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茶道正月初釜【結び柳・綰柳わんりゅうの意味・由来】男の茶道★沼尻宗真


新春の初釜を迎え

様々な「葩餅」の記事拝見しました。


今回は「結び柳」のお咄です。

「結び柳」は

「綰柳」わんりゅう  とも呼ばれています。

綰 わがねる、
つまり曲げて輪にするという意味
からきています。

メチャメチャ わがねるのに
苦労しますが💧



「結び柳」は
旅立つ人を見送る際に、再会を期し
柳の枝と枝を結び合わせた
古代中国の風習に由来すると
先達の茶人は伝えております。

唐代の詩人、王維が 
旅立つ友の為に詠んだ
七言絶句の漢詩には






〈詩の意味〉

渭城の朝の雨は軽い土ぼこりを


しっとりと濡らし、
旅館の前の柳は
雨に洗われて青々として、
ひときわ鮮やかである。

(さて君はこれから遠く
安西=あんせい=に使いするために
旅立つのであるが)
さあ、もう一杯飲み干したまえ。

西の方(かた)陽関を出てしまったら、
もう君に酒を勧めてくれる友人も
いないであろうから。


とあります。

なんと

戦前の日本では壮行会の席上
送られる者も、送る者も声を合わせて
この詩を朗吟したそうです。

モノや情報が少ない時代
そんな時代の大人の流儀は
カッコいいですな。

行く者と送る者との縁つなぎ

つまり


行く歳から、来る歳への縁つなぎを
「結び柳」はしているようです。
















「水戸はダメ。死ね」茨城県部長について



毎日新聞の記事は

衝撃的でした。


しかし、現場で魅力度アップに

必死に取り組む


この部長にしか

分からない、やり場のない

本音があったんだと察します。


逆にいえば このくらい

言わないと変わらないのが

茨城県人なんだよな〜


「魅力度ビリでもいい、なんて」云ってる茨城県人が恥ずかしい。



年1割の人口が減少し

2045年には一つの街が

失くなるレベルというのは

統計以上に加速度的に進むから

想像を絶しますな。


それもこれも

そんな政治家を選挙で選んでいるから仕方ないのでしょう。




https://ecitizen.jp/Population/Ranking/08




https://www.google.com/amp/s/mainichi.jp/articles/20190110/k00/00m/040/210000c.amp




「水戸はダメ。死ね」茨城県部長が不適切投稿

2019年1月11日 07:00毎日新聞社

 茨城県の魅力度アップに取り組む同県営業戦略部の堀江英夫部長が、自身のフェイスブックに「水戸はダメだな。死ね!」との書き込みをしていたことが10日、明らかになった。5日夜の書き込みで、約2時間後に削除したという。水戸市は同県の県庁所在地。堀江部長は取材に「当時は酒を飲んで記憶が無く、なぜ書き込んだのか分からない。反省している」と謝罪した。

 同部は、民間シンクタンクの都道府県別魅力度ランキングで6年連続最下位に沈む同県の企業誘致や観光振興、農産品の販路拡大などを担う。昨年4月、大井川和彦知事の肝いりで新設された。

 堀江部長によると、5日は休みで午後から東京都内で友人と酒を飲み、午後7時ごろ水戸市に戻った。この頃に書き込んだとみられるが、本人は「全く記憶にない」と話している。約2時間後、知人から「変な書き込みがある。乗っ取られたのではないか」と問い合わせがあり、フェイスブックを確認。すぐに削除したという。

 部長のフェイスブックは事前登録された友人限定の公開で、約700人超が閲覧可能だったとみられる。【吉田卓矢】








茶道・正月初釜・花びら餅でなく【葩餅・ごぼうの由来】京都・川端道喜★男の茶道☆沼尻宗真

 



