

イメージできますねと、お話いただきました。



◼伊藤嘉章 先生(愛知陶磁美術館総長 )

庄六賞茶碗展 大賞の時とは
また違った造形になりましたが、
やり過ぎないギリギリの
所で造形が良いと思います。

柄杓から落ちる一滴のしずくの
波紋を見て見たいです。 .
.
. .
◼赤沼多佳 先生(三井記念美術館参事)

このように完成度が高く
斬新な水指が登場してくると
今度はそれを受け止める
茶室を考える人が出てくるのではないかと
思います。

この水指一点だけでどうこうは
難しいでしょうが、こういう方向性の
作品が多々出て来たら次が楽しみです。
という大変光栄なコメントを賜りました。
.




盛大な式典や会場設営をいただきました
土岐市、土岐市文化振興事業団職員の皆様
本当に有難うございました。

入場無料

主催 土岐市、土岐市教育委員会 
公財/土岐市文化振興事業団
共催 中日新聞社




中日新聞 取材【現代茶陶展 大賞】男の茶道★沼尻宗真



中日新聞 
2019.4.20 朝刊

記者 齊藤航輝さん

第12回 現代茶陶展
中日新聞様に取材
いただきました。

◼第12回 現代茶陶展
4/27〜5/5まで
セラトピア土岐
〒509-5121 岐阜県
土岐市土岐津町高山4
0572-54-2120


◼審査員

榎本徹 先生(岐阜県現代陶芸美術館顧問)


鈴木藏 先生(重要無形文化財「志野」保持者)


赤沼多佳 先生(三井記念美術館参事)


伊藤嘉章 先生(九州国立博物館副館長)




瀬戸黒の茶碗で一服の
おもてなしの後、
取材いただきました。

なぜ陶芸家が本格的に
茶道を学ぶ必要があるのか?

それは、自分の言葉を持つ為です。

西洋教育一辺倒の今の日本の教育制度で
日本を知る日本人になれないからでした。

ましてや、私は日本の伝統文化である
陶芸を生業としています。

私は外国人陶芸家ではありませんから、
当たり前に、自分を鍛える為に
自分の為のスパルタ教育が
必要だったからです。

畳とカネ割の事や、
道具の位置や、取り合わせ、
茶室と小間の光の変化など
茶陶を作る上で当たり前に
知らなければいけない知識でした。
とお話致しました。

つまり茶陶は荘るものでなく、
使うものだからです。

茶道のすべては、京都 裏千家学園にて
御家元をはじめ各分野の先生方に
教えていただきました。

今も鍛練していますが、
これからも学び続け、
発信していきたいと思います。



令和元年・皇室縁の茶室・光華・東京都庭園美術館にて「重文わかる茶会」開催★男の茶道☆沼尻宗真



東京都庭園美術館

重要文化財 茶室「光華」にて 


「重文わかる茶会」


を 開催します。


令和元年


茶会の舞台はまさに新元号に相応しい

皇室ゆかりの東京都庭園美術館の茶室 

重要文化財「光華」です 。




「重文わかる茶会」と題し

日本で初めて、茶会を知るための茶会

を実施します。


実は「茶道」の真髄は「茶事」であり、

現代なら「茶会」の中にあります。


そこでこのワークショップでは、

そもそも「茶会」とは?

というお話しからお菓子の食べ方、

蹲(つくばい)での身の清め方

などを体験していただき、

最後に躙口(にじりぐち)から

小間に入って抹茶とお菓子で

一服していただきます。


まったくの初心者の方でも、

これで「茶会」が"十分わかる"のでは

ないかと思います。


一席たった8名という贅沢なひとときを

ご用意いたしました。

皆様のご応募をお待ちしております。

 

★Instagram


第一回「重文わかる茶会」
日本初!茶会を知るための茶会

【日時】
2019年5月19日(日)
第一席 10:30〜11:30
第二席 11:30〜12:30
第三席 13:30〜14:30
第四席 14:30〜15:30
第五席 15:30〜16:30

【定員】
一席 8名(定員に達ししだい締め切り)


【場所】
東京都庭園美術館
重要文化財 茶室「光華」
〒108-0071 東京都港区白金台5-21-9

【参加費】
1名様2,000円
※参加費とは別に美術館への入場料
(展覧会入場料又は庭園入場料)が必要です

【講師】
§section
沼尻 宗真
海老澤  宗香

【講座内容】 60分
[礼にて
スクリーンを用いての座学
・茶会とは
・マナー、持物など
広間にて
菓子の召し上がり方
O地にて
蹲踞のつかいかた
躙口から入室し
ぞ間にて
薄茶一服

・茶会を学ぶ場ですので、
 初めての方もお気軽にご参加ください。
・懐中物の用意が無くても結構です。
・ハンカチをご持参ください。

【申込方法】
東京都庭園美術館HP
申込みフォームよりお申込ください。


注意事項
・参加は中学生以上とさせていただきます。
・お電話、FAXではお申込できません 。
・キャンセル待ち及びお時間の変更はできません。
・当日欠席される場合は、開始20分前までにご連絡ください。
・ミニスカート、素足での参加はご遠慮ください。
・アクセサリー類は外してご参加ください。