歳が明け

初釜の季節となりました。


今年も社中の初釜があり

京都・川端道喜さんの「餅」を頂きました。


干菓子は亀屋伊織さんです。




社中の初釜で御宗家と同じものを頂ける

なんてほんまありがたいです。



元は一月元旦の宮中雑煮の

雉酒の具として使われてきたものが

「葩餅」の起源です。


とここまでは

普通の「花びら餅」の

由来として説明されています。



しかし、

いま伝わっている「花びら餅」は


明治四年と明治六年に

十二代道喜さんがわざわざ東上し

作り方を宮中へ伝えたものなのです。


ゆえに道喜さんの「餅」が貴重です。


ちなみに 道喜さんでは

「花びら餅」ではなく




「葩餅」 と表記しています。



では「葩」の意味をみてみましょう。


白いはな・ぱっとさいたはな

はなやかな・あざやかなさま


阿弥陀如来が浄土で説法されるとき
「無量の妙華を雨らして風に随いて周遍す」
とされ華は浄土の荘厳の一つとして
表されます。

仏典では、特に「蓮」の華を
仏のさとりの象徴として描かれ
この「葩」も「蓮」の華の花びらを
かたどったものです。



ところで茶道の稽古をしている

皆さんは


葩餅」が何の花びらかご存知ですか?



1さくら


2もも


3うめ


正解は一番最後に↓




禁中年中行事を示した

「御定式御用品雛形」という絵巻物には


白い葩12枚、その上に

紅の菱餅12枚、それと押し味噌

竹皮で包んだ飴等々とまじり

年魚つまり鮎を二匹この

菱葩の上に並べてあります。


四季草という本には


「餅は魚物一色付ければ

                一献初献の肴となる」


つまり餅も酒の肴になる!

ゆえに宮中元旦の雉酒の肴に

なっていたという事です。



「鮎」は宮中ではおめでたいもので、

保津川、大堰川、桂川から「鮎」が

よく宮中へ入ってきたようです。



しかし、


なぜ「鮎」はめでたいか?を知らないと

せっかく茶道の稽古をしていても


正月の「葩餅」「初夏の風物」がまったく

理解できないので下記の解説をしています。



◆皇室と茶道の「鮎」の意味



◆白州正子さんの京都・平野屋の「鮎」



いまはこの二匹の鮎が

ゴボウに変わり

全国に「餅」が広まりました。



このような歴史ある「葩餅」を

頂ける事も茶道の楽しみの一つです。


最後になりますが、

御粽司15代川端道喜さんの

記録に感謝致します。



正解は、3うめ です。






【茶家の餅つき】餅をイワイと言う★男の茶道☆沼尻宗真





・師匠宅で餅つき



神にそなえる大きな餅の他に
もとは正月には
「身祝い」と称して
一人一人にも
やや小ぶりな鏡餅をすえ

それでまた
「オスワリ」という名もあった。





関西では雑煮の餅は円く
餅は円いものという概念が
まだ消えていない。

その小餅がいよいよ小さく
数でこなすという点が
団子と近くなって

後に「切餅」に作る風が
一般化してきたのだが

今でも東北地方に行くと
馬の餅、臼の餅、鉈の餅などと
家畜にも家具にも円い餅を供している。

つまり、このような
気持ちの良い配給のできる事が
餅というものが

「めでたいもの」と見られた
理由である。







餅を今でも「イワイ」という処が多い。


しかし、この鏡餅の分配が省略され
「イワウ」という日本語の
意味が変わってきたと思われる。


「イワウ」という語には
人のために喜ぶというような意味はない。

むしろ彼も我も共同して
神を祭るという厳粛な機会に臨む心構えが
「イワウ」なのである。

柳田國男 先生





師匠の餅切り包丁は、京都の老舗 有次
裏千家学園でも使っていて懐かしいな〜





今でも私の実家の蔵には
はるか昔に活躍した臼と杵が眠っています。

共に茶道の伝統を守る事を誓った同志
協力し、歳末の餅つきを復活させ

社中の方々にふるまいたいと
思っています。









茶道・棗の持ち方【蓋半月】の月は何処に★男の茶道☆沼尻宗真



利休道歌には棗の持ち方として


「棗には蓋半月に手をかけて

            茶杓を円く置くとこそしれ」



茶道を初めたばかりの頃には
棗を「蓋半月に持つ」という古を
されると思います。





実際、棗の蓋を
鷲掴みではなく
中指と親指で挟むように

上からそっと持ちますと
棗の表と指の間に三日月形の隙間ができ
そこを半月と言われています。


しかし、
私はこれが
なかなか分からなくて

実際棗を美しく持つことは
とても難しいと思っていました。


でもそんなある日
もっとも腑に落ちましたのは



親指と人差し指で持つことは
物をつまむ場合と同じで


人差し指は「知」の象徴であり
人差し指に集中して物を扱うことは
「知に走る」と云い
知覚的に物体を把握するばかりで
心に通じないのです。



そこで また
ふと思い出しました。

日野西先生に導いていただいた


「中宮寺観音菩薩半跏像面相」土門拳


しかし、
中指は物を「済度する指」であり

親指と中指で物を持ちますと
身体全体が物と一体となり
物と自分とが一つの心につながる
と云われています。


「人差し指の力は軽くし
              ただ中指に気をこめて持つ」


と先達の茶人は伝えております。


私はこれを知り

「棗には蓋半月に手をかけて」

意味や、深さが今頃になってやっと
分かるようになりました💧





このような些細な事ですが
どなたかの参考になれば幸いです。







禅語【看看臘月尽】は Queen Rock★男の茶道☆沼尻宗真




今年もだんだんと
終わりに近づいています。


十二月の別名  臘月

【看看臘月尽】

みよみよ ろうげつ つく


稽古納めや師走には【無事】の軸とともに
良く見かけます。





何を見よかといえば
臘月尽 ろうげつ つくル であります。

われわれはこの時に臨んで
時の流れに呑み込まれては
ならぬのであります。

地球に乗って押し回されるのではなく

地球を足で蹴って押し回すくらいの
意気込みでなければ、
前途は開けないのであります。

堀内宗心 宗匠



ただ地球に乗っているな
自らが地球に乗って
足で蹴って押し回せなんて

パンクでロックでカッコいいです。




主体的、能動的に生きなさいよと
言われているようです。

私も大物作品を轆轤で作り
10個作っても  1〜2個しか
残らない時があります💧

この1〜2個で、もういいやで
済まそうではなく

まだまだ

10がダメなら 20に


遠のく意識や落ち込む気持ちを
切り替えました。

こんな些細な事でも
蹴って見ようと思います。




茶道はパンクでロックで
カッコいいものですね。















己亥歳【猪の目文様】とは?男の茶道★沼尻宗真










来年の事を云うと鬼が笑うと
申しますが、

もう三回位は言ってます💧



鬼は怖いです。


でも表には金のお多福さん。
おちょぼ口には、庭の椿を一輪。



来年の干支は己亥(つちのとい)ですね。



「猪の目」火入・矢口永寿先生造/茶事にて


山中温泉で前端雅峯先生や矢口永寿先生には
大変お世話になりました。


この形

やはり最初はハートかな?と