お問合せ先
東京都庭園美術館 事業企画係 茶会係
Tel 03-3443-0201 Fax 03-3443-3228
E-mail:info@teien-art-museum.ne.jp




第12回 現代茶陶展【TOKI織部大賞】受賞☆男の茶道☆沼尻宗真


第12回 現代茶陶展 
TOKI織部大賞 受賞作品  沼尻 真一


土岐市所蔵


◼展覧会

2019年4月27日(土)〜5月5日(日)

セラトピア土岐 小ホールにて

展覧会が開催されます。 


地元ゆかりの茶人、古田織部にちなむ

「土岐市織部の日」の

一環で開かれる「現代茶陶展」

全国32都道府県243名・310点の応募の中

から入賞9作品、入選60作品が選ばれました。


◼審査員

榎本徹 先生(岐阜県現代陶芸美術館顧問)


鈴木藏 先生(重要無形文化財「志野」保持者)


赤沼多佳 先生(三井記念美術館参事)


伊藤嘉章 先生(九州国立博物館副館長)


朝日新聞


中日新聞



東濃ニュース


◼受賞にあたり

桃山陶の聖地であり、茶人 古田織部居士

ゆかりの伝統と歴史ある地で、

第12回 現代茶陶展 TOKI織部大賞

賜ることができました。


多治見工業高校 専攻科で陶芸を学び

土岐市で修行させていただき、

学芸員の先生方、美濃陶芸の先輩方や

協力・支援していただいた方々の

おかげで受賞することができました。

本当にありがとうございました。


また2012年の

美濃陶芸 庄六賞 茶碗展 大賞受賞を機に

三年間 京都  裏千家学園茶道専門学校にて

茶道を深く修養させていただいた事が

茶陶を作る上での私の大切な

指針となっております。


今後も「茶道」と「陶芸」という

日本伝統文化の美しさを伝える

努力をしていきたいと思います。




12th Modern tea pottery exhibition,
TOKI Oribe winner
Numajiri Shinichi

Like a Rolling Stone.
-Tsukechi Valley-. 

owned by Toki city

I got the first TOKI Oribe prize at 12th Tea pottery exhibition in the sacred place of Momoyama pottery. Also, this place is associated with the tea master Furuta Oribe.

I learned at the Tajimi technical high school majoring pottery and trained myself at Toki city.

I got this prize because of  the support of curators, my Senpai of Mino Pottery and my friends. I do appriciate it.

Also, in 2012, after getting the first prize of Mino pottery Shoroku awards, I got the training at Urasenke Gakuen professional college of chado for 3 years. I believe this experience is the basis of my tea pottery's creativity.

I want to keep spreading the beauty
of Chado and pottery, which are Japanese traditional culture.








武野紹鴎所持【重要文化財 白天目茶碗】男の茶道★沼尻宗真



重要文化財「白天目茶碗」徳川美術館蔵


「白天目茶碗」多治見市 
無形文化財保持者
青山双渓先生の講演です。


すでにここ美濃では
唐物写しの天目茶碗を
15世紀には作っていました。


長次郎さんに利休居士が作らせた
と云われる「黒楽茶碗」より
100年以上も前にすでに
鉄釉の黒いかせた茶碗も
作られていました。


さらに300年以上前には
山茶碗が作られています。

それまで
茶色の釉薬ばかりの天目茶碗に
いきなり白。


白天目茶碗は、天正元年(1573年)11月に
織田信長が催した茶会で用いられた事例を
はじめ、この白天目出現の衝撃は
いくつかの茶会記に記されています。

徳川美術館、香雪美術館、
個人蔵の大名物の三碗は、



1995年に多治見市小名田窯下古窯跡から
「白天目」の陶片が出土し、
地元の陶芸家 青山先生が
「白天目」を長年研究し復元に成功しました。



曜変天目のような唐物天目と
白天目のような和物天目では
根本的に作り方がまったく違います。

その研究成果を手回し轆轤の実演を通して
詳細に解説いただきました。



存分に触らせていただけます。

ひきたての味と香り


また瀬戸で代々「曜変天目」を
復元している長江先生も
参加されていました。

本来なら極秘にしたい情報を公開し、
陶芸家だけでなく沢山の方に
知っていただこうと努力する
青山先生の姿勢に頭が下がります。


桃山時代から現在まで、
日本一の窯業地らしい
多治見市の素晴らしい活動の一環です。

茶陶の歴史が他の窯業地域とは全く違います。

白色をはじめ
釉薬のかかっている陶磁器の産地って
他にどこにあるか分かりますか?

人生が100年になっても
今はもう半泥子さんも、魯山人さんも
青山二郎さんも、白州正子さんもいません。

様々な個展会場でもそんな
陶磁器の知識のある方は
お見受けしませんし、
茶道の講習会でも見ません。


水屋から「取り合わせ」のマズイものを
持ち出して、2時間まったく無言
点前をさせてもらえない💧なんて
懐かしいザラにある思い出です。

つまり、先生方が
何を教えてくれていたかといえば
陶磁器・漆等々 道具の歴史や
成り立ちを知らないと
「道具の取り合わせ」ができない
茶道にならないという事です。

日本全国に様々な工芸の産地が
ありますから、ぜひお近くの現場に
足を運んで見てください。