思ったのですが

「猪の目」という文様です。

この「猪の目」文様

伝統的な建築物の屋根の両端(破風)部分に
付けられた板に吊り下げる装飾板の
猪の目懸魚(げぎょ)」を
起源としています



目にも見えますが、
ハートにも見えるな〜

魔除けの呪いとされています。

やはり 鬼 とご縁がありますな




亥と言えば

「猪突猛進」なんて言葉が
イメージされますから

来年は頑張って、
まっすぐ進むと
良い歳になるのかなと思っています。









【茶道の花】入れる?生ける?★男の茶道☆沼尻宗真




師走も一段と寒さが厳しくなり
窯場の水も本当に冷たくなりました







先日お伺いした東京都庭園美術館の紅葉も、
今年は遅れ気味との事ですが、

それでも白金でこんなに美しい紅葉が
見れるなんて大変ありがたいですね。





花を生けて。花を入れて。

その花生けで。その花入れで。


こんな事、日常茶飯事です💧

今回そんな咄です


茶席の花ほど、象徴的な美しさが
際立つものはありません。
瑞々しい花を見た瞬間に
心がすっと和みます。


茶事の初座では、
床に軸が掛かっていても
後入りでは、花になります。





先達の茶人が申しますには

後入りで花を拝見したなら
花を誉めるならば、拝見したあと、

せいぜい早く誉めろと言われています。

そして時間がたったならば
もう二度と花を見るなと伝えています。

客もその入れたてを楽しみ
そのあとはしおれてもかまわんという
主客の態度が大切だと。

花を生かそうとはしない、
瞬間の美を捉える事に心を用いろと
それが生け花との違いです。




茶席の終わる頃、椿も開きました。



だから茶道の花は入れるのであり、
花器は「花入」 と呼ぶのであります。

ゆえに茶道では花を生けるとは言わず
花器も「花生」ではないのです。

と説いております。

どなたかの参考になれば幸いです。


【忠臣蔵と茶道】12月14日討ち入り★男の茶道/沼尻宗真



いよいよ年の瀬になりました。

年末といえば 12月14日(旧)
赤穂浪士討ち入りの日ですね。


「赤穂城断絶」 (c)東映


この赤穂浅野家、
実は私の郷里茨城県笠間藩からの移封で、
赤穂四十七士 の多くは、


今回は【忠臣蔵と茶道】です。
(敬称略)


山田宗徧が師の宗旦の推挙により
晩年江戸にくだる

利休・少庵・宗旦所持「桂川」花入を
授かったといいます。




「桂川」香雪美術館所蔵


江戸に出た宗徧は宗旦門下の同門である
吉良上野介の屋敷に出入りをしていました。

それを知った赤穂浪士の一人
大高源吾が宗徧に入門し、
吉良邸での茶会の日取りを聞きつけ
討ち入ったと伝えられています。 


無事に本懐を遂げた赤穂浪士ですが

主君・浅野家の墓前 泉岳寺までの

この「桂川」花入を
吉良の首の代わりに使い
本物の首は万全を期し
舟で泉岳寺に運ばれたとの事です。

この籠花入「桂川」は
現在は香雪美術館に所蔵されています。 



私もやっと今年歌舞伎座で
仮名手本忠臣蔵」を、

なんと笠間の方々と一緒に
拝見させていただきました。面白かった〜

新撰組のタンダラ羽織もここから始まった
されています。

新撰組初代局長の芹澤鴨も水戸藩でしたから
同じ郷里 茨城の先達  赤穂浪士には
特別な思いがあったと私は思います。


芹澤 鴨 ・凛々しい


土方歳三 ・美しい



それにしても

信長の茶会の翌日が「本能寺の変」だったり、
吉良邸の茶会の日の晩に「討ち入り」なんて、
そりゃみんな絶対疲れてたよね〜
名物道具も干さないといけないし


お茶をしてる人ならわかりますね。
なんでこのタイミングなの💧




















【無事是貴人】の「無事」とは?男の茶道★沼尻宗真

年末になり



そんな年末の茶席の床には

「無事是貴人」

「無 事」

という軸を良く拝見致します。

また裏千家では、貴人清次の稽古の際などに
あやかり、この軸を見かけます。

今年一年、無事で良かったな〜

貴人様が無事でありますように〜

こんなイメージもあるかと思いますが

しかし私はこれらの禅語こそ
深いな〜と感じていて、
今まで一度も用いた事がありません。

読んで字の如しほど、
未だにそんな場合が多いです。


©NASA

「無事是貴人」を聖、仏様と置き換えては
どうかということであります。

そうすれば「無事是貴人」は
無事そのものが仏」であるという意に
なります。

無事とは世間でいう、無事安全という
意味ではないのであります。

無事とは、宇宙の全体、隅から隅まで
まったく区別も境界もなくなった時点に
至って初めて、無事と言いえるのであります。

あらゆる物体の間にある境界や区別を
なくして共通のある物を見出だす中に
禅の無事と相通ずる理念があるのであります。

 これすなわち仏であるということが、
「無事是貴人」ということになります。

表千家  堀内宗心宗匠

     


禅語としての「無事是貴人」の意は
無事とは、平穏無事の無事でもなく、
無事とは、仏や悟り、
道の完成を他に求めない心をいいます。

貴人とは「貴族」の貴ではなく、貴ぶべき人、すなわち仏であり、悟りであり、安心であり、道の完成を意味します。

いかなる境界きょうがいに置かれようとも、
見るがまま、聞くがまま、あるがままに、
すべてを造作なく処置して行くことが
できる人が、「無事是貴人」というべきです。



安全無事も
もちろん素晴らしい意味ですが

さらに先の境地がありました。

どなたかの参考になれば幸いです